11 沙耶の覚醒
今夜から、ミラと沙耶は、ずっと同じベッドで寝る。これは世間でいう結婚では?
3人は、有頂天だった。
「うへへ」
「良かったのう」
「おめでとうございます。マスター」
対して、沙耶はぶすっとしていた。
一人だけ不機嫌。
それもしかたないだろう。
沙耶のこぶしが、ぷるぷると震える。
(やっぱり、このままじゃ駄目っ!)
このまま祖父の理不尽な決定に従うのか?
少女よ。
勇気を持って立ち上がれ。
そうだ、頑張れ。
その足は飾りではない。
立ち上がるためにある。
アルプスの少女ハイジのクララように、立ち上がれ。
サヤが立った。
サヤヤァァァァァァァァ
「ハアアア!」
黒髪の少女は気合い入れて気を丹田に集める。
まずは、裏切り者を殺す。
ギンッと睨んだ先には、裏切り者の腑抜けた鉄斎がミラに、でへへと笑っている。
その距離は、約10メートル。
一足飛びでは届かないため、なにか飛び道具が必要になるだろう。
そんな家族の問題を、ギャラリーは、他人事のように安全圏から見守っていた。
鉄斎の英断には、なんの被害も無いため、ドン引きしたものの、沙耶とはかなり温度差があったためだ。
むしろ、羨ましい。沙耶お嬢様の立場になりたい。いや、ミラの立場になりたい。と渦巻く邪念。
所詮・・・関係が無い他人事だと思っていた。
その中の一人。
ギャラリーのぱっとしない門下生Aは、なぜか熱い視線を感じてブルリと震えた。
なんだ?
門下生Aは、熱い視線を送ってきたのが沙耶である事に気付く。
(沙耶お嬢様の視線でしたか。しかしながら、なんと、お美しい。 まさか拙者を見ているのでは!?間違いない、拙者を見ている! なぜだ?)
モブである彼にスポットライトが当たった。
「沙耶お嬢様?」
モブである門下生Aは、足りない頭をフル回転させる。
(どういう事だ?なぜ沙耶お嬢様が拙者を見つめている?もしや、もしかすると、拙者に春が来たのでは?)
門下生Aの顔の鼻の下が、だらしなく伸びた後キメ顔になる。格好良くはない。むしろムカつく。
「沙耶お嬢様。拙者に、なにか頼りたいのですな? 一言仰って戴ければ、拙者が何でも叶えますぞ」
沙耶は、門下生Aを見る。
「私の為に、ぶっ飛びなさい」
ひゅう。全てを理解してブルリと震えた門下生Aは、さらに調子に乗りキメ顔のまま、ご褒美を待ち構えるためケツを差し出して構えてくる。
「お任せください、沙耶お嬢様。拙者はね、貴女の弾丸になる為に。今この瞬間の為だけに生まれたんですぞ」
沙耶は、門下生Aを、虫を見るかのような目で見た。
「御託は良いから、裏切り者の鉄斎へ、突き刺され 私の弾丸よ」
沙耶の雰囲気が変わった。
なんという事だろう。
まさか、この少女は、さらに奥義を開眼するというのか。
たった一日で、3つ!
それは、一文字家の奥義が一つ。
必殺『鳳凰ノ暴風』
沙耶の荒ぶる気持ちが荒れ狂う風となり、木刀が暴風を纏う。
ゴウウウウウ。
暴風を纏った木刀で、ゴルフのフルスイングのように、力を込めてええ、門下生Aのケツをぶっ叩く。
「ぶっ飛びなさい」
べちんっ!
門下生Aの顔が苦痛に歪むと、大きな推進力を獲得した。
彼は、この世の理不尽に勇気を持って、立ち上がったサヤヤの一撃で、アルプスの先までぶっ飛ぶだろう。
「よろれりひーーーー!」
使命感の宿った目をした門下生Aは、弾丸Aにクラスチェンジして鉄斎を目掛けて、飛空突撃を開始。
将棋の駒のように寝返った弾丸Aに、鉄斎は何も言わなかった。
ミラを庇うように流れるように移動すると、長年の鍛錬で染み付いた防御の型を構える。
静かに弾丸Aを受け流した。
その姿は、まさに斬れない柳の如く。
やりきった顔で壁へと突き刺さり、びよよんと揺れる弾丸Aには目もくれない。
「見事だ。しかし届かぬよ、沙耶」
鉄斎は手をひらひらと振り圧倒的な強キャラのような余裕ぶった振る舞いをしたが、沙耶は鼻先で笑う。
「防御しても、ダメージは入ります。さて、その老体でどこまで耐えれますか?」
事実であり、鉄斎は心の中で舌打ちをした。
はったりは通じないようだ。
勤勉な少女は、一文字の奥義に完璧な受けなどなく、格好良く受けただけと知っていた。
沙耶は、続いて門下生BCDを
べちんっ!べちんっ!べちんっ!
とぶっ飛ばす。
彼らに説明はいらないだろう。
しょせんモブなのだから。
「くっ、やりおるわ。このままでは不味いわい」
老人の顔に冷や汗が流れた。
なまじ先読みが出来るため、少し未来の床に伏せる自分の姿を幻視してしまう。敗北は必至。
しかし、乱入者が現れて勝負の行方は大きく変わった。
「私に、お任せください」
ニューチャレンジャー!
メイドのレム。
参戦したのはメイド。
魔王ミラより生まれし右腕は、ミラと鉄斎のさらに前へ、ラスボスのように優雅に現れた。
その背中には、ミラのキラキラした瞳。
レムは、人とは違い生まれた瞬間から恵まれている。
恵まれている意味。
皮肉な事に、武術とは非力な者の為にあり、真に恵まれた者には、技なんて必要ないと証明される事になる。
見せつけれたのは豊かさ。
揺れる胸部装甲。
ボヨン、ボヨン、ボヨヨーーン。
双方ダメージ0!
誰も傷付けない。
撃ち込まれた沙耶の下僕に成り果てた弾丸BCDを、弾力のある胸部装甲で優しく受け止めるレム。自分がダメージは無いのはもちろん、襲ってきた敵さえも優しく受け止める。これこそが、恵まれし者の余裕。
理論上ダメージ0のはずだったが、なぜか弾丸BCDは幸せそうに、ぶはっと鼻血を流して昇天した。これは仕方がない。
「なんで、レムさんまで!」
沙耶が悲痛な顔で訴えかけると、メイドは恥ずかしそうに身を捩ると、沙耶の予想を超えた思わぬ斜め上の提案をした。
「沙耶様。あの・・・今夜からは私もお供しますから。それで、その・・どうでしょう?」
「ふぇ?」
沙耶は変な声が漏れる。
(え?2人なら意識するけど、3人なら? という事。 え?でも、これは、そういう問題なの? 何が、どうなのよう!)
肩透かしを食らうように、沙耶の注意力が切れた。
正解をサルベージするために乱された思考の海に沈む。
そこを見逃す鉄斎では無い。
すかさず呼吸困難になるように、上からさらに押さえつける。
老獪な男は、ここで、「そうじゃ!それがええ!」とは言わない。そんなのは下策、失態。それでは反発を買ってしまい提案が却下されるからだ。
さりとて、何もしないのも無し。それは違うよね?とサルベージに成功した沙耶に却下されてしまうだろう。
このチャンスを掴み取りたい。
我欲に堕ちた計略家の鉄斎は動く。
ぱちぱち
小さく手を叩いた。
それだけ。
一見、何がしたいのか目的が分らないような行動だったが、ここに鉄斎の怖さがある。必殺の罠にハメるための一手だった。
ぱちぱちぱち
なぜか理由も分らない拍手だったが、偉い人が叩いたのだ。理由の分らないまま、それは伝染して次第に大きくなってくる。
ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち
悪意の無い拍手が、やがて大音量となり沙耶の思考をさらにかき乱す。
(え? え? え?)
ごぼりっと酸素が漏れて、思考の海で溺れた。
そして割れんばかりの拍手により、まるで2人を祝福してるかのような空気が、鉄斎の計略どおり完成すると、それに推されるかのようにレムが拍手の嵐の中を微笑みながら一歩一歩と近寄って距離を縮めた。
ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち
完全に混乱して動けなくなった沙耶を、レムがぎゅっと幸せホールドをしてフィニッシュ!
「沙耶様、マスター共々よろしくお願いします」
「は、はい」
これによりレムのぶっ壊れた提案が、有耶無耶のままに締結された。ジジイの孫娘との幸せライフが始まる。
カンカンカン!
試合終了のゴングが鳴る。
確実にトドメを刺しに忍び寄る老人。
「沙耶よ。すまぬ。儂が、間違っておった、許してくれ」
嘘の涙を流した鉄斎が沙耶に歩みよる。
鉄斎の発言は、まるで沙耶の選択を認めたかのように見えるが、注意深く分析すると、レムの斜め上の提案を了承したにすぎない。
「ええ〜? もう。分かったよ」
少し騙されてるだろうなと疑いの残る沙耶だったが、必死な鉄斎に何もかも諦めて、変わった形の幸せを受け入れた。
沙耶ちゃんは、本質的には、いい子なのである。
「楽しみだねー沙耶ちゃん」
有頂天のミラは、そんな2人に駆け寄りひしっと抱きついた。
【次回予告】
魅惑の愛の巣
美少女だけの新生活が始まる