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メロドラマかよ!

 私は車に乗せられて見覚えのある場所に連れて来られた。


「祥子さん、頼むよ。このままじゃ、あいつは誘拐犯になってしまう。俺が千代子を見ているから大丈夫でしょう。」


 娘が憧れる相良が私に微笑んだ。

 微笑むと彼はそこらの映画俳優以上に魅力的な男性に変化する。

 青い車の後部座席では、娘が彼に買って貰った塗り絵に色鉛筆で色を塗って喜んでいる。

 しかしそれは私が買った覚えの無い色鉛筆であり、相良が買い与えたものでもないはずだ。


 娘は貰ったものを誰々からと一々煩い位に報告してくる。

 こんなに物を次々与えられて大丈夫なのかと心配するほどなのだ。

 報告が無かった贈り物であるならば、彼?


「パパがね、押すよりも引くほうがいいって言うの。それに焼き餅焼かせるのも良いって。パパってなんでも知っているのね。見て、誠ちゃんがまたプレゼントくれたの。」


 昨夜は嬉しそうにして、キラキラした消しゴムと鉛筆を見せびらかして、娘が彼の事を自慢そうに語ったのだ。

 私はあの夜から彼に会ってもいないのに、娘は彼と沢山会話をしているようだ。


 あの幽霊め。


 私は兄が殺人を犯したのかと彼を頼った。

 すると、子供は心配するな、娘を誘拐した奴等が危険だから君も身を隠せと、竹ノ塚家の女中として押し込まれたのだ。

 そして彼は心配だと何度も私に会いに来て、私は娘を忘れて何度も彼を受け入れる日々に耽溺してしまっていた。


 私はだからこそお屋敷の女中に戻りたかったのかもしれない。

 私は娘を振り払ってでも彼を求める、浅ましい女でしかないのだ。


「さぁ、早く行って。三時に里親に渡せなければ彼は通報される。頼むよ。」


 私は彼の住むアパートへと歩いていった。

 歩きながら思い出すのは、泣きながらあの階段を下りたこと。


 私は彼を愛していた。

 愛していたからこそ、彼に嫌われる前にと逃げたのだ。


 逃げ出して暫くの後に妊娠に気がついた時は、幸せしか感じなかった。

 堕胎することなど一切考えず、彼と同じ目をした娘に見つめられる人生にこそ幸せを見出したのだ。


 二階の突き当りの部屋のドアの前で、私は相良に渡されていた合鍵を使い中に入った。


 見覚えのある台所は何も無く、あの頃の私達の生活感など見当たらないほどに、そこは綺麗に磨かれていた。


 私達の過去など何もなかったかのように。


 私は靴を脱いで部屋に上がると、台所に連なる八畳間に足を踏み入れた。

 やはり何も無く、けれど、部屋の中心にぽつんと彼が座っていた。

 何もなくても、彼がいるだけで、ここはあの頃の私達の部屋となった。

 愛していると言えない私は、相良から頼まれていた事を口にした。


「その赤ん坊をどうするつもり?」


 赤ん坊を抱く彼は、ゆっくりと私に振り向いた。

 彼の目元が泣いていたかのように赤かった。


「どうしたら良いと思う?」


「わ、私にはわからないわ。」


「君は子供を産んで育てているお母さんでしょう。どうしてわからないの?俺は子供を育てたことが無い男だから教えて欲しいのにね。」


 何も無い部屋だと思っていたが色々とあった。

 赤ん坊が使った哺乳瓶と空になったベビーフードの瓶が転がり、高価な紙おむつの袋の側にはごろごろと使用済みのものが転がっている。

 子供はぐずることもなく、機嫌よく彼の腕の中に納まっていた。


「私より子育てが上手ね。」


 私を見上げて、捻くれたような顔をしてみせると、彼は再び赤ん坊だけを見つめる。

 彼の腕の中の赤ん坊は安心しきった顔で彼だけを見つめ、嬉しそうに彼の鼻や耳を引っ張ったり抓ったりして赤ん坊独特の声を出して喜んでいる。


「この子はねぇ、今日新しい家の子供になる予定なんだ。子供が欲しいと願うお金の沢山ある家。幸せになれるはずだけど、俺には怖くて渡せないんだよ。本当に幸せになるのかなって。俺がこの子を幸せにしたいけどね、独身の俺には養子縁組ができないんだ。」


 これは私への誘い?

 私は破れかぶれで口にしてみた。

 違う。

 餌に喰いつく魚のように、考え無しに叫んでいたのだ。


「私と結婚すれば養子にできるわよ!」


「俺は出世しないよ。お金持ちでもないし。それに、他人の子供を育てる事になるんだよ。君はそんなの嫌でしょう。それに、俺が信頼できなくて嫌なんだろ。嫌だから俺から逃げたのでしょう。」


 私を責める彼の言葉に、私は彼とやり直せるのかもと幸せしか感じないのはなぜだろう。


「嫌じゃない。愛していたから逃げたの。私は売春婦だったから。でもやっぱり、私はあなたを愛しているの。ごめんなさい。今更だけど、やっぱりあなただけを、今でもずっと愛しているの。私はあなたと結婚したい。」


 彼は再び私を見上げた。


「俺が人殺しでも?」


「出会った時のあなたは悪徳警官でしょう。それくらい平気よ。」


 私は跪き彼の背中に手と顔をあてた。

 すると、背中に包帯らしきものを感じた。


「怪我をしているの?」


「平気、そのまま君がくっついている方が楽。」


 私は子供のような喋り方の彼に笑い、再び彼の背に顔をつける。


「いつまでも、こうしていたい。だから、」


「結婚しよう。俺を生き返らせてくれ。」

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