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黒猫は金魚鉢をひたすら覗く  作者: 蔵前
十五 相良の若いツバメ
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誠司の親友

 偉そうに耀子に進言していても、子供が大人に追いすがっているように見えない草加に私は同情心が少しだけ沸いた。

 耀子も少しくらい相手をしてあげればいいのに、完全に無視してテーブルから取り上げたグラスワインを飲み始めているなんて!


 バン、バシン。


 音がした方に反射的に見返したら、幸次郎が二人を倒してしまっていた。


「うそ。見ていなかった。やる前に声をかけてよ!」


「あ、すいません。」


 幸次郎は私に律儀に謝ったが、反射的に口にしただけのようで私の方には顔もむけなかった。

 なぜなら彼は、二人を倒した恭一郎の杖を持ち替えたりして感触を楽しんでいたのである。


「これ凄く良いですよ。日本刀で峰打ちをした感触です。兄さん、僕に下さい。」


 恍惚としながら不穏当な言葉を吐く幸次郎は、数分前までの幸次郎ではない。


「えぇ!あとで返してよ。」

「いいですよ、どうぞ。」


「ちょっと、田辺。」


「良いじゃないですか。また作れば。」


「え、兄さんの手製?じゃあこれは返すから作って。僕は新品がいい。」


「えぇ!」


 本当に棒を持つと幸次郎は性格が変わるらしい。


「恭一郎、私にも。」


「えぇ!父さんまで?」


 此処で「私も!」と言いたいところだが、あの棒は重いからいいや。

 あとの四人は幸次郎を避けようとじりじりと動くが、敵を動かす気は無いらしく、幸次郎は自分から先に、ひゅんっという動きで三人目の胴を払い気絶させた。


 彼は怖いくらい目がキラキラしている。


「どうしよう。兄さん、凄く楽しいよ。」


 三人目を倒したことでボウリングのピンのように敵は二つに分かれ、幸次郎はじりじりと田辺の方向へ動く敵へと威圧しながら移動していく。

 あの変な構えで。


「頑張れ、あと三人。」


「隊長はしないの?」


「なんだか、今日はいいかなって。俺は更紗を動かさないようにするので精一杯。」


 夫だけは私を守って背に隠したのではなく、私を抑える目的だったらしい。


「もういい、そいつをまず撃ち殺せ!」


 草加の叫びで二人が銃を抜く。

 しかし一人は銃を抜いたところで幸次郎に銃を持つ手を跳ね上げられ、胴を叩かれて倒れこんだ。

 そしてもう一人は木下が押さえつけていた。


「お前!裏切るのか!」


「裏切るも何も、木下は俺の副官で新しい会社の副社長ですからね。俺の為に動くのです。有能な彼ですから良い仕事をしてくれたでしょう。」


 耀子の座る椅子の背に寄りかかり、気だるそうに誠司が答えた。


「そうだね、達っちゃんが誠ちゃんを裏切るわけないものね。」


 私の言葉で木下はビクッとし、その隙を付いて彼に抑えられた男は戒めから逃れて飛び退り、邪魔な木下に銃口を向けた。

 木下は動かずに銃口を見つめている、気がした。


「だめよ!達っちゃん。」


 ズダン。


 その男は毛足の長い絨緞に足をとられたのか大仰に転んで呻いていた。

 大きな音は倒れた時に男が銃を暴発させたのだろう。

 そして、私の夫が私から離れていつの間にやら男が倒れたそこにいる。


 非情な夫が男が倒れるやそいつの脚をかなり強く蹴りつけ、男は大声をあげて脚を抱えてのた打ち回ることになった。


 ぱしん、と拍手の音に振り向くと誠司だった。


「はい。一件落着。えらい先生方に一部始終見てもらいましたから刑事事件にできますね。どうします?草加さん。依願退職が一番ですよ。退職金が貰えますからね。懲戒免職は辛いでしょう。再就職もできない。その、えーと、ひっとうとりしまりやく?の呼び名が付いてる今が一番退職金が高く取れる売り時ですよ。」


「フン。私を追い払えばそこの木下も連れて行く。こいつは会社の金に手を付けた横領犯だからな。」


 草加に指を指された木下は、真っ青な顔で誠司に顔をむけている。

 どんな咎も受けようとも、の顔だ。

 そして誠司は、小馬鹿にするような高笑いをあげ、それから草加の方へと一歩踏み出した。


「銀行閉まっているのに手術代を請求されたら仕方が無いですよ。とりあえず使ってって、それが当たり前じゃないんですか?相良は福利厚生は自慢できる会社じゃあないですか。彼はちゃんと返済しましたよ。それとも貴方、そんな場合は奥さんと子供に死ねと?あんたはぁ、凄い極悪人だぁ。俺の舎弟に手ぇ出すって、かなりの覚悟がおありですよねぇ。」


 囃したてる様に誠司が草加に迫るが、なぜだか既に善悪が逆になっているような絵だ。

 勿論上等な服を着たチンピラが、真っ当な一般市民を脅す図、である。

 こんなロクデナシには子供は怯えるだろうとチビに目をやったら、ガキは目を輝かせてうっとりして誠司を見つめているではないか。


 さすが嘘吐き悪徳警官の娘!


「もう良いわ、誠司。私は食事会を続けたいから、後始末をしておきなさい。皆様すいませんでした、愚息がお騒がせして。居間に移ってゆっくりやり直しましょう。それの手配もよ、誠司。」


 耀子は立ち上がると、草加を一瞥することも無く、誠司の腕をぱしんと叩いて女王のように言い放った。

 誠司はうやうやしくおどけて頭を下げた。

 私達は耀子に促されるまま隣室の居間に移り和やかに楽しんだが、私は木下のあの暗い顔に誠司が心配になった。

 木下は誠司の一番の友人なのだ。

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