乱入してきた造反者
十二月二十七日。
耀子が私と恭一郎の為に計画していた食事会だったが、急遽、誠司を励ます会へと名前を変えた。
大きな細長い楕円のダイニングテーブルで誠司を囲む面々は、耀子は勿論、恭一郎の一家に、私の父、そして、田辺兄妹と私の小さい好敵手だ。
席順は食事室の扉開けると大きく横にテーブルがあるので、一番の上座となる扉の向かいが竹ノ塚一家となり、扉側が左から誠司、耀子、そして私の父だ。
田辺一家は右の端で、私と恭一郎は扉側の左側の端という一番の下座だ。この席順は私とあの小さな敵を離す目的の方が大きい気がする。
レースが飾られた水色のワンピースを着た千代子は、その彫の深い顔も相まって西洋人形そのものの可愛らしさであるという憎らしい事この上ない姿だ。
「誠ちゃんは更紗ちゃんに返す。」
あら、あっさりと私の敵ではなくなっていた。
ここまであっさりだと、私は気が抜けるどころでは無い。
「あらそう?この間は私も大人げが無かった。ごめんなさいね。」
「いいの。それに恭おじさんは私の欲しい物を良く知っているから。私は恭おじさんにしたの。見て、こんな素敵なネックレスを持っている子供は私だけよ!」
美少女は私に小憎たらしく微笑んで、恭一郎から買って貰ったというビーズのネックレスを見せびらかした。
それは、カラフルなガラスビーズが連なったコードに、キラキラと輝く宝石のような大きなペンダントトップがぶら下っているという、子供が持つには少々高価ともいえる代物だった。
訂正だ。
この生き物は私の完全なる敵だ。
「恭一郎は私の夫なの。恭一郎、私にもネックレスを買って!」
立ち上がって美少女の首元を指差すと、誠司は呆れて頭を抱え、私の最愛の夫はとても嬉しそうに何かを私に差し出した。
黒い長方形のビロードの箱を受け取ると、中には綺麗な金の鎖に真珠のペンダントが入っていた。
それも面白い形の大きなバロックパール。
かすかにピンク色に輝いて、なんと、ハート型のような凸凹の真珠だ。
彼が女中にコートを渡さずに食事室まで持って入り、自分の椅子の背に掛けていたのはこのためか。
私は夫の素晴らしさを再確認だ。
「最高よ、あなた!」
私は人目も気にせず恭一郎に抱きついた。
すぐさま耀子の恐ろしい、エヘン、という咳払いの音が鳴って、誠司に引っ張られて椅子に座らせられたが。
「馬鹿。竹ちゃんとテーブルの端と端にされたいか。落ち着け。」
私が真っ青になってコクコクと誠司に頷くと、テーブルでは笑いのさざめきが起き、恭一郎がペンダントを首にかけてくれた。
なんと幸せな時間だろう。
私を見つめる恭一郎のなんと素晴らしいことよ。
「お待ちください。ただいまお客様はどなたも通すなと。」
「うるさい!」
「お待ちください!」
食事室の扉の外で男と女中の騒々しい言い合いが響いてきた。
「なあに、どうしたというの。」
耀子が席を立ち扉に歩き出すその前に扉は開かれ、真っ赤な顔をした男が手下数人と共になだれ込んできたのだ。
「何をしているの。草加!あなたを呼んだ覚えはありませんけど。」
耀子に草加と呼ばれた男は、四十代くらいの小柄で細身の体をしており、怒りで真っ赤にしている顔は、色味が無くなったら無個性になりそうな普通の顔だった。
ここにいる人間が皆個性的過ぎるのか?
癖毛でホワホワ頭の私の父でさえ、ホヨホヨという個性を持ち、あの小憎たらしいガキが痩せているサンタさんだと大喜びしたぐらいだ。
草加は真っ直ぐに耀子を目指して歩こうとしたが、矢張りどころか当たり前の成り行きとして、たった一歩程度で誠司に遮られた。
「いかがされました?草加常務?」
「私は今や筆頭取締役でもあります。それで、君はもう我が社の人間じゃないだろ。いいや我が社の裏切りものだ。この屑が。そこをどきたまえ!」
誠司は微笑んだままどこ吹く風で、耀子の盾となったまま動かない。
けれども、隠されるだけの女でない耀子は、ずいっと誠司を押しのけて一歩前に出て草加を睨んだ。
「何を言い出すの。それ以上失礼なことを繰り返しましたら、あなたを我が社から追い出しますよ。」
「追い出されるのはあなたの方ですよ!社員を何だと思っているのです。こんな若造のツバメに我が社の財産を奪わせて!株主総会と役員会で一致すれば、相良さん、あなたも相良総合商社から追い出すことも可能なのですよ。」
草加の叫びが食事室に響いた。
そして気づくと食事室には草加が連れてきたらしい六人の強面の男達が、私達への暴力行為も辞さないいで立ちで扇状に陣形を組んでいた。