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3 死合 戦斧の爆砕ゼオン


 武芸者ゼオンは、混乱の局地にあった。

 粛々と進められる死合の準備を眺める。

 一応、死までは求められていないらしく、救護班が設置されている。しかし、これが四肢が欠損しても大丈夫な程に大袈裟な体制であるため、余計にこれから行われる死合による死の匂いがぷんぷんする。

 しかしながら、肝心の対戦相手の少女からは、微塵も周囲の大人達のような緊張が見られない。


「頑張るぞ〜」


 ブンブンと振られる短い棒。

 まるでチャンバラごっこのようだ。

 頭が痛い。


(俺の一撃が掠れば、絶命するだろう。なぜ恐れない?まさか、人外なのか?一文字がここまでビビるなら魔人クラスか?くそっ、まるで分らない。この話に乗ったのは失敗だったか?)


 ややあって、死合の準備が整った。

 沙耶と呼ばれていた一人娘が、立会人を務めるようだ。

 和装と黒髪がよく合っている。キリリとした視線で数年後の姿が楽しみな美しい少女だ。


「これより、試合を始める。ルールを確認する。飛び道具禁止、助太刀禁止、見えぬ盾禁止。双方、異存はあるか?」

「無いよー」


 元気よく答えるミラと呼ばれる少女。

 そして、それを真剣な顔で、まるで宿敵のような顔で見つめるギャラリー達。

 当主の斬鉄は、血走った目で、聖剣『村雨』の刃を構えてブツブツと呪言を呟いている。

 はっきり言って異様だった。

 この少女に隠された何かがあるのは間違いないが、それが何かがまだ分からない。ゼオンは確かめなくてはならない。


「質問を良いか?」

「どうぞ」


 とりあえず、彼は一番分からない部分について聞いてみた。


「なぜ禁止ばかりなのか?」


 これが禁句だったらしく、ギャラリー達が目に見えて動揺する。目を反らす者までいる。

 そう、普通は禁止事項は無い。

 これは、ミラが反則級の魔道具を使う度に追加された一文字家に有利な屈辱のルールだった。

 ゆえに、回答は返ってこない。

 暫く経って、立会人の沙耶の重い口が開かれた。


「詳しくは申せませんが、貴方に有利なルールとなっています」


 ゼオンが、ごくりとツバを飲む。


(なんだと?それは、聖剣が関係しているのか?なら色々な機能がついているのか?分からない。いったい一文字は、何を隠している)


「うむ。では次の質問だ。小娘の持っているその凄いらしい棒は何だ?それが聖剣なのか?」


 ゼオンの質問に、皆が一斉に新たな魔道具に注目した。ゼオンは、聖剣の秘密を皆が隠しているのではと邪推していたが、それは違う。

 そう、本邦初公開。

 新たな魔道具のお披露目だった。


「ミラ、それは?」


 にぱーとミラが笑う。カチリと、引き金を引くような音がした。


「ビームサーベルだよ、沙耶ちゃんっ」


 棒からは、青白い刀身が現れた。

 実体はないが、実体がある。


 シュオオオオオ


 なんかヤバそうな音までしている。聞いたこともない聖剣のただならぬ雰囲気をようやく感じ取り、身を引き締めた。

 ギャラリーが半歩下がった。

 ゼオンも気付けば、半歩下がっていた。本能が警告する何かがある。

 沙耶と呼ばれた少女が諦めたような顔でそれを見て感想を漏らした。


「凄いネー。ミラ」

「うんっ」


 褒められたのを嬉しそうにブンブンと棒を降る。

 ビームサーベルと呼ばれた魔道具は先程と違って、ほのぼのしさが全くない。

 近くにいたギャラリーが飛びのいた。


(・・これは覚悟を決めなくてはいけないか)


 ゼオンは、粗野な外見に反して臆病な内面も合わせ持つ。それは優れた武芸者の素質であり、彼が今日まで生き延びた秘訣でもある。だから保険を追加した。


「条件を追加したい。使える武器は一つだけ。可能か?」


 そう言って、隠し持っていた投げ斧を捨てた。そう、特殊ルールによって使えなくなったので捨てただけ。さらに、運が良ければ相手の奥の手を封じたいがゆえの発言。

 これが、功を奏した。

 思わぬファインプレー。

 ミラの顔が残念そうなものに変わる。


「ミラちゃん?」

「はーい」


 しぶしぶポケットから取り出した何かのスイッチのような物が立会人の少女に手渡された。

 重力力場発生装置という、これまた未公開の初見殺しの魔道具を封じる事に成功。

 それを見て鉄斎の顔が初めて破顔する。

 ナイスじゃと!

 本人が知らぬ間にゼオンは、初めて評価を一つ上げた。


「これより、試合開始とする。後悔される事なきよう全力を尽くせ。双方、構えて。始めっっ!」


 ビンッとした空気に包まれる。

 始まってしまった。

 勝てば栄光、負ければ破滅。

 賭博師でもそうそう味わえない、命という一番重いものを、己に全て賭ける瞬間。

 しかしながら、緊張していては全力を出せないとゼオンは知っていた。故に、軽口を叩き自分のペースへと持っていく。


「小娘。おじさんは、こう見えて弱い者虐めが大嫌いだ。早めに降参してくれると嬉しいんだが」

「降参?しないよ?」


 怖い顔で恫喝したが、きょとんとした世間知らずの反応が返ってきた。やはりビビらないか。

 背負った漆黒のバトルアックスを取り出して、刃先を突き付ける。そしてガチャリと柄を変形させると、ハルバードのように長柄になった。

 遠距離から、勝負を決める。

 近付かせてはいけない


「お前さんのその魔道具も立派だが、残念だったな。こいつも、実は強力な魔剣だ!後の死合の為に隠しておきたがったが、そのクソ度胸に敬意を評して見せてやるよ」


 魔剣と聖剣の違いは何なのか?

 どちらも魔道具である。

 安く、デメリットのあるのが魔剣。違いはそれだけだ。ゼオンの魔斧ブラックイーターは、魔剣の中でもデメリットが大きい。己の身を食らうヤバいタイプだ。

 魔剣を起動っ!!

 代償は大きいが、大きいゆえに一瞬だけなら出力も有名な聖剣を上回る。

 魔剣の身を食らう痛みを誤魔化すようにゼオンは、咆哮した!


「うおおおおっ、ぶっ殺す」


 次の瞬間。

 ブオンと、手先だけでビームサーベルを降る音がした。


 ミラの先制攻撃!

 しかし、武術でこんな舐めた動きは無い。

 力が入らないからだ。

 常識ならば無効の一撃。

 初めて見る動きだった。いや、子供の頃に見た事がある。まるで小さい子供のチャンバラのような動きに似ている。


 だから、反応出来なかった。

 ・・・・知らなかった、ビームサーベルには腕力がいらないなんて。

 異次元の未来戦法。


 バチュン!


 金属が溶けるような音と鼻をつく金属臭がして、ボトリと、溶けた魔斧の刃先が落ちた。

 急に軽くなる武器。

 魔斧が壊れて、身を浸食する痛みから開放される。ふーぅ。とゼオンの表情が和らぎ、だんだんと青ざめていく。


 ・・・・。


 ミラがニッコリ笑う。

 斧先と、少女を、何度も交互に見かえした。


「オーノー!」


 無いよ、刃先が無いよ!

 驚愕に染まる。得体の知れない理解を超えたナニカ。それは恐怖だ。こいつは人では無い。

 ミラがニッコリ笑う。


「いくよー」

「この魔王めっ!!!」


 魔王だったのか!

 こういう事だったのか、と分かった時には、もう遅い。

 ただの長い棒っきれと、未来聖剣『ビームサーベル』との死合が再開された。


『ラウンドツー ファッイト!』


 ぶんぶんと、振ってくる必殺の一撃。


「うえあああああ」


 変な声が漏れた。

 小便も漏れた。


 ただ、そんなのはどうでもいい。死にたくねえ!ただの長い棒を無我夢中で振り回した。

 相手は非力な少女、偶然でも一発当たれば勝てる。


 バチュン、チュン、チュン。


 ふふっ。抵抗も虚しく、長い棒がビームサーベルに触れる度に溶けて短くなっていく。

 今や、ハルバードのような魔斧ブラックイーターだった武器は、ただの短い棒だ。

 どんどんと、近付く距離。

 例えるならば、今握っているのは、武器では無い。命のロウソクだ。

 燃え尽きれば死ぬ。


 チュン。


「ひいええええええ」


 完全に燃え尽きた棒を手放し、ゼオンは四つん這いになって逃げ出した。一文字家の門下生なら命より名誉を選ぶが、彼は俗物。

 武人の出では無く、農民の出だから、我が身が可愛いため逃走した。


「あはは」


 そのリアクションがツボに入ったのかミラが爆笑する。

 死合ならば礼を欠いた行動だが、彼女にとっては、『お遊び』なので致し方なかった。

 ミラは、武人ではない。

 普通の少女なのだ。


 這いつくばって逃げ惑う爆砕のゼオンの醜態を見兼ねて、鉄斎の姿がブレた。


「見苦しいぞ。眠れ」


 消えるように移動した鉄斎の足刀がゼオンの喉に入り、気絶したのか動かなくなる。

 ドクターストップ。


「そこまでっ!!勝者ミラ」


 凛とした沙耶の声が響き、決着と相成った。



【次回予告】


 当て馬の犠牲をつぶさに観察して、得体の知れぬ魔道具の秘密を暴こうとしていた斬鉄と鉄斎であったが、これで理解できたと見誤る。

 しかしながら思い知る。

 ミラは、まだ本気を出していなかった!


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