いつもの場所でいつもの時間に
「一瞬で嫌われるなんて思ってもいなかったよ。」
「俺も今のお前嫌いだよ。何だよ、その格好。臭いし。」
「竹ちゃん達も無精ひげだらけで酒臭いじゃないの。居間自体が臭いよ。すっごく親父臭い。」
わははと笑いながらちゃぶ台を前に胡坐で座っている誠司は、いつもの背広やポロシャツ姿ではなく、どこから見ても白狼団という格好をしていた。
髪をテカテカに油でオールバックに固めて、ブルージーンズに派手で下品なシャツ、そしてお揃いらしい白狼団のジャンパーを羽織っているのだ。
俺は誠司の隣に座る、誠司と同じ格好をした若者をチラリと見た。
誠司は部下の木下達彦という青年と、我が家に訪問して来ていたのだ。
木下は誠司よりも細身に見えるほど優男の風貌であるが、誠司が発足させた相良警備の社長に据えたほどの頭脳派で武道派だと俺は聞いている。
更紗からの情報、だが。
ついでに言えば、木下は誠司の一番の親友だという話である。
「達っちゃんはね、誠ちゃんといつも一緒なのよ。」
「仲良し二人で飲み明かしたのか?」
「ううん、みーんなで飲み会。クリスマスでしょ。わが相良警備の若手幹部で打ち上げパーティって奴。できる限り馬鹿な格好をして、できる限り無礼講しましょうって奴。久しぶりで楽しかったよ。誠司さん、俺達はこの為に生きているって気がします!って俺に舎弟の誓いを新たに立ててくれるぐらいの大盛況。」
「でも今はしがない逃亡者なのですよね!」
木下の合いの手に誠司は大笑いをして、彼らは手をバシンと打ち合った。
少しどころかかなり酒臭い。
千代子は、こんな誠ちゃんはイヤだ、と台所の椅子に座って、俺と田辺に買い与えさせた玩具で遊んでいる。
朝食の支度を再開した祥子は、時々此方を伺いながら話も聞いているようだ。
祥子は連絡のない長谷が心配なのだろう。
俺はテレビ画面の破壊された雑居ビルを思い出し、溜息をついた。
「楽しいは良いけどね、君は免許証を現場に落すなんてドジを踏んでどうしたんだ?」
ハハハと楽しそうな笑い声を、誠司は部屋中に響かせた。
それから彼はちゃぶ台を囲む男達に、自分の方に顔を近づけろと言うように両手を動かした。
四人の臭い男達は、誠司に誘う割れるままちゃぶ台の上に上半身を乗り出させ、臭い息を吐く顔を付き合わせた。
「悪徳警官の仕込みだよ。証拠隠滅に時間差攻撃。」
「何?それは。」
何時もの場所、何時もの時間は長谷との合言葉だ。
思い詰めた顔をした千代子が、子供のくせに田辺や祥子の隙を付くようにして、誠司の耳に囁いたのだそうだ。
「誠ちゃん、あのね。パパがいつものばしょいつものじかんって。」
彼は自分の耳に爆弾を落とした少女をまじまじと見つめ返した。
「いつ、お父さんはいつ君に伝えたの?君に内緒で会いに来ていたの?」
長谷にそっくりな悪戯そうな笑顔をつくると、千代子は自慢そうに答えた。
「最初にパパが私を助けてくれた時に。パパが私に嘘をついたときに誠ちゃんに伝えなさいって。」
「嘘?」
「私はパパの子だもの。わかりやすい嘘でしょう。」
「そうだね。俺もどうしてお父さんがそんな事を言い出したのか不思議だったよ。それじゃあ、お兄さんは千代子を苛めた奴らをやっつけに行くからね。」
そうして竹ノ塚の家を飛び出した彼は、とある場所の古アパートの郵便ポストに手を突っ込んだ。
ポストを開ける暗証番号は「いつものじかん」だ。
そこにはいつものように封書が入っており、千代子が誘拐された概要とそれに関係した人間、そして狙うべき住所に敵の総勢が記されていた。
長谷は白狼団をお目こぼしする代わりに、現状打開の槌として、時々白狼団を使っていたのだそうだ。
誠司は相良警備に一直線に戻り、団員に徴集をかけた。
「さぁ、久々のパーティだ。芋をひくなよ。ぱぁっと大騒ぎして撤収だ!」
「それはいいですけど、ここ襲撃して、それでこの店もですか?」
誠司の説明を聞いた副官の木下は眉根を寄せた。
「そこは普通に打ち上げパーティ。飲んだくれましょう。マッポにバレても若者の大騒ぎですいませんを通す。ほら、俺達普通に成人だから、下手したら臭い飯でしょ。」
「そうですね。大人ですから高級バーで飲み放題ができますね。誠司さんの奢りで。」
「そういうこと。あ、そうだ!おふざけ通すために、以前作ったジャンパーを全員着用だよ!君達に大不評だった、あれ!一度くらい着てよ!」
先程までの高揚感が一瞬で冷めたほどだったそうだ。