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黒猫は金魚鉢をひたすら覗く  作者: 蔵前
二 相棒様
8/60

結婚したら評価が駄々下がりな男

「その気になると十月でも九州は泳げるんだね。綺麗な小魚につつかれたりね。」


「それで気に入って、一ヶ月以上も新婚旅行先から帰らないばかりか、カネオクレって電報打つ社長って何ですか?矢野ちゃんがいなければ俺達は干上がっていますよ。」


 誠司は相良の会社を抱えながら、俺が不在の間、俺と田辺の竹田不動産の面倒も見てくれていたそうだ。

 そんな誠司は俺が無理矢理連れ戻された二日後に訪ねて来て、俺の顔を見るなり顔を両手で覆ってしゃがみ込んでしまったのだった。


 俺は冬だというのにかなり陽に焼けて、かなり黒ずんでいるという間抜け面でもあった。

 俺の姿に笑っているのか?

 そう思ったが、笑っているにしては目の前の誠司から漏れ出る笑い声などもなく、ただしゃがんだまま肩を震わせている姿に俺は不安が押し寄せた。


 もしかして彼は泣いているのか?と。


「誠司どうした!更紗に何かあったのか?」


 がばっと顔をあげた誠司の赤い目元を見て、俺は完全に恐慌に陥った。


「更紗はどこだ!何があったんだ!」


 叫ぶ俺に彼は叫び返した。


「あんたはそれしかないのかよ!俺はあの跳ねっ返りをあんたにやれば俺の苦労が減るかと思っていたのにさ、もっと俺の苦労が増しているってどういうことよ!耀子まで仕事をほったらかしで九州で遊び呆けているし。俺はあんたの仕事までしてやってたんだよ。あと、おまけに更紗のパパ。あの頭に綿が詰まっている大学教授の相手まで、俺が、この俺がしてやっているのだからね。それから、ハセちゃんまで俺に子供を預けるし。俺はみんなの便利屋さんでしかないの?それとも俺を過労で死なせようという遠大な計画なの?」


「まだ更紗達は九州なの?」


「前半部分で終わるなよ!後半の俺の叫びこそを聞け!」


「いや、長いからさ。」


 新婚の夫が妻しか見えなくてどこが悪い。

 その後、誠司が我が家に文句を言いに来た二週間後くらいに更紗は相良と東京に戻ってきたが、更紗達が帰京した十九日に相良邸へ新妻を受け取りにノコノコ現れた俺に彼女が返される事は無く、なんと鬼の姑によってそのまま更紗は相良邸にて虜囚の身に堕とされてしまったのである。


 更紗が妊娠していたのだ。

 おめでとうの一言も無く、このケダモノと相良には罵られた。


「今が一番不安定な時期ですからね。安定するまで返せません。」


 相良の勝手な決定により、更紗は安定期に入るまで俺から取り上げられてしまったのである。

 早過ぎる妊娠の発覚は、彼女が旅先で倒れたからだという。

 驚いた相良が病院に運ぶと、妊娠の可能性による貧血と診断された。


 相良は更紗を入院させ、更紗の体力の回復と妊娠の確定の診断を待っていたために帰京が遅れたのだと俺に言ったが、絶対に前半の一週間は九州で遊び惚けていたはずだ。


 相良の髪形は東京にいた時とは違った、つまり、貴婦人然とした真っ直ぐな黒髪だったものを、華やかな色合いと巻き毛という組み合わせに施されていたのである。

 そんな鬼婆に対し、姑には姑と自分の母親に電話をして説明すると、相良の親友となった彼女は俺に手を貸すどころか俺の裏切り者になっていた。


「あなたがこんなに節操がない馬鹿者だとは思わなかったわ。我慢なさい。」


 ブツ、ツーツーツー、だ、鬼婆共め。

 我が母こそ、赤ん坊をすぐに抱きたい、とか言って、独身時代の俺を煽っていなかったか?


 田辺には冷たくされ、更紗を失い、そしてないがしろにされる割には問題を押し付けられるという身に上に、誠司の真っ赤な目も思い出し、俺は自然と独りごとを呟いていた。

 泣き言ともいうが。


「俺は不幸の星の元に生まれたのかね。」


 ちゃぶ台を前に居間に座る俺の目の前に、タンっと湯呑みが置かれた。


「妊娠したばかりの安静にしていなければならない妻を、まっ昼間から襲おうとする獣は黙って下さい。」


 俺は妻のベッドに入り込んだところを、相良に発見されて追い出されたのだ。

 そして今や妻に会うこともかなわない、相良邸出入り禁止処分中だ。


「二週間ぶりに新妻に会えば誰だってそうなるでしょ。俺は健康な男子なの。実家でコーヒーしか飲ませてもらえなかったから、何か食べるものをちょうだい。」


 田辺は大きく溜息をつくと台所へと向かった。

 すると、上階からタタタタと階段を駆け下りる小さな足音が響いた。

 その足音は台所ではなく、俺のいる居間の方へと向かってきた。


 トスっと勢いよく襖は開き、そこには七歳くらいの女の子が立っている。

 真っ直ぐな髪は肩まであり、セーターに茶色いズボン姿のその子は浅黒く、俺の新婚旅行先で出会った人々のような顔立ちという、我が家にいるはずのない美少女だった。

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