5 決着 一文字・斬鉄
一文字斬鉄 VS 天災ミラ
さて。死合に入る前に重要な話がある。
それは、斬鉄の顔は怖いということだ。
顔は整っているものの、なんというか鋭すぎるのだ。武人としてのオーラが滲んでいる。
一見、何の関係もないような話だが、今回はそれこそが最重要事項であった。
悲しい事に。
怖い顔の男が、鬼覚醒するとどうなるのか?
答えは簡単だ。
めちゃめちゃ怖い。
つまりは、こうなる!!
「びえええん。沙耶ちゃん怖いよお」
「!??」
ミラは沙耶に泣きついた。
そこに居たのは、えぐっえぐっと泣きじゃくる闘いとは無縁の普通の少女。
むしろ弱いまである。
あぁ、本当に弱い。魔道具さえ無ければ争いの苦手な何処にでもいる小さな女の子なのだ。
これには戸惑いを隠せなくなった斬鉄と門下生達。影の計略家と呼ばれている鉄斎に至っては、あんぐり口を開けて固まった。
(どういう事だ?いったい何が起きた?)
沙耶は、あーあ。やっちゃったなという顔で、ビシッと手を上げて立会人としての仕事を果たす。
これにて、勝負ありっ!
「そこまでっ!!勝者 斬鉄(不戦勝)」
凛とした沙耶の声が響き決着と相成り、夢の最強決定戦は、なんと、始まる前に終わってしまった。
沙耶は、これで、一文字家の最強の看板を下ろさなくて良くなり門下生を含む大勢の生活を守れたと、小さく、ふぅと安堵の息を吐いた。
最悪の事態はギリギリで回避された。
・・・だが、まだあと一手足りない。
状況を覆すような神の一手が。
沙耶は一人悩む。
「・・・えっ?えええ」
だが、馬鹿な男共にとっては、スッキリしない勝利だとここに至ってなお次元の低いことを考えていた。
武神 斬鉄 は、決死の覚悟が霧散したのか武神モードが強制解除され、オロオロするただの役に立たないおじさんに成り下がっていた。
そんな愚かな父を冷たい目で見ながら、沙耶はミラに手を差し伸べると、小さい身体をぎゅうっと抱きしめて背中をトントンした。
「はいはい、ミラ泣かないで。大丈夫だよ」
「沙耶ちゃーん、好き。大好き」
ぐずぐずと泣きながらミラは仔猫のようにぐりぐりと体を擦り寄せて甘えた。
微妙な空気が流れる。
馬鹿な男達は、目配せしながら己の犯した間違いにようやく気付いた。
いや、本当は薄っすらとは気付いていた。
ただ認めたくなかっただけだ。
・・・・ミラは武人ではない。
武のエリートが、一般人それも普通の少女に負けた事が素直に認められなかっただけで、ミラは、最初から試合をしていないし、遊びに付き合っていただけなのだ。
思い知らされた。
負けるより、なお辛い事実を。
「もしや、普通の少女に、大人の武道家がよってたかって本気で挑み、最後には怖い顔で泣かせてしまったという事か!」
誰かの声が漏れた。
これが、客観的な事実である。
踏み込んで言うと
『普通の少女を相手に聖剣を持ち出すなど、戦う前から負けていたのだ』
「ぐおおおおお。不味い。これは、非常に不味いッ。ど、どうすれば良いんだ?」
斬鉄の声にならぬ苦悩が漏れた。
ようやく沙耶の理解力に追いついた。
思わぬ勝利?を納めたが、幕引きとしては20点。赤点だろう。
この話が万が一にでも漏れたら、お家取り潰しもあるし、住人からは総スカン。そんな事より明日からの自信を持って自分の事を武人と言えるだろうか?足元が酷く不安定に感じる。
思えば、沙耶の友人のミラは、魔道具にリソースの全てを注ぎ込んでいたために、一般常識が欠落しているのを知っていた。
そんな少女を、少し哀れに思っていたぐらいだ。
それがだ!蓋を開けてみれば、まさか名門の一文字家も沙耶を除く全員が、戦闘にリソースの全てを注ぎ込んでいて、ミラ並みに一般常識が欠落しているとは、誰が思おうか。
ミラと同類だとは、まるで自覚が無かった。
こんなピンチは、魔人ローバーの侵攻以来であり、しかも今度は困った事にまるで対策が分からないときた。
斬鉄は天を仰いだ。
(美咲、どうすれば良いんだ?)
亡き妻へと助けを求めるが返事は無い。
一族の頭脳である老獪な鉄斎もお手上げだった。
計略、謀略は得意だが、さすがにこんなのは辞書にない。あってたまるか!専門外。なまじ長生きしているだけに頭は固くなっていた。今や、ぼけーと口を開けたままのおじいちゃんである。
次兄は思考放棄して、沙耶なら出来ると、アイコンタクトを送る。
「ひぐっひぐぅ怖かった怖かったよ」
沙耶は、どうしようもないミラの背中をポンポンと叩く。まったくミラは可愛いんだからと。
周りを見渡すと、
沈痛な顔の門下生達。
決して折れない父が折れている。母が亡くなってから久しぶりに見た情けない姿。
威厳に溢れる祖父の背中が小さく見える。
次兄が困った顔で笑ってる。瞳の奥には私への絶対の信頼が見えた。
『大丈夫、沙耶なら出来るよ』
次兄の瞳がそう言っている。小さい時から大きくなった今も、いつだって沙耶を信じてくれるお兄ちゃん。
(お兄ちゃん、それは狡いよ)
沙耶は、諦めた顔で、とっておきの切札を切る覚悟を決めた。
(一族の生活の為だもんね。仕方ないか)
絶望的な状況。
栄光から転落しつつある一文字家に、
一筋の光が差した。
無能な愛すべき戦闘バカの男共に、救いの女神が降臨する。
辛い時、
夢破れし時、
それを救ってくれるのは、何時だって女の子だ。
逆転の切札を切る。
対価は自分。
さぁ、ミラ。
覚悟は決めた。
私は貴女と何処までも堕ちていくよ
すぅっと息を吸い、涼やかな声で、小さな耳元に、起死回生の一手を放つ!
「ミラ、一文字家の食客にならない?」
「?」
赤い目を擦りながら泣くのを止めて顔を上げ、ミラが沙耶と目を合わせた。
「沙耶ちゃん。しょっかくって、なあに?」
沙耶は少し困った顔をした。
(ええい、もう決めたんだ。恥ずかしいのは我慢)
「一文字家の家族って事だよ」
「うん。なる!沙耶ちゃんの家族になる」
ぱああと、笑ったミラに抱きつかれた。ぐえっ、思わぬ力だ。
「バカ、食客だよ」
「沙耶ちゃん、家族って言った」
恥ずかしいから、私はミラの頭をぐりぐりしてやった。誤魔化すよね?嬉しそうに痛いって言っている。
一連の流れを、絶望の空気の中で、ほっこりと見守っていた腑抜けた男共だが、機転の早いものから、沙耶の『神の一手』に気付き始める。
娘 沙耶にも、祖父 鉄斎の計略の血が流れていた。
まず次兄が、よくやったと目で褒める。
そして次に、ボケ老人に成り下がっていた鉄斎は口を閉じて眠そうな目を開く。やりおったわ、さすが儂の孫!と。
そう。《倒せない敵なら、味方にしてしまえ作戦》
実は、祖父 鉄斎も、ミラが初めて無双した日。門下生の特別見習いにする一手を考案したが、ミラの戦闘スキルの低さに断念したのだった。
これはミラが運動神経が悪いというわけでは無く、名門一文字家の求めるハードルが高すぎたために起きた悲劇である。
ゆえに、先程まで忘れていた。
ここまでやらかせば、門下生は無理でも、食客ルートが出てくる裏技が使えることを。
鉄斎は、腑抜けている斬鉄に、指弾を飛ばした。
バシッと指弾を容易く受け止める斬鉄。
ん?ドングリか。
どれだけ腑抜けていても身体は反応するのが、この一族。
嫌な顔でイタズラを仕掛けた鉄斎を見ると手で合図をされた。そして、頷き真面目な顔になった。
鉄斎の表情からすぐに沙耶のやった事を読み取ったのだ。当主としての役目を果たすべく素早く立ち直る。
鬼神という仮面が剥がれた能面に、優しい父の顔を貼り付けた。ニッコリと笑顔で笑う。
頼れる父 斬鉄 が帰ってきた。
「ミラ、先程は驚かせてすまなかった。改めて、私は、当主の一文字斬鉄だ。」
「・・・ミラです」
ぺこんとお辞儀をするが、その姿にはまだ怯えが見える。斬鉄は苦笑して、手を差し伸べた。
「歓迎するよ。今日から、一文字ミラを名乗るといい」
ミラは、むむうと考えた顔をした後、爆弾を落とす。斬鉄のごつごつした指と小さな握手をして、こてんと首を傾げる。
「お父さん?」
斬鉄はクリティカルダメージを受けた!
天使、天使なのか?
思わぬ幸せな興奮を感じた。顔がだらしなくデレたのも仕方ないだろう。
(・・何だ、この衝撃は。娘が懐いていたあの頃を思い出す。ミラの指、柔けえええ)
「お父さん?」
しかしながらそれを否とする者がいた。
同じ言葉だったが、今度は、娘 沙耶からの嫉妬に塗れた冷たい声で幸せな興奮から我に帰る。
浮気をしたような気分になったのか、斬鉄の顔には罪悪感が浮かぶ。
(すまない、沙耶。甘んじて、お前のローキックを受け入れよう。魔装と自動回復を全解除。本当、妻に似てきましたね・・沙耶。来なさいっ!父は反省している)
斬鉄は、達観した顔で沙耶のローキックを受け入れて、地面に膝をついた。
(・・・・いい一撃でした)
穏やかな顔だったが、未だ終わらない死体蹴りの気配を感じて、泣きそうな顔になる。
(まだ終わらないのかっ!!我が娘ながらなんと容赦がない。少しお友達のミラさんにデレただけなのにっ!妻に似て、嫉妬深すぎるっ)
斬鉄の顔が、致命的な一撃を予感して強張るが、彼はそれでも逃げなかった。
無骨な男であった。
「ぐふう。・・・成長しましたね、沙耶」
一文字斬鉄 VS 一文字沙耶
勝者 沙耶!
【次回予告】
沙耶ちゃんにお仕置きされた不甲斐ない斬鉄を
ゴミのような目で見た鉄斎だったが、
覚醒したミラの魔の手にハマる。
なんじゃと!?