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黒猫は金魚鉢をひたすら覗く  作者: 蔵前
十二 嘘吐き男によるパーティ
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父と娘

「千代子、わかるか?お前の大好きな誠司お兄ちゃんに、お前は俺達に言っていない何を話したんだ?思い出せるか?」


「でも、パパが言っちゃ駄目って。」


「パパが?千代子はどうして長谷がお父さんだとすぐにわかった?」


 俺に被せるように千代子に叫んだのは祥子だ。


「私はあなたにお父さんの事を教えたことないでしょう。あなたにはお父さんは死んじゃったって。」


 母親の剣幕に伯父の懐にごそっと潜り込んだ千代子は、安心な腕の中で落ち着いたか、モソモソと喋り始めた。


「パパは幽霊だからって。幽霊はお母さんには内緒だって。怖がらせるから。でも、パパは凄い幽霊だから昼間も出てこられるって。だから、時々会いに来て遊んでくれるの。」


 俺と田辺は大きく息を吐いた。


「あの、嘘吐き。」

「あのナルシスト。」


「え、長谷はナルシストだったの?」


「ナルシストでしょうが。男の美学か知らないが、決して自分を曲げない。自分から頭を下げられない。全く。それでこの事態でしょうが。祥子、千代子の為にお前が折れろ。」


「でも、兄さん。私は。」


「てげてげにしろ。わしらにはわやの過去も何も大したこつなんじゃが。わやのその頑なな考えのせいで、わしは姪に今まで会えんかったじゃろが。」


 俺は何を言っているのかわからない田辺にもその彼の剣幕にも初めてで、下手な口出しを控えて彼の言葉を状況から類推解釈しようと頑張っていると、やはり同郷の妹が同じ言葉でしょんぼりと返した。


「わいの過去のせいで、あん人出世できんもん。」


「あぁ。」

「それかぁ。」


 俺にも理解できたので、俺と田辺は同時に頭を抱えたのだ。


「あいつは子供なの?ねぇ、田辺。ただの馬鹿なの?あいつ、死に場所を探して反政府団体を探していたのではなかったの?」


「あれを弟にするのが嫌になってきましたよ。それにあなたは長谷に何を勘違いしているの。あなたのあれは、そういう考えがあってですか?」


「君だって好きでしょ。あれはたたのお遊びだって。」


「何の拘りも無くてただの遊びなら、遊んでばかりいないで仕事こそしてくださいよ。」


「俺に本気で死に場所を作れと?」


「あんたは極端過ぎやっちゃが。てげてげにせんか!」


「兄さん?死に場所って。」


 俺は田辺に叱られて、話の方向を変える必要性を強く感じていた。


「いいよ、勘違い。もうその話は後にしよう。千代子、それで、お父さんは誠司に何を言ったのかな?大事な誠ちゃんが危ないんだよ。君は誠ちゃんが大好きでしょう。」


 千代子は大人の会話に目を大きくして小猿のように田辺にしがみ付いていたが、俺の質問を受けて途端に不安そうな顔つきになって田辺の胸に顔を埋めた。


「嘘をついた事のないパパが私に嘘をついた時に誠ちゃんに伝えなさいって。いつもの場所いつもの時間でって。それで、誰にも内緒で、おじさんたちはすごーく怖いから一言も喋るなって。でも、喋らないとご褒美が貰えるからって。ママ、パパは絶対に嘘をつかないの!凄いのよ!」


 語りながら千代子はパァっと明るい顔つきになっていき、ついに田辺の腕から抜け出した。

 そして居間の隅に置かれた千代子専用箱にテテテと走って行き、カパっと蓋を開けた。


 勿論、そこには喋れなくなった千代子を憐れに思った俺達によって、先日から買い与えられ続けている千代子の宝物が詰まっている。


 千代子のしてやったりという顔は、長谷がする表情にとてもよく似ていた。


「畜生、あの野郎。」

「ふざけやがって。あん畜生。」


「兄さん、若様、馬鹿娘がすいませんでした。」


 祥子ががばっと俺達に土下座した。

 そして俺は気づいたのだ。

 長谷が千代子についた嘘。


「祥子さん。長谷を頼むよ。あいつの手綱を掴んで上げて。ねぇ、田辺。」


 田辺が口を開こうとしたその時、能天気な若者の声が玄関で上がった。


「たっだいま!」


「あ、誠ちゃんだ!誠ちゃん!」


 凄い勢いで千代子は玄関に出迎えに走って行き、そして俺達は千代子の凄い悲鳴を聞いた。

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