全てを語れ
伊藤の返事も聞かずに俺は長谷の服を脱がすのを手伝い、小間使いのように衣服を適当に籠の中に放り込んだ。
長谷は礼を言うどころか大きな溜息を吐いていた。
「隊長のようにろくでもないものでも作って大怪我したのですか?」
「うるさいよ。」
上半身裸になった長谷は診察台に横たわりながら、伊藤の言葉に笑い出した。
「竹ちゃん、ろくでもないものって、何を作っていたの。」
長谷の火傷の具合を診ながら、伊藤が勝手に答えた。
医者の守秘義務はどうしたと言いたい。
「この人、武器職人。町工場で作れる武器の模索をしていた頃があってね、暴発させては田辺ちゃんに担がれて運ばれてきた馬鹿なお得意さん。」
「廉ちゃん、実はボク警察官なのよ。いいの?バラして。」
伊藤はフッと鼻から息を吐くと、ガタっと椅子から立ち上がりサラシの束と蒸留水を棚から取り出した。
蒸留水をドンと机に置くと、サラシを長谷の体の脇に入れ込んでいく。
「こんな馬鹿が警察官だと聞いて驚いたよ。君は何の処置もしていなかったね。背中の火傷はかなり広い、幸運にも殆んどが二度位だったのが悪化している。洗浄して消毒して、その後今日は入院してもらうよ。水ぶくれが割れている所が細菌感染していたら大変だからね。嫌なら処置はしない。他所に行ってくれ。」
「頼むよ。麻酔で眠らせてもいいから処置してやって。」
「わかった。」
伊藤は手際よく背中の火傷を洗浄していき、実は火傷が相当痛かったのだろう、長谷は背中を流れる水の感触にほぅっと息を吐いて目を閉じた。
「治療費はいつ払う?」
「長谷が退院する時に。こいつを逃がしたら払わない。」
「隊長は酷いよ。」
伊藤はクックと笑いながらも、長谷の背の火傷への処置の手は繊細で正確だ。
「ねぇ、竹ちゃんも廉ちゃんも俺の意見は聞かないの?」
「君は嘘吐きだからね。嘘で人をコントロールして楽しんでいる。悪い遊びだ。」
「最近は失敗ばかりだけれどね。」
俺は長谷が乗る診察台の横のスツールに腰掛けて、彼をじっと見つめた。
「あの赤ん坊は結局どちらの子だ?」
長谷はハァと息を吐き、投げやりのように言い放った。
「どちらの子でも大差がないよ。片方は少女を変態に献上して小遣い稼ぎをしていた薬物中毒の女。もう片方は一家惨殺の殺人犯だ。」
「その殺人は君も関係しているかな。女一人で全員の遺体を納屋に運んでは行けないでしょう。弟は最初に殺されていたよね、あの現場の血が教えてくれたよ。」
「残念、はずれ。」
答えてハハハと長谷は軽い声で笑った。
とても嘘臭い、彼自身が悪人になり切れないところからの発露、つまり、自分自身に対しての自嘲を含んでいる笑い方だ。
「違う、最初は赤ん坊で次が旦那。俺は何もしていないよ。本当に驚いたよ、女一人でそこまで出来たことにね。」
「何が起きたのか説明してもらえるか?出来る限り嘘無しで。」
長谷はクっと自嘲するように笑うと語りだした。
京子は浮気を知られた事で、生まれたばかりの赤ん坊を人質に家族全員に監視される身の上だった。
狭い部屋に子供達と一緒に押し込まれ、夫は体を求める以外は両親の部屋で寝起きする甘ったれた情けない男だ。
赤ん坊の出自を疑う彼は末子を抱いたこともなく、妻が弟に陵辱されている事も見てみない振りをした。
ギャンブル狂いは兄の方で、彼は借金の代わりに妻を弟に差し出したのだから当たり前だ。
けれども、彼女は子供さえいれば幸せであった。
上の三歳児ではなく、赤ん坊の方だけが。
その日も次男に玩ばれ、死にたい気持ちを抱きながら階段を上り自分の牢獄に戻った。
こども、大事な子のあの子さえ抱ければ、もう少し耐えられる。
「良祐!」
彼女は目を疑った。
夫の足元に頭を潰された最愛の我が子の遺体が転がっていたのだ。
「いくら子供の顔を見たくないからって、良祐を殺すなんて!」
「やっぱり俺の子じゃなかったじゃないか。こいつは!良一が僕の弟じゃないって教えてくれたぞ。」
京子は頭に血が上り、死んだ子供の顔を見ることもしないで箪笥の一番下の引き出しを開けた。
此処に、料理人だった父親の包丁が仕舞われているのだ。
疎開先から戻った自宅の焼け跡に焼け残っていた、唯一残った父の形見。




