誠司と白狼団
「君達でも大不評なジャンパーなんだ、それ。」
「そうなんですよ。いくら誠司さんでも、このジャンパーを着せられ続けるなら付いていけないなぁってね。」
「うるさいよ!木下!」
誠司に突き飛ばされて笑いながら居間に転がっている木下の黒いジャンバーは、背中に真っ赤な円がありその中に銀色の狼が刺繍されているというものだ。
「ちょっと格好悪いものね。それを刺繍させたお金が勿体無いぐらい。」
「悪かったね!センスがなくてさ。」
「矢野ちゃんがデザインをしたんだ。これはないよ。矢野ちゃんて絵心無い?」
「タベちゃんまで。うるさいよ。」
「いいから、続き。」
誠司は素直に再び抑えた声で語りだした。
彼ら白狼団が向かった先は四階建ての雑居ビルで、一階の写真館は閉まっていたが、二階と三階のスナックとキャバレーは開店して客引きをしていた。
しかし彼らが目指すのは四階だ。
ビルの四階には、藤田建設が子飼いにしている猪熊組が事務所を開いている。
「ねぇ、木下。お前はキャバレーとスナック、どっちに入りたい?」
「大暴れして怪我人を出したくないなら、キャバレーですか?発炎筒あります。小火騒ぎを起こしましょう。三階のキャバレー客と嬢が大騒ぎすれば二階のスナック客も、そして俺達の目的の四階のドアも開くでしょうね。」
「よし。燻された狸は徹底的に潰せ!事務所に詰めるは十五人。時計を合わせろ、発煙筒を焚いたら五分だけの大暴れだ。」
一人で二人の獲物は手にできると誠司の手下は顔を綻ばせて、誠司の言う通りに腕時計の時間を合わせた。
それから彼らはキャバレーに何気ない顔で客として入り込み、少しは楽しんだ後に一斉に発炎筒を炊いた。
一瞬でキャバレー内は煙に包まれ、悲鳴を上げてキャバレー嬢と客達が慌てふためき逃げ出した。
「よっしゃぁ、突撃!」
白狼団は一斉に店を飛び出し、階段を駆け上り四階のヤクザ事務所を目指す。
下の階での火事騒ぎに様子見にドアが開き、ドアを開けた見張りを先頭を走る木下が殴り飛ばした。
間髪いれずに木下は事務所に飛び込む。
「くそう!お前が一番かよ。」
「誠ちゃん、遅いよ!」
続けて誠司が飛び込んだ。
木下は多勢の手下と悶着している真っ最中だ。
誠司は木下を手助けするよりも、木下に椅子をぶつけようとするヤクザを蹴り飛ばした。
彼の後ろから次々と白狼団の団員が事務所に飛び込み、ヤクザ事務所は乱闘と怒号の混沌と化していった。
「それで、どこで長谷だ?」
「五分大暴れして、数軒先の高級クラブに雪崩れ込んで、そこで長谷と交替。長谷はあのビルを破壊することが目的。俺達は人払い。逃げた俺達をヤクザが追いかけるでしょう。それでそこの一階の写真館が、連れ込まれた女性や千代子のような子供のヌード撮影館だったそうでね。長谷ちゃんは千代子を助けるのに精一杯で千代子の物がまだ残されていたんだ。それでそれを片付けて、後の不安がないようにネガや残された写真その他、一切合財全部焼却。あいつはその場所自体を完全に破壊したかったそうだよ。」
「そうだったか。」
「あんの嘘吐き。それで小林の家に千代子がいなかったのか。」
長谷に頭に来ながらも、千代子が殺人現場、それも男に女が殴り殺される場面を見ていなかった事に思い当たり、俺と田辺は顔を合わせてお互いに気が緩んだ笑みを交わした。
「まぁ、ヤツを少しは認めてやりますよ。」
それから田辺はすっと座りなおすと、目の前の若者達に深々と頭を下げた。
「皆様には本当に感謝します。」
両手をつき頭を下げた田辺が顔を上げた時、田辺の目は本来の彼を出したのか少々殺気を帯びていた。
誠司と木下はにやっと田辺に微笑んだが、彼らも本来の凄みが滲んでいた、そんな笑顔であった。
お互いに腹をさらけ出した一瞬の時間。
「それで流れはわかったけど、どうして君の免許証だ?」
誠司はいつもの顔で、子供のようにニヤっと微笑んだ。