親友だからと父は言った
「母さんは着物も宝石も随分奪われてしまいましたよ。あのお気に入りだった瑪瑙のイヤリングも。」
「え、私が発つ前はそれは盗られていないよ。君達は何をしているの。息子の出来がこんなに悪いとは思ってもみなかった。可哀相な母さん。」
俺は羽田からの遠い道のりの最中に、俺が実父を殺さないでいられるか心配になった。
「無能な愚息ですいませんでした。それでその美佐子の判り易い行動はいつからですか?」
「幸次郎が離婚の決意を抱いたのがきっかけかな。家の売却金を返しに来た時に、親父に恥をかかせるかもしれませんって言ってきたからね。追い出される前に一気に我が家の財産を奪おうと思ったのかな。それとも彼が自分が幸次郎の代わりに選挙に出たがったからかな。幸次郎はああ見えて器のある奴なのにね。」
藤田の若社長が選挙に出たかったと?あれは無理だろうと考える前に父はそれを否定する人物を口にした。
「まぁ、それで、運転手を間島の倅にしてね、いくら何でも自分ごと車を爆破しないだろ。もう面倒で議員も辞めて母さんとどこかに行きたくなったよ。」
「間島の倅が?全部、お話いただけます?」
「今、話しているでしょ。」
俺は溜息をつきながら、信号で止めた。
赤信号を眺めながら苛立たしくハンドルに指先を打ち付けていると、信号が赤で良かったと思う爆弾を投げられた。
「お前は女よりも男にモテるよね。」
「き、急に、なんですか。」
「聞きなさいよ。間島俊男はね、お前よりもハンサムで町の女性達の憧れの的だったの。まぁ、あの誠ちゃんよりは数段劣るけどね。ほら、信号青。」
俺は舌打ちをしながら、召使のように車を動かした。
老獪な男は車が動き始めると、再び続きを話し始めた。
「美佐子達は俊男に渡す金の為に売春をしていたのだよ。沢山お金を持って来た子は俊男が真珠のイヤリングや鞄をプレゼントするの。情けないよね、女性性の解放を口にしながら誰よりも女性性に束縛されて奴隷化されてしまったとはね。彼女達の憧れの俊男はギャンブル狂でね、間島は頭を抱えていたよ。だけど、自分の息子でしょう。いくらロクデナシでも。それでも彼は許せないってね。小さな子供に乱暴して殺していたのは許せないってね、決意したのだよ。私は大事な友人を喪う事になるのに、彼の決意を受け入れて協力までしてしまったのさ。」
そうして父が語ったのは、友人が外国で息子を殺して自殺した悲しい話だった。
父は友人の為に俊男を連れ出して彼のパスポートを処分する役目だった。
間島は置き去りの可哀相な息子を迎えに行き、そこで強盗に息子共々射殺されるという筋書きだ。
残された間島家は悲劇の一家となるが、次男三男達は長男の犯罪の汚名を着ることはない。
「あとは美佐子を追い払うだけだねぇ。幸次郎が彼女を好きだと耐えるならと見守ってきたけれど、彼女も子供殺しに関わっていたのならば咎を受けさせないと。私は失職する覚悟だよ。ちゃんと私達夫婦を食べさせてね。」
俺は喉の奥から笑い声を迸らせて、憎たらしい父親に爆弾を投げ返してやった。
「美佐子は咎を受けましたから、お気になさらず。」
「え?」
俺はようやく老獪な父親を驚かせられたとほくそ笑んだ。
美佐子は半身不随となった藤田泰雄の介護をし、半年後に泰雄と再婚する予定なのだそうだ。
恋人の若社長に捨てられ、彼が従業員に払う金がないと出奔したのだから仕方がない。
おまけに拷問痕で人前に出られなくなった友人達の家族が警察に駆け込むと脅したため、幸次郎から奪った金を差し出さざる得なかったという。
可哀相な事だ。
「弟は美佐子を追い出して離婚しましたよ。今はオナガという青い鳥に夢中で、私の舅に引き合わされた学者連中に囲まれて「東京の自然を考えた開発案」とやらを生き生きと模索中です。母さんも親友の相良家に弟と滞在中です。杉並でなく、そちらに車を廻しましょうか?実家には誰もいませんから。」
「うん。お願い。」




