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黒猫は金魚鉢をひたすら覗く  作者: 蔵前
十六 敗残者
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社長サンと呼んでいいの?

 十二月二十九日。


 わが実家近辺においては魔の友引であり、今年最後の友引だ。

 俺は実家の鯉の池の縁に立ち、庭石に腰掛けてがっくりと頭を下げて落ち込んでいる若者に声をかけた。


 彼は上等な白シャツとグレーのスラックスに紺のブイネックのカシミアセーターを着用しているが、間抜けな狼が刺繍されたジャンパーをその上に羽織っており、格好良いとは言い難い情けない姿となっている。


 その姿は寄る辺のない彼の哀れさを尚更体現していた。


「いい加減に元気出せよ。」


 彼は涙目で俺を見上げてから再び視線を落とした。

 彼が目線を落とした先は、今の彼の気持ちのように空っぽな空間だ。


 鯉の池の中には何もいないどころか、干上がっているのだ。

 冬場は鯉を専用の温度管理された水槽に片すので、庭の池は水を抜いてあるのである。


 さて、空っぽな男は、頭が空っぽな物言いをした。


「俺さぁ、外国に行こうかな。」


「それでも耀子はお前を手放さないばかりか、お前の後を追ってくると思うよ。」


「だよねぇ。」


 先日相良を追い出されて矢木興産を立ち上げたばかりの男は、あんなにも覇気があったあの日と違って、力尽きた様にがっくりと肩を落とした。

 誠司のやんちゃぶりに彼を惚れ直した耀子は、誠司の為に草加に従う造反者をごっそりと処分した。


 そればかりか相良の総力をあげて矢木興産を敵対的買収どころか運転出来ない状況に貶め、食事会の翌日には八木興産を廃業させてしまったのだ。


 そして、誠司は再び相良総合商社の取締役に返り咲いた。


 首根っこを相良につかまれて、無理やりに取締役専務の椅子に再び座らせられたと言った方が正確か。


「会社はまだ仕事納めじゃないだろ。今日は出社しなくていいのか?」


 誠司は肩越しに振り返り、涙目で俺をじっと見ると再び下を向いた。


「どうしたの?そんなに辛いのか。」


「俺は月曜の役員会で首になった時にさ、社員証やらバッジやら名刺も返したのよ。名刺なんかボンってケースごとゴミ箱に放り投げてさ。サラバって感じでね。ネクタイ外しながら格好つけて社外へと悠々と立ち去ったの。」


「それですぐに出戻りか。そりゃあ、格好がつかなくてキツイな。」


 がくっと頭を落として、誠司は背中を丸めた。

 そして、ぼそぼそと続きを語り始めた。


「それで、今回役員会で再任命されたでしょ。バッジと社員証は以前のものを返してくれたのだけどね、名刺だけはさ、新しく印刷した物を手渡されたの。」


「心機一転で新しい名刺を作ってくれるなんていいお袋さんじゃないか。お前の会社を潰したことへの彼女なりの謝罪の意味もあるのだろ。」


 ポンと誠司の肩を元気付けるように叩いたのだが、誠司は顔を伏せたままスっと俺に新名刺を差し出した。

 受け取った名刺には、社名の横に誠司の肩書きが当たり前だが印刷されている。


 取締役「社長」だった。


「括弧社長はひど過ぎるだろう。」


 俺は思わず声を上げてしまった。


「社長になりたかったのなら、これでいいわね。だってさ。これなら社長を名乗っても大丈夫よって。」


 あの鬼婆は本当にろくでもない女だ。

 そして木下は本社の監査部に流され、相良警備を統括する課の係長にされた。

 つまり相良総合商社内で相良警備を本社の監視監督対象にしたけれども、その管理は元社長にさせるから新社長を助けながら反省しなさい、という耀子の温情のような気もする。


 あの女に人の情が残っているならば、の話だ。


 新社長は白狼団の誰でもなく、警察で署長をしていた人物が収まったと俺は聞いている。


「いいじゃないか。小さい会社を一からも楽しそうだけど、大きな会社を振り回すのも一興でしょ。君は彼女の愛息子なのだからさ、諦めなさいよ。」


 彼は両手で顔を覆った。

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