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1 道場破り


 魔道具工房の奥で雷光が光った。

 バチバチバチ。

 ファンタジーの世界ではなかなかお目にかかれないアーク溶接のような光。

 今まさに世界の文明レベルを覆すような魔道具がこの部屋で造られようとしていた。もちろん『作る』では無い、それどころか、『創る』という表現のほうが近いかもしれない。


「うへへ」


 残念な笑い声が響く。

 笑い声の主は、背の低い少年のような女。14才の天才少女の名前は、ミラクル・オーバーテクノ。長いので、ミラと呼んで欲しい。


「出来たぁ。これは沙耶(さや)ちゃんも驚くぞ」


 (すす)で汚れた顔からは、キラキラと宝石のように輝く瞳が覗いた。満足げに笑う手に握られたのは何の変哲もない短い棒だ。マジカルロッドだろうか?

 少女は、オレンジの短い髪、大きな瞳、白い肌に細い手足。しかしながら、素材はいいのに、少年のような服を着て煤汚れている少し残念な微少女だった。



 そんな彼女の唯一の友達は沙耶ちゃん。


 一文字(いちもんじ)沙耶(さや)

 一文字家の3女。女ではあるものの、四皇と呼ばれるトライゼン王国でも名のある武門の血筋を脈々と引き継いでいる。


 ミラが新たな魔道具を完成させた頃。

 道場で、長い黒髪を束ねて和装を着た背の高い女性は、今日も刀と呼ばれる細長い特殊な剣を振り回して、鍛錬に励んでいた。


「せやっ!!」


 流れるような剣筋が美しい。

 刀身の銀色が煌き、空中へ龍を描いた。

 鍛え上げし肉体からは珠のような汗が流れる。

 深く息を吸い集中力を高めてビタッと静止した後に、溜め込んだ力を一気に爆発させた。


「秘剣、燕返し!」


 まるで空間を切り裂くかのような鋭い斬撃は、視認するのも困難な速度だ。

 早熟の秀才は、14才という若さで一族の秘剣の一つである『燕返し』をマスターしていた。

 その様子を、じっと見つめていた巌しい顔の若い男が頷く。


「見事だ、沙耶」

「ありがとうございます、お兄様」


 朝の鍛錬の仕上げを終えて一礼し、次兄からタオルを受け取る。


「それで、この秘剣ならば、もしかしてミラに一撃入れられそうか?」

「えっ?・・・無理だと思う」


 湯気の出る頭を拭いた沙耶は、凛とした顔を上げて呆れた顔になる。

 その視線が、次兄の包帯で吊られた腕に刺さると、儚い希望を夢見た次兄は、ようやくトラウマを思い出したのかミラにやられて未だ痛む腕を押さえた。


「ふはは、親友のお前でもやはり無理かあ」

「ふふふ」


 諦めにも似た笑いが、そこにはあった。

 というのも最強と名高い一文字家は今、とある深刻な問題を抱えていたからだ。


 いつも道場に遊びに来る小さな少女ミラに、冗談で門弟が挑んだのが悪夢の始まりで、次々と屈強な門下生達がボコボコに倒されて、なんと次兄、長兄までやられて、ついには残っているのは、沙耶と父と引退した祖父の3人のみという危機的な状況に追い込まれていた。

 このままでは、最強の看板を下ろす日も近い。


 ちなみにミラを甘く見ていた才覚溢れる長兄は、宇宙空間からの超長距離プラズマ砲で狙撃され、全身を強く打って療養中である。


 もちろん、ミラは武人ではない。魔道具が作れるだけのただの素人の女の子だ。しかしながら、彼女の使う魔道具はそれを問題にしないほどヤバすぎた。

 ゴーレム、ミサイルポッド、レーザービーム、遠隔射撃、次元バリアという今までの常識を超えた次々と出てくる新兵器を前に、連綿と続いた古武術は、今や完全敗北の危機を迎えている。

 もちろん武の名門である一文字家は、どのような強大で理不尽な魔人にも多くの犠牲を払い奇想天外な対策を立てて柔軟に食らいついてきた。


 しかしながら、ミラは。

 言い直そう、沙耶の友人の可愛い少女に擬態した魔王ミラは、かろうじて立案した決死の対策すら、あざ笑うかのごとく、新たな初見殺しのオーバースペックな魔道具を次々と持ってくるので、二人の心はすでに完全に折られていた。

 ミラには勝てない。

 どうやっても。

 ・・・・次は、いったい何を持ってくるのやら。



 そんな若い軟弱な二人とは違い、いまだ心の折れていない男がいた。一族最後のボス。当主 一文字(いちもんじ)斬鉄(ざんてつ)


 荒い足音で登場した斬鉄は、不甲斐ない子供を叱責する。今日こそは、ミラを倒すと気合が入っていた。


「うつけ者。腑抜けた笑い声をあげおって、我が子ながら嘆かわしいぞ!」

「「申し訳ありません、お父上」」


 彼が気勢を上げて登場したのは、さらに理由がある。

 今度こそ逆転の秘策があった。

 というか、これ以上は負けられないのでついに腹を括って、封じられた神器を持ち出していた。


「今日こそは、あの悪魔に思い知らせてやる。我に最後の秘策有り。これを見よ」

「それは!」


「悪魔の魔道具に対抗するには、古代魔法王国時代の遺失魔道具(ロストアイテム)を使えばいい」

「!?」


 当主の斬鉄が持ち出したのは、聖剣の中でも国宝指定されている『村雨(ムラサメ)』だった。私情で使っていい武器では無く、それを見た次兄の顔が引きつる。父上が乱心されてしまったと。

 魔人相手ならともかく、普通の少女に持ち出していい様なものでは無い。目を塞ぎたくなるような大人げない対応だったが、彼もまた追い詰められて正常な判断が出来なくなっていた。


「それで、沙耶。あの悪魔は今日も来るのであろうな?」

「悪魔とは呼ばないで! ええ。ミラは遊びに来るとは思いますが、お父上。村雨は、およしになった方がよろしいかと」


 娘に忠告されて、斬鉄の表情が怒りに歪んだ。聖剣『村雨』を持ち出してなお、父よりも友人の勝利を疑わない娘と、その可能性を完全に否定しきれなかった自分自身の心の弱さに怒っていた。

 自分では制御出来ない程の怒りを感じたのは妻を失った時以来だ。思わず手に力が入り、カチャカチャと鞘の中で聖剣が暴れた。


「やってやるぞ、悪魔めえええ!!」


 そんな乱れた心を鎮めるべく、枯れた静かな声が道場へ響いた。


「落ち着けい  斬鉄よ。怒りの先には勝利無し!己を律せ」

「はっ、これは失礼しました」


 いったい何時からいたのだろうか?影から姿を現わしたのは、枯れ木のような老人。祖父 一文字(いちもんじ)鉄斎(てっさい)

 眠むたい目をした老人は、その身に濃縮された技は未だ現役で、引退して陰に隠れた彼こそが、一文字家の頭脳である。


「我が息子、斬鉄。認識を改めよ。あの者は悪魔では無い、魔王(・・)じゃ。それを踏まえた上で問おう、此度の計略は万全か?」


 鉄斎の突然の問いに斬鉄は戸惑う。

 当主の斬鉄は、考える。

 今までミラに、一門が負け続けているのは、次々と出される反則くさい魔道具が原因だ。そこまでは、分かっているため、今回は、同じく常識を覆せる魔道具である『聖剣』を国の許可なく持ち出している。


「いえ。恥ずかしながら」


 しかしながら、あえて問われるという事は、まだ見落としている何かがあるのかもしれないと謙虚に耳を傾けた。


「うむ。沙耶の友人である魔王ミラは、得体の知れぬ魔道具を使う。飛び道具に、強力な助太刀、見えぬ盾。どれもこれも反則くさいが、それでも一文字家は武で負ける訳にはいかぬ」

「はっ、その通りで」


此度(こたび)の試合は、剣技のみ。そして、こちらは当主が神剣ムラサメを持ち出した勝負に持ち込んでおるな。そこまでは良い」

「はっ、ありがとうございます」


 祖父の思わぬお墨付きを貰い安堵する。しかし、油断した次の瞬間。祖父 鉄斎の半眼がカッと開き雷が落ちた。


「しかぁしっ まだ足りぬわっ未熟者め!!!」


 枯れ木に擬態していた老人の荒々しい本性が剥き出しになり、3人に襲いかかる。衰えてなどいない、生涯現役ッ! 蛇に睨まれた蛙のように、固まってしまった。


「な、何が・・」


 辛うじて斬鉄が言葉を絞り出せたのは、さすが当主といったところ。


「あの小娘、きっと此度も新たな魔道具を持ってくるぞ。そして我々は、まだ得体の知れぬ新たな魔道具の正体を見ておらんじゃろう。すると、どうなる?」


 老人の指摘に、どっと嫌な汗が流れる。


「まさか??昨日の今日で、さらに魔道具を作るなど不可能。いや、有り得るのか。魔王ならば有り得てしまうのか?すると、どうなる・・・かはっ。何という事だ。。危なかった」


 敗北のイメージを幻視してしまい、過酷な山行でも乱れない斬鉄の呼吸が乱れた。

 心臓が早鐘を打ち滝のように汗が流れる。

 またハメ手のような奇想天外な一撃を食らい運悪く負けていたかもしれないと・・・気づく!


 ミラは、剣とか魔法といった従来のやり方とは異なる、想像すらしなかった常識を超える戦法で攻めてくるため、全く対応出来ないのだ。

 斬鉄は、危うくこれまでと同じ二の舞いを踏む所だったと思い当たり、安堵と絶望の混ざった顔になった。

 気付いたのはいいが、あの理不尽な初見殺しを防ぐには、いったい、どうすればいいのだ?

 人に偽装したゴーレム、ふざけるな。目に見えない速度のレーザービーム、ふざけるな。しかも天空から撃ってくる、ふざけるな。逃げても追ってくる追尾ミサイル、ふざけるな。武器すら食べるトランク型ミミックと思われる四次元ボックス、ふざけるな。

 ミラを理解すればする程に高くなっていく、立ち塞がる高いつるつるとした掴み所のない未来的な壁に絶望すら感じる。


「案ずるな斬鉄よ。我に秘策あり」

「いったい、どのような!?」


 自信満々に、一文字家の陰の頭脳である鉄斎は、老獪な計略を明らかにした。不安で暗い表情になる息子に、希望の光が差す。


「儂が当て馬を手配させた。そしてお主は、当て馬の犠牲をつぶさに観察して、得体の知れぬ魔道具の秘密を暴け。さすれば勝利は完全に我らのもの。万が一、当て馬が大番狂わせをしてもそやつを斬り捨てれば良いだけの話じゃ」


 初見殺しを殺すっ!ここに、斬鉄の秘策に、鉄斎の秘策が重なった。まさに親子2代の完璧な計略。

 当主の斬鉄の顔にようやく余裕が戻る。

 完璧なプランだと。


「素晴らしい。それならば負ける理由が見当たら無い!」


「フハハハ」

「ハーハッハハ」


 そんな上機嫌な祖父達を、沙耶だけは冷めた目で見つめる。


(相手は、あのミラだよ?そんなに上手くいくかなあ・・・でもお父さんが負けちゃったら、我が家は一家離散だよね?私が、頑張らないと。はぁ・・・)


 ミラをよく知る幼馴染の沙耶は、苦労人であった。




 ミラちゃんと沙耶ちゃんの冒険譚が始まります。文書にムラがありますが、お暇な方は、長い目で見て頂けると幸いです。

 よろしければ、ブクマをお願いします。

 


【次回予告】


 役者は揃う。

 ドキドキの前哨戦。


 死合の前に、戦いは始まっているんだ。



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