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黒猫は金魚鉢をひたすら覗く  作者: 蔵前
二 相棒様
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失地回復?

 居間の戸口に立ち尽くす七歳児の彼女は、ハッと息をのむほどの物凄い美少女でもある。

 更紗は幼い時は大きな目だけが目立つアンバランスな顔つきで、それが為に将来美人になると確信もしたが、この幼女は違う。

 この美少女のまま成長し、歳を重ねるごとに美女度が増すだろうと確信できる顔なのだ。


「どうしたの?」


 大きな目は俺を認めた途端に不安に慄いたが、それでも決意を持って居間の中をぐるっと見回し、探し物無いと知るや瞳に絶望の色を帯びた。


「千代子ちゃん。誠司は仕事でしょ。何時もと一緒、帰りは夕方だよ。」


「あぁ、良かった。千代子ちゃん。お昼も食べずに部屋に閉じこもっているから心配したよ。このおじさんも遅い昼ご飯だから、君も一緒に食べようか。」


 けれども少女はぐっと唇を噛みしめると、来たときと同様にタタタっと二階の部屋に駆け戻って行ってしまった。

 俺はのそのそと四つん這いで開いたままの襖へと移動して、そこから身体を乗り出して階段の方を見上げた。


「誠司がいないとやっぱり駄目かぁ。冬休み前に学級閉鎖になるなんてねぇ。二十四日の土曜の半ドンと二十六日の終業式で冬休みでしょ。特別処置で近くの小学校に通わせてもらっているけど、そんなにすぐにお友達も作れないよね。作ってもまた転校するかもしれないと考えると尚更ね。その上、あの子喋らないし。」


「全く、どんな目に遭ったのやら。」


 田辺の声には哀れさよりも怒りの方が強く見受けられた。

 彼女は母親が行方不明であり、彼女を預かっていた女性が目の前で殺されたのだという。


「田辺、お昼を食べてないならお握りぐらい運んであげて。」


「それは矢野ちゃんに禁止されているのですよ。飯は台所でって。彼は優しいけど厳しいね。手下に慕われるだけあるよ。」


 俺はとうとう白旗を揚げた。

 母に頼まれた案件にこれからの暮らしを考えると、俺は田辺無しにはやっていけない。

 俺は田辺にがばっと土下座した。


「本当にすまなかった。全部、俺が悪かった。この通りだから許して下さい。」


 田辺は俺を許すどころか激高した。


「やめて下さいよ!上に立つものがそんなみっともない。俺に頭を下げるなら俺は出て行きますからね。隊長だったら隊長らしくしてください。」


 俺はどうしたらいいのか本気でわからなくて涙が出そうだった。

 そこで、立ち上がると二階へと向かった。


「え、ちょっと。坊ちゃん。待って。」


 慌てた田辺の声が俺の背中を打つが、そんなことに構って入られない。

 田辺が使う部屋の隣の部屋。

 誠司が子連れで我が家に来て、その日以来居座っている部屋だ。


 たん!


 少し乱暴に襖を開けたせいで、襖が柱にぶつかってすこし大きな音がした。

 そのせいで、部屋の隅で体育座りして縮こまっている千代子が、ビクッと大きく怯えたのがわかった。

 彼女は誠司が彼女に買い与えた赤いランドセルと大きな熊のぬいぐるみの間に挟まって小さくなっていた。

 まるで彼女自身が置物になってしまいたいかのように。


「可哀相ごっこはもうお終いだよ。」


 俺は驚いて動きの止まっている彼女の元に一直線に向かうと、無言で彼女を抱きかかえた。

 そしてずんずんと階下へとそのまま連れて行った。


 なぜか彼女は俺に抱えられても抵抗もせずに固まっているだけだ。

 更紗だったら噛み付いて肉ぐらい噛み切ってしまうだろうに。

 抵抗したらもっと酷い目に合うことを、彼女は身をもって知っているのだろうかと、彼女の様子に心が痛くなったが、俺は自分の方が大事な男だ。

 彼女を抱えたまま田辺のいる台所に突入した。


「田辺、ご飯。」


 台所の田辺に声をかけると、俺は少女を台所の椅子に座らせた。

 彼女は大きな目を見開いたまま俺になすがままだ。

 人形の様にちょこんと椅子に座ったまま、両手はグーに握り締め、とにかく目玉が転がり落ちるくらい大きく目を開けて俺を伺っている。

 そこまで怯えられたことで、俺は期待通りの悪い人間になる事にした。


「飯を食べ終わるまでそこから立つな。俺の言うことを聞かなければ誠司をこの家から追い出すからな。」


 少女は更に目を大きくすると、コクコクと頷いた。


「よし。ねぇ、田辺ご飯。」


「かしこまりました。隊長。」


 ふふっと笑った田辺が玉子閉じの煮麺をこしらえてくれた。

 人でなしと罵るくせに、人でなしの行動をとると評価するとは、本当に田辺はわからん。

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