誠司が本当に失ったもの
「たった、たった二日で会社を潰された俺の気持ちわかる?俺はあの会社を仲間皆で運営しようと立ち上げに八ヶ月も費やしたのよ。寝る間も惜しんでね、頑張ったのよ。今回のあれの儲けでかなりいい具合に運営できるはずが、それをペロっと耀子に食べられちゃったの。俺が、俺があいつに文句を言ったら何て返してきたと思う?」
「売られた喧嘩は買う?」
「違うよ。そんなキュートな訳無いでしょう。お肉は太らせてからよね、だよ。あいつは俺が会社を立ち上げることも、今回の敵対的買収を俺を嫌っている奴等を俺が煽って起こした事も全部知っていたのよ。そうに違いないよ。」
がばっと顔から手を外して、庭石から立ち上がった男は大声で叫んだ。
「ふざけんな!糞女!」
叫んだ男はヘナヘナとしゃがみ込んだ。
「何あれ、何なの?あのおっかないババァは。俺を守ってよ、竹ちゃん。」
最後のセリフは俺の腰に縋りつくように、だ。
誠司は昨晩遅く我が家に突撃してから俺の後を付いて回っている。
そして、愚痴愚痴と嘆いては俺に慰めさせている。
田辺はその様子に喜んで何の助けにもなってくれず、誠司の情けない姿に愛想を尽かした千代子は近所のハンサムな良隆君に鞍替えた。
誠司が、物凄く、邪魔だ。
そこで俺は自分の実家に彼を連れてきた。
誠司を本当の子供以上に好ましく思っている母に、この面倒な誠司を押し付けてしまおうと考えたのだ。
しかし、母は不在だった。
傷心の母を思いやった父が、母を九州旅行に連れて行ってしまったのだ。
よって、今回の友引で消えた女は俺の母となった。
それを知った町内は流石の先生だと笑い、落ち着き、来年の友引は自分も旅行に出たいと騒ぎを収めた。
畜生、いい所取りの親父め。
町内様において、弟は耐え忍ぶがやるときはやる優しい跡継ぎ様と変化し、俺は事件を引っ掻き回しただけの傲慢でろくでもない馬鹿様となった。
ついでに美人女中を力づくでかどわかして囲ってしまった色惚け、とも影で罵られているとも聞いた。
教えてくれたのは藤枝だ。
幸次郎は気づいていないが、あいつは俺を子供同然に思い過ぎて、実は扱いがぞんざいな時が多い。
買い与えた模型機関車を数分で解体された事をしつこく覚えているのだ。
ちゃんと元通りに組み立て直したのも、五歳の子供らしくなくて可愛げが無いと気に食わないらしい。
期待されるよりも呆れられた方がいいと、今まで望んでいた事が実現して喜ばしい事である筈だが、実際は頭にくることこの上ないと実感した。
「誠司、お前にいいものを見せてやるから付いて来い。」
「また移動?」
「嫌ならいいぞ。」
俺のダットサンに乗り込んだ誠司は、妙に期待した顔を俺に向けている。
「どうしたの。まだ何も見せていないのに機嫌が良くなって。」
「だってさ、竹ちゃんが見せてくれるのは、あの時の銃その他でしょう。他にも絶対あるはずだって思っていたからね、見せてくれるのでしょ。武器倉庫。」
「何?銃って。」
「どうやったら、敵を触らずに転ばせられるの。彼は膝を抱えて物凄く痛がっていたよね。竹ちゃんが蹴る前だよ、痛がったのは。それに、暴発したら弾が飛ぶよね。でも彼の銃は全弾あったよ。じゃあの音はなんだったのでしょうか?ってね。彼の足は穴が開いていなかったけど真紫になっていた。使った弾は一体何だったの。」
「ただの岩塩だよ。お前は目聡いよね。やっぱり、止めようかな。」
俺はそろそろとスピードを落として車を停めた。
「ちょ、ちょっと、どうしてだよ。」
「帰る。やっぱりお前には見せられないよ。お前は真っ直ぐ過ぎて、おまけに皆の肩代わりをしようと頑張るからね。木下は女房子供の為に本当にお前を裏切っていたのだろう?お前は全部知った上で、木下を庇って相良の職を捨てたのだろ?彼を死なせないために。お前は大会社を動かして、世界を股に掛ける方が好きなはずじゃないか。」
ハっと誠司は笑い、笑いながら皮肉そうな声を出した。
「それで木下は俺の友人ではなく俺の完全な舎弟に成り下がったさ。俺はガキの頃のあいつとの関係こそ取り戻したかったのにね、残念だよ。」