22 届かない剣
「待った!」
凛とした良く通る声が響いた。
声を出した沙耶は、無邪気な少女と、欲望に曇った目をした大人を見つめる。
どうしてこうなっちゃったかなと。
学園長が不快な顔で、勝負は止めないぞ!と見つめてきた。その目は欲望で汚く濁っていた。
「見届人を、一文字沙耶が務めます! 双方、禁止項目や希望は無いか?」
「無いよー」
ノータイムでミラが答える。
沙耶の割り込みは、学園長の為のものであり、ミラの勝利を疑わない彼女からの、せめて悔いなく散って欲しいという手向けの花であった。
そんな不穏な空気を嗅ぎとり、少しだけ冷静さを取り戻す学園長。
計略家の鉄斎が認めた以上、この普通すぎる少女には何かトラップカードがある。
それは間違いない。
何だ?
肉体強度は無い。分らないが、残された可能性を全て潰せば良いか。
「魔法および呪術の禁止は、可能か?」
沙耶は鎮痛な顔をする。
それは、ハズレ。
「ミラは、生活魔法すら、きちんと発動しません。それでも宜しいか?」
立会人だと許されない、見届人だから出来る程の依怙贔屓なキラーパス。
「では、無しで」
キラーパスを、あっさり受け取るソードリアン。彼は、武人だが傭兵タイプだった。有よりも実をとる男。
「他には有りますか?」
「いや、一文字沙耶さん。もはや何も有りません。貴女の配慮に感謝する。貴女は、小さな友人の勝利を疑わないのですな。しかしながら、その配慮には、いささか男としてのプライドを傷つけられました。これで、燃えるというものよ!!」
沙耶のナイスアシストにより、悔いなく戦えるようだ。
学園長の肩を持ち、完全に裏切り行為をしたような沙耶だが、実は、勝負の後でミラと学園長とのシコリを無くす、『神の一手』だった。本人にその自覚は無いが、鉄斎の血が流れている。
天災ミラ VS 学園長ソードリアン
ランダムで選ばれたのは、何も無い白の空間。純粋に、お互いの力だけが発揮されるフィールドだった。
離れた特設ルームで用意されていた紅茶を飲みながら見守るのは、沙耶とレム。
「転移したこの観客部屋は当たりだね。凄い快適〜」
「はい。沙耶様。マスターのご活躍が楽しみです」
「沙耶ちゃん見てて〜!」
「くはは、鉄斎!!!後継者を倒し私こそが最強だと、証明してやる。推して参る!」
ぶんぶんと腕を振ってアピールしながら遊び半分のミラに、人生の全てをオールインした歴戦の傭兵は挑む。
「あぁ、マスターが格好いい」
「うーん、可愛いの方が近いかなあ」
先行、ミラ。
選ばれた魔道具は、ビームライフル。
びーむ らいふるぅ
水鉄砲のような可愛い未来銃。
ロングソードを油断なく構えた学園長は、じりじりと距離を詰める。
遅い。
全く持って遅い!
チュン!
ミラが指先でカチリとトリガーを引くと、研ぎ澄まされたエネルギーの槍が飛来する。
「ぬおぉおお」
死神の手を幻視した学園長は、死地を何度もくぐり抜けた動物的な勘で中腰にしゃがむ。
先程まで頭のあった場所を熱線が駆け抜けね、はらはらと、焼き切れた髪の毛が散った。
これには、観客席も大盛り上がり。
「すっごお、レムさん見た!躱したよ?」
「なかなか、やりますね」
学園長の面目躍如。
「見えぬ、全く見えんかった。・・・先程の問いは、飛び道具を封じるのが正解だったのか。しかし、あれ程の威力なら連発は」
チュンチュンチュン!
まるで朝の雀の鳴き声のように、必殺の神のイカヅチは大安売りで、連発される。
「連発、出来るだと!? クソッ・・素人め」
学園長は口から血の泡を吹き、忌々しい表情でミラを睨み赤いツバを吐いた。
本来。ガチンコの場合に限るが、達人に飛び道具は効かない。弾道が見えずとも、視線で、どこにくるか分かるからだ。
しかし、相手がミラのようにド素人だと緻密な計算が狂う。本人もどこに飛ぶか分らないため、視線からは何の情報も得られないからだ。せっかくの高度な先読み戦術は、幼稚に潰される。
と言う訳で、一発 肩口に食らった。
「メガヒール! リジェネレーション! ふぅ、魔法を禁じなくて良かったわい。 久しぶりに、これを使うか」
ぶすぶすと、焦げた臭いをあげて向こう側が見えていた傷口が、魔法治癒により閉じる。
試験管のようなポーション瓶を大事そうに取り出すと、グビリと嚥下した。グツグツと茹だるように発泡していた赤く光る液体を飲み干すと、学園長の目が赤く染まった。
空になった瓶を地面に投げ捨てる。
鬼人薬という違法な、一定時間だけ怯まなくなるヤバいお薬を服用。
「くはは。相手にとって不足なし!肉を斬らせて、骨を断つ。一撃当てれば、それで勝ちだ」
一撃食らい緊張が吹き飛び、ようやく余裕が戻ってきた彼は、本来の動きを取り戻すと、凄い勢いでジグザグに走り迫りだした。
ミラは、右に左にキョロキョロする。
こうなると、ミラのド素人ビームは、掠りもしない。明後日の方向へ、光が飛ぶ。
学園長の口角が獰猛に、吊り上がる。
捉えた 勝利を確信して射程圏内に入った その瞬間。
トラップカード オープン!
べちん。
と、見えない壁に激突して阻まれた!?
はぁぁぁぁぁ!?声も出ない。
「かひゅーかひゅーひゅー」
驚きすぎて、危うく過呼吸になりかける学園長。
不思議な顔でキョロキョロして、ペタペタとパントマイムのように見えない壁を触るが。うん、入れない。ぺたり。
「次元バリアだよ?」
きょとんとする少女の顔には、入れないのに何やってるのかなぁ変なの?と書いてある。
魔道具が1個だなんて誰が言ったの?
観客席の二人は、優雅に紅茶をすすりながら、感想戦に入った。あっ!このお菓子おいしい。
「彼は、よくやったと思います」
「ええ。そうですね沙耶様。マスターのかませ犬として素晴らしかった」
もはや、半狂乱でガンガンとロングソードを見えない壁を叩くように踊る事しか出来ない学園長は、ラストダンスを踊る。
「うええああ、見えない壁がなんぼのもんじゃああ!!!! 壁は禁止っ。壁は禁止だろおおん?」
次々とミラが撃つ命中精度の悪い光が、死のダンスを踊る哀れな学園長の心と体をじわじわと削り取る。
しかも飲んだ鬼神薬のせいで、致死ダメージなのに、死にきれない。
おっ!ビームが、御自慢のロングソードの刃の真ん中に当たって、ペッキリ折れてショートソードに。
その目には、涙。
チュン!
最後に、怒りと哀しみが融合した頭を、全消しにすれば、決着。
勝者、ミラ!!
「オレンジの魔王めええ、クソがっ!!人生の証である大事な大事なA級プレートが! 鉄斎の計略にハメられて、奪われるなんてえええええ」
仮想空間から元気よく帰ってきた学園長は、大人の威厳もかなぐり捨てて、インク壺を壁に叩きつけ染みを描き、椅子を窓ガラスに叩きつけてガシャンという音を奏で、机をジャンピングボディプレスで粉砕する。
常軌を逸した姿。
そこへミラが、大丈夫?と心配そうな顔をして近付くと。
「ひゅう」
泡を噴いて倒れた。
「・・沙耶ちゃん?」
「ミラは良くやったよ。格好良かった!だから悪くない。あとは、レムさんにお任せしましょう」
「はい、お任せください。マスター、ご立派でした」
少し不安そうにしたミラだったが、沙耶に褒められるといつものミラに戻った。
「うんっ!ありがとう沙耶ちゃん」
【次回予告】
勝利の余韻
事務手続も簡単には終わらない




