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35 一番大事な事


 キースを倒した!

 しかし、全てを失った亡者は、呪いの言葉を吐き絶命していく。


「私の野望もここまでか。さすがは一文字の娘よ。しかしながら、私を倒した事をお前は後悔するだろう。忘れているようだから思い出させてやる。この先は友人との殺し合いが待っている。お前にその覚悟はあるのか! 殺し合いの結末を敗者の席で愉しみに待っているぞおお」


 そうだった。

 アガっていたテンションが、急降下する。私が私であるために、ミラを殺さなければならない。。



「沙耶ちゃん、格好良い! こうやってブオンブオンて」

「沙耶様、素敵です」


 無邪気に手を叩いて笑う二人を見て心が痛む。

 これからルールを理解していない無邪気に笑う女の子との殺し合いが始まる。

 でも負ける訳にはいかない。

 友人を殺めても。

 そう、どうしようもない武人の血が私には流れている。


 殺せ、殺せ、殺せ、殺せ

 友人を、姉妹を、愛しい人を


 私に出来るのかな?お兄ちゃん、お父さん、おじいちゃん。

 出来るよね。いや殺らないといけないのか。



 せめて一撃で、痛みを感じる間もなく首を刎ねる。目指すのは、燕返しのさらに上の速度『天獄ノ門』。手がかりすら掴めていない奥義を、このタイミングで開眼しなければ勝てない。


 震える手で柄頭を握り、小さく息を吐き私は決意した。

 ちっぽけなどうしようもない自分の何かを守るため、友人を失うと。

 ごめんね、ミラ・・・


 私の剣呑な淀んだ視線の先には、尊敬の眼差しでキラキラと見つめてくるミラがいた。私はこれから、ミラの信頼を断ち斬るッ!


 心の奥の怪物が生贄を求めている。

 大事な人ほど、その味は甘美だと。喰らえ、血肉となり強くしてくれる。オレンジの髪の無垢な少女を捧げよとそいつは囁く。


 問われている。

 超越的な何かに。それが神か悪魔なのか分らないけれど、どういう決断を下しても私の未来は、今日から大きく変わってしまうのかもしれない。

 だが選ばなけれならない、血塗られた道なのか、弱者の道なのか。

 理性的な私が「もう止めて、冷静になって」と泣き叫ぶが、おそらくこの身に巣食う闘争本能には勝てないだろう。


「レム、レム」


 無邪気な顔してオレンジ髪の親友が、メイドに、こしょこしょと楽しそうに内緒話をした。

 なにかの悪巧みなのだろうか。


「ミラ、新アイテムは禁止ね」

「分かった、沙耶ちゃん」


 何を指示したのか分らないけど、新アイテムを使った戦法ではなかったらしい。

 釘を刺したが、まるで抵抗がない。ミラ、貴女は何を考えてるの?

 ちなみに、一文字家はレムさんにも誰も勝てていない。助太刀禁止なんてルールがあるのはそういう事だ。


 勝率はかぎりなく低いが、私は彼女達の行動パターンを知っている。

 対策は立てれるだろう。

 ミサイルポッドにビームサーベルにビールライフル、初見殺しでなければ、どれも間近で見てきたから避けられる。

 まず、レムさんは無視する。そして、ミラの命を素早く奪う。

 出来る・・・出来るはずだ。




「駄目っ、それ以上近づかないで」


 戦闘から2秒で私は思い知った。


 覚悟なんてまるで出来ていなかったと。身体が思うように動かない。

 殺意ゼロで微笑みながら近づいてくるレムさんに、出来たのは不様に後退る事だけだった。しかし、そんな抵抗も虚しくゆっくりと追い詰められた。



 何も持っていない方の手を掴まれたッ!!


 ミラと違い、レムさんは怪力だ。この状況で取れる選択肢は少なくなった。


 なぜ掴まれてしまった?本能で自ら負けてしまう事を選択してしまったのだろうか。

 ここで負けてしまったら、武人としての心が折れるかも。


 でも、それでいいかもしれない。お父さん。もし戦えなくなったら、帰って言おう。どうやら私は、ただの女の子だったみたい。怒るのかな、悲しむのかな、それとも喜んでくれるのかな。


 まな板にのった鯉のように、全てを委ねた。いいよ、貴女になら。


 レムさんにしっかりと掴まれた私の手は、優しく導かれるように、ゆっくりと高く振り上げられた。


 高く!


 高く!!


 まるで栄光を掴んだかのように!?

 ん?攻撃しないの?


 そしてぽやっと告げられる。


「勝者!沙耶さまっ」


 ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち。


「さすが沙耶ちゃんっ」


 称賛するかのように小さな拍手が響く。


「え?いったい何を・・死合は?」


 状況についていけず唖然と開いた口が塞がらない私に、ミラが一生懸命、拍手をしてくれた。その目には純度100%の称賛が宿っている。レムさんも凄く嬉しそうに誇らしそうに微笑んでいる。


「え?どういう事?」


 システムアナウンスのファーストの声が響くと、ミラとレムさんは「良い試合を見たね」とキャッキャとまるでただの観客であるかのように喜びながら、ぽつんと私を残して消えていった。



『勝者、一文字沙耶!  一文字ミラは、不戦敗のペナルティにより竜槍の5人より獲得した全てのポイントを没収します』


 一文字沙耶 2,889→9,257

 一文字ミラ 190,392→190,392


 ・・・・どうやら私は、勝利したらしい??んん?


「ミラ、貴女はいったい何しに来たの?ああー、そういえば、ただ観客として参加しただけだった。 つまり、ミラは何も考えてなかったんだ!くぅぅ、まさか一番大事な事を忘れるなんて」


 ああああ。さっきの神とか悪魔とか私の葛藤は何だったんだ。全てをまるっと置き去りにされた。恥ずかしさのあまり、髪をかき乱しながら、うねうねする。


 親友と闘わなくて良かった事に安堵し、冷徹に成りきれななかった事が悲しくもあり、嬉しくもあり。

 もやもやした言葉が零れた。


「もう。まったくミラったら。あの子にかかれば、どんな障害さえもパン屑で擦って消してしまいそう」


 思わず口元が綻ぶ。


「いや、パン屑なんかよりビールサーベルで消してしまうのかな ふふふ」


 そうだ、そうに違いない。

 考えるのやーめた。

 一文字沙耶、現実へ帰還しまーす。


 現実へ帰ると神妙な面持ちの元《竜槍》のメンバー達が待っていた。

 賭け死合に負けた元リーダーのキースが重い口を開く。


「戻ってくるのが最後という事は、あの怪物メイドに勝ったんだな。おめでとう。殺し合いの後に、双方が笑顔とは全く、一文字は修羅の国に生きているな」

「どうも。私達を怨む?」


 キースは両手を上げてヒラヒラした。


「怨む気持ちはあったが、同門で殺し合ってなお、屈託なく笑う彼女達を見たらなんだか馬鹿らしくなってしまってね」

「そう。それは良かった」


 キースは、何の痛みも受けなかったのように、純粋に笑うミラとレムさんに尊敬の眼差しを送る。

 彼は知らない。ミラが、本当に何の痛みも受けず、神聖な決闘に砂をかけて帰ってきた事を。

 知れば、おそらくは泣きながら襲いかかるだろう。そしてあっさりと酷い返り討ちにあうまでがセット。だから、口を閉ざした。


「これで《竜槍》は、一文無しになり解散となるので、4Fの空いたクラン部屋は代わりに自由に使ってくれ。あと、今日から貴女の傘下に、つこう」

「お断りよ」


 キース達の顔が青ざめる。


「ま、待ってくれ。ゼロから何の支援も無く復活するのは厳しいんだ」

「俺達が悪かった、ラガンの事も謝るし、雑用もするからどうか考え直してくれ。しばらく置いてくれるだけでいい」

「俺は今月はポイントのツケ払いがあるんだ。退学は嫌だ。今月だけでいいから頼む」


 そのうち一人は土下座までしてきた。

 アード学園ではポイントがゼロのまま月をまたげない。退学になってしまう。

 極貧生活に耐えるため、せめてクラン部屋が使いたかったのかもしれない。

 なまじ強い事が知られているため、弱い人達とは試合のカードは組んで貰えないし、ある程度のポイントがなければ生活は困難を極めるだろう。

 少しだけでもポイントがあれば、やり直せるのだけれど譲渡や返却はルール上、出来ない。

 だから頼む、見捨てないでくれと、キース達は訴えていた。


 しかし、私は聖女。

 そんな下々のルールには縛られない。神の免罪符を発行出来る娘は、一枚の紙を懐より出した。


「これを使いなさい」

「なんだ?ただの紙切れなんか・・・うっ!?」


 渡したのは一文字家の無記入の小切手である。無茶な金額さえ書かなければ、現人神の斬鉄様がお支払いになるだろう。

 お父さん、頑張って。

 眩しい救いの光を放つ紙切れを男達はボーゼンと眺める。


「ファイトマネーです。必要な額を書き込みなさい」

「「教師よりポイントを購入せよという事ですか。どうして、ここまで良くしてくれるのだ。感謝するっ!!これで復活出来る。沙耶さまーーーーーー¥¥」」


 ニッコリ笑う。

 一文字は武力だけではなく金の力も振るう。これが、鉄斎の英才教育。

 一文字家ではこれが普通の対応であり、歪んでいるとは、箱入り娘の沙耶は気付いていないようだが、将来の大きなコネクションを作った。

 クラン《竜槍》の元メンバーは、涙を流して喜ぶ。ただ、少しやり過ぎた。


「「沙耶様。力を取り戻した後は、貴女のバックアップを致します。それを許しては頂けませんでしょうか」」

「気にしなくて構いません」


 沙耶の曖昧なお断りの言葉を、許可と勘違いしたキース達は感激のあまり、後に上級クランとなってしまう《沙耶様の一番槍》を作ってしまうのだが、まだ沙耶は知らない。


 全てが解決したと思われた矢先。一人のメンバーが手を上げた。上級槍使いのBだかCだかのどちらかだ。


「あの、良ければ後学のために教えて頂きたいのですが」

「何でしょう」


 疑問いっぱいの顔をしていた。


「沙耶様は、いったいあの出鱈目なメイドにどうやって勝ったんですか?」

「ふふ。聞いたら、きっと寝られなくなってしまうので、秘密です」


 沙耶は、可愛く指を口元に当てて内緒ですと微笑んだ。

 ぬおおと、元竜槍のメンバーは頭を抱えたが、真実を知ればガッカリするだろう。怒りのあまりゾンビとなり襲って来るかもしれない。

 夢を壊してはならない。

 アイドルは大変なのだ。


「沙耶ちゃん、格好良かった!」


 嬉しそうに抱きついてきたミラの頭を撫でる。この分だと、今夜は興奮してなかなか寝させてくれないかも。



【次回予告】


 4F。新たなるステージへ

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