47 痛みを感じない女
振動する鎧が不愉快な音で鳴きます。
ヂィヂヂィジジジジジジ・・・
「お願い。自分を取り戻してッ!」
「オゾイ、もうアグマにタマジイをウッダ。知能を対価に、スギルをカイホヴ」
「そうだ。惑わされるな、鉄斎譲りの計略にすぎん。騎士の栄光を示せっ、アーバン!!」
魔鎧に精神を支配された騎士の剣を躱すと、勢い余った振動剣が地面の岩を砕き、石つぶてが爆散しました。マスターに石つぶてが迫っています。危ないっ
「マスター!私の後ろに」
「「ぐわああ。痛えっ!くそっ何かが飛んできたぞ」」
慌ててマスターを、ひょいっと引っ張り身体の陰に隠します。
バチバチと背中に被弾っ。
どうやら周りの生徒たちにも当たったようで彼らは血を流しています。
ですが、私は守れました。良かった!間に合いました。私は剣であり盾です。
褒めてくださいマスター。
あれ?
「うえええ、レム痛いよ レム嫌い レムなんか大嫌い」
「あああ、マスター申し訳ありません。これ、ポーションです。早く早く!」
迂闊にも手を強く引っ張りすぎたようで、マスターの肩と手首にダメージが。。
なんて事でしょう。泣きながら元気な方の手でぱしぱし叩かれて、心にダメージが響きます。ううっ。
これでは、メイド失格です。
ギュインッ! ギギギンッ!
後ろでは沙耶様の攻撃が弾かれる音がしています。戦況は良くないのかもしれません。
しかし今は、それどころではありません。
「無駄だ、斬れぬよ。くくく、一文字よ。これがフルプレートだ。これこそがフルプレートの力!騎士の身を守る誇りよ」
「「おおーっ、さすがは先生っ」」
マスターに、ポーションを振りかける。どうか治ってください。
「グガガガガ!!」
「貴方、言葉を忘れたの?まるで動物のよう。動きにキレが無くなった。まさか、彼になにか仕掛けました?」
「くくく、あのワザを維持するのは難しくてね。なあに、少し力を貸したまでの事。キレが無い、大いに結構っ!つまり、斬れないのですよ。安心してください。魔鎧の反動により一時的に知能を食われてるだけです。それに本番用には鬼人薬を準備していますので、今日のはお試しにすぎない」
ジジジジジ・・・
「それにしても不快な鳴き声ね。くっ」
「くそっ!惜しい。ちょこまかと。 くくく、光栄ですね。重鎧の擦れる音が心地よい。これは、まさしく勝利の音色だ。鎧の表面には油を塗り、防刃特化の魔装を幾重にも施しています。貴女は斬れませんが、こちらの攻撃はそろそろ当たるでしょう。そこだっアーバンッ!」
痛いの痛いの飛んでいけー。
「ところで、先生は夏の蝉をご存知ですか?」
「せみ?なんですか、急に?」
はぁぁ。良かったです。マスターの表情が和らぎました。
「似てるんですよ、その最期の音に。土中に7年、空で2週間。それは、儚き夏の虫」
「虫だと!?失敬なッ!!」
マスターに、ぷいって横を向かれましたっ。うわわ、悲しいです。表情パターンが少ないので伝わらないと思いますが、心は泣いています。
「終わらせてあげましょう。泡沫の夢を」
「なんのっ、私の夢は始まったばかりだ!防刃特化の魔鎧は決して斬れはしませんっ!!!」
マスターが沙耶様を見られました。不機嫌だった顔にようやく光りが差しましたっ。沙耶様は女神様です。
「そうですね。残念ながら、それは認めましょう、今の未熟な私には斬れそうにもありません」
「くくく、ついに負けを認めたましたか!何かあるのかと、少し焦りましたよ。強がりもここまで来ると大したものです。さあ止めを?」
マスターにつられて沙耶様を見ると、チャキンッと音がして刃をなぜか裏返して持ち直されました。沙耶様の雰囲気が変わったような?
「感謝します」
「なっ・・・・なにを!、?」
沙耶様が悪戯っぽく笑う。
不穏な空気を感じて、先生は焦ったようですが、もう遅いです。
沙耶様が大太刀を振り回します。
ゴイーンッ!ゴッ!ゴッ!
今までとは違う音がしました!?
攻撃が・・・通ってるような音色?
まるで打撃音のような。
「斬れないので、教えられた通り叩いてみました。峰打ちです」
「はあああ!?峰打ちは、安全に無力化する技では無いのか?」
やれやれという感じで、肩をすくめる沙耶様。
「おかしな事を。凶悪な技ですよ? さあて!今日のお料理はハンバーグです!沙耶ズ、キッチン始まるよ♫」
「や、やめろおおおおお。私の傑作が。私の・・・」
ハンバーグは、たしかパンパンと空気を抜くようにリズムよく叩くんですよね。
ええ、そんな感じです。
お上手です。
ついには耐えきれなくなったのか、ぷしっ!!と空気が抜けたように、こと切れました。
「沙耶ちゃん、すっごーい!」
マスターと一緒に手を叩きます。
私達のテンションは最高潮に。打って変わって騎士見習いさんたちのテンションはお通夜のように。
「さあて、お次はどなた?」
沙耶様の笑みに、きょろきょろと周りを見渡す騎士見習いさんたち。まるで、お前が行けよと譲りあっているかのような。
なかなか誰も手を挙げない中、勇気ある一人が、ビシッと手をあげました。
あまり強そうには見えない眼鏡をかけた少年。皆の注目が集まる中、さらに、ビシッと手を上げました。
彼の行動を見守っていた皆の緊張や悲壮感は、安堵に変わりました。
・・・いったい何者?
しかしながら、沙耶様のお顔は困惑したような顔に。
「え? 本当に?」
こくこくと真剣な表情で頷く騎士見習いさん。
どうやら間違いないようです。
右手あげて、左手もあげるっ!
そう、彼が挙げた手は・・・両手。
つまりは、えーと。降参?
「に、逃げるなあーーーー!」
シュオンッ!シュオン!シュオン!
状況を理解して、次々とログアウトしていく見習い騎士さんたち。
全員退出した中で沙耶様の凛としたお声が仮想訓練ルームにエコーのように響き渡りました。なあー なあー なあー・・
地団駄を踏んでる沙耶様を真剣に激写するマスターに癒やされます。ふああ。
「私達も戻りませんか?」
力無く頷く沙耶様とマスターと帰還すると、騎士見習いの方たちに迎えられました。
「貴殿、反省しよう。もう魔鎧には頼らないと誓う」
「ええ、それが良いかと思います」
「考え直してくれ、アーバン!必要な犠牲だ」
すがる先生に、騎士団長の息子アーバンはかぶりを振った。
「負けて分かった。先生、あのままでは獣と同じだ。何か別の方法を考えましょう」
「そうか。そうだな。すまなかったアーバン」
沙耶様は、次のステージに進んだ二人に、恥ずかしそうに訪ねた。
「あの・・・また、来ても良いですか?」
☆☆
笑顔で断られました。
こうして、私達3人は、ファンシーなクランルームで少し遅めの昼飯を食べています。
「はあ!?あそこは、どうぞ喜んでって流れだったのに!」
「沙耶様、断られてしまいましたね」
「沙耶ちゃん、元気出して?」
私の作ったサンドイッチが美味しそうに、もくもくと消えていく。マスターが沙耶様の食べた物と同じ物を選んでて可愛い。
「ありがとうミラ。でもこれからどうしようか?」
「沙耶ちゃん、沙耶ちゃん。ミラが胸を貸すよ!ふふふ」
ちらりと流し目をする沙耶様
「でも、ミラは、ちっぱいだからなあ。レムさんならともかく」
「むううう」
マスターがむくれると、快活に笑いながら謝る沙耶様。マスターの髪の毛を、わしゃわしゃしてる。気持ち良さそうにマスターが目を細めた。
「ごめん、ごめん。冗談だよミラ」
「良いよ、分かってる。沙耶ちゃん!」
「それで?」
「レムを斬って良いよ!」
さすが、マスター。名案です!あれれ?沙耶様の笑顔が引きつったような。
「素晴らしいです。マスター!そうしましょう」
「うんうん」
「いやっ、レムさん。何でも認めたら駄目だからっ」
良い人ですね。でも、私は名前をくれた沙耶様のお役に立ちたい。だから敢えてここは、悪役になります。沙耶様は意外と単純です。
「沙耶様、もしかして私が怖いんですか?」
「レムさん。ちょっと良く聞こえなかったかな?」
目論見どおり、温度がきゅっと低くなりました。
「何度でも言います。本当に、一文字なら逃げないで掛かって来なさいと」
「へえ?痛い目を見ないと分からないんだ?」
痛い目は見た事が無いんですが、悪役は辛いです。
仮想決闘場の練習モードを申請、受理。
ほのぼのしたファンシーなクランルームから、草原エリアへあっという間に移動。
『ファイト!』
沙耶 VS ミラ(レム)
「掛かって来なさい!」
「言われなくてもッ!」
普段より沙耶様が、大きく見えました。マスターが興奮されてます。格好いい!
「頑張れ、沙耶ちゃん」
あれ?マスター、私は?
ふぐう。泣いちゃいそうです。
沙耶様、お願いですから、早く早く斬り捨ててください。
沙耶様が動いた。
迷いがあるのか・・いつもより遅い。
これなら?
ほら、指で摘めますよ。
指で刀の腹を摘んで受け止めて、無表情で見つめると、沙耶様の顔が驚愕に染まりました。
「迷いが見えます。こんな姿を見せるくらいなら、刀を捨てられては如何でしょうか?」
マスターが不安そうに沙耶様を見ています。だからね、こんなのは早く終わらせましょう。
「ごめんなさいっ。次は本気で行きます!」
雰囲気が変わりました。
怒りのような?
御自分に対して怒っておられる?
力任せの荒々しい剣圧を感じました。
首元に警告音が鳴ります!
手首でガード!!
鈍い衝撃。
しかしながら、それだけです。
「レムさんっ!ごめんなさい。大丈夫?」
辛そうな沙耶様。
手首を確認。
薄い傷が、一つ。
「傷一つ。ついていませんね?やる気はあるのですか?覚悟はあるのですか?心が乱れています」
ごめんなさい。
沙耶様。早く終わらせたいのです。
マスターが巻きでやってと、身振りでオーダーしてくるので。
驚いた顔の沙耶様。
泣きそうな顔になり、深く息を吸われました。
「失礼しました。覚悟を。落ち着け私。怒りの先に勝利無し!己を律せ」
そして、いつものように爽やかな沙耶様が戻って来られました。
さながら太陽のように輝いておられます。
「一文字沙耶、参る!」
「沙耶ちゃん!」
マスターがご機嫌です。
速いっ!
風のように。
首元を一刀の下に刎ねるような斬撃。
腕でガード出来たのは偶然でしょう。
そしてガードごと斬られる。
見事!お役目を果たしましたよマスター。
ぎゅっと目をつぶり、開けばそこは先程と同じ草原。。
あれ?草原です。
腕の中ほどで、刀が食い込んで止まってますね。・・・これ、どうしましょう?
「レムさんっ!腕!」
沙耶様が慌てて、マスターも慌てます。だから私も慌てます。失敗しました?
さらに失態を重ねて、刀が腕に食い込んだまま慌てて動いてしまい。
ペキンッ!
折れてしまいました。
「あっ・・申し訳ありません」
「私の満月が!」
「レムのバカ!あんぽんたん!」
泣いちゃいそうです。
無表情ですが。
「ミラ、レムさんは悪くないよ。未熟な私が悪いんだ」
「沙耶ちゃん、そんな事ない。レムが悪いもん」
「申し訳ありません、沙耶様」
沙耶様の元気が無くなってしまいました。
私が仮想モードとはいえ、愛刀を折ってしまったばかりに。
「その・・・レムさんは、痛くないの?」
「あっ!お伝えするのを忘れて、申し訳ありません。私、痛みは感じないんです」
「もう、レムはうっかりしてるなあ」
マスターの仰られる通りです。
沙耶様が唖然とされてます。
「え? ははっ、そうかあ。そうかぁ」
沙耶様の張り詰めていた表情が、ふっと和らぎました。
そうですね。普通は痛みを感じるらしいですね。痛みを感じなければ、怪我に気付かないから必須の機能らしいです。ですが、マスターは考えました。怪我しないほど強ければ痛みなんて要らないよねと。
隠していた訳では無いのですが、まさか、こんな欠陥があるなんて。
どうやら、今日の訓練はこれで終わりのようです。
ファンシーなクランルームへと帰還。
「良かった、レムさんが怪我してない。満月も折れてない」
「沙耶ちゃん大丈夫?」
力なく沙耶様は笑われました。
私が不甲斐ないばかりに。
「ちょっと疲れちゃった。お願い。少し・・・一人にさせて」
「分かった。沙耶ちゃん」
そう言い残して、沙耶様は部屋に籠もられました。
え?え?
マスター、どうしましょう?
「レム、手伝って!」
「はい。マスター」
やはり、マスターは頼りになります。
【次回予告】
本能のままに動け!
☆☆☆☆
誤字報告ありがとうございました。
気付けば3件も。
感謝感激です。




