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黒猫は金魚鉢をひたすら覗く  作者: 蔵前
十一 田辺の告白
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猫は手柄を見せつける

 静岡と聞いて、俺は自分が見逃していた事に気が付いた。

 俺が見つめていると、田辺は言葉を続けた。


「学校の女教師は幼い生徒を連れて歩いてもおかしくはないですよね、きっと。千代子は学校帰りに隣の学校の先生だって小林に声をかけられたそうですよ。あなたの学校のお話を教えてくれる?ってね。」


「神野裕子が精神科に押し込められたのはそれか。彼女が皆川家を殺していない場合はって考えるとね。梅毒も存在しないって考えて見てみると、あぁ、それか。混乱は薬だな、それで大暴れか。」


 皆川家の殺害は、小柄な女性が刃物を振るっただろうことは現場の血の痕が証明している。

 凶器を振り上げた時に凶器に付いた血が飛ぶのは当たり前で、その血によって描かれる模様は行為執行者の背格好の大小で替わるものなのだ。

 その犯人が神野ではなかった場合は皆川京子、皆川家長男の美しき妻となる。

 だが、そうすると殺された子供はどうなる?


「杉並の現場を担当した刑事に話を明日にでも聞き直しますか?」


 どの現場でも捜査を「梅毒」の免罪符で捜査していない刑事。


「あ。イヤ、いいよ。俺達は明日はゆっくりしようか。」


 全ての証拠は改竄されて、もはや調べることも出来ないだろう。


「それで隊長、ボケッとしているところに悪いですが、俺が不思議に思っている事を聞いていただけますか?」


 田辺は両手で湯飲みを抱え、目線はそこに落としている。


「何が不思議なんだ?俺達のご面相が残念なのは不思議でもなんでもないだろ。」


「わかっている癖に。」


「何が。」


「千代子の誘拐。あの小林は俺達に金の無心もしていなかった筈ですよ。千代子の裸の写真を撮る時に、お金持ちのお父さんの子供にしてあげるって言ったそうです。お母さんと同じ名前なのはどうして?って尋ねたらお前は田辺祥子の子かって言って大笑いして喜んだそうです。千代子が美人だから盗んだだけですよね。売り飛ばそうと。」


「千代子の言葉で身元を知ったから、君達から金をせびって藤田からもって、二重取りを考えていたのではないかい?」


 ふふふと田辺は首を横に振って笑いながら、湯飲みに再び口を付けた。

 それから酒を含んだ熱い吐息を吐き出すと、思いつめた目線を俺に向けた。


「そっくりなんですよ、俺が祥子に再会した時と。」


「そっくり?」


「俺は地元で実家が無くなった事を知って戻ってきて、バス事故で両親が亡くなっていたことも知ったのです。ですが、妹は行方不明で。妹を諦めていた時に、俺が使っていた木賃宿で女将が仕事だってメモを持って。日雇いの一日だけですが行きましたよ、勿論。そうしたら、工事現場から見えるアパートから身重の妹がよろよろ出てきたのです。どう思います。今回だって投げ込まれた脅迫状にあった住所を頼りに走り回ったら、あの男が歩いていてね。田辺祥子はどこだって俺の目の前で訪ね歩いていたのですよ。思わず後を付けたら、あの小林のアパートです。」


 俺は湯飲みに口をつけながら田辺を眇め見た。

 彼は鼻で笑った。


「ええ、俺は嘘をつきました。アパートで初めてすれ違ったのではありません。俺は後をつけて、奴が小林を殺すところを見逃したのです。」


「田辺、君は小林を元々知っていたのか?」


「妹の名前で売春していた女です。一度妹だと思って捕まえた事があったのですよ。妹は金と身分証を奪われて売春して、そのせいで誰とも結婚できないと、俺にも顔向けできないって隠れ住んでいたのです。池堀に脅されても俺に助けを求められずに、そして俺は姪にさえ今まで会えなかったんだ。妹を殴っていたあの男がドアを叩いて顔を出したのが小林で、俺はそこで何もしないで殺害を見ていたのです。俺は殺しを止めるべきだったが、妹の不幸を思い出したら体が動かなかった。こいつらのせいでってね。」


 田辺はグイっと酒を飲み、再び湯飲みに酒を注いだ。

 俺もグイっと飲み干し、田辺に湯飲みを向けて酒を注いでもらう。


「君が止めたら長谷が手を下していたからいいのだよ。君は長谷の幸運の男なんだって彼が言っていたのは本当だね。長谷は君のお陰で人殺しにならずに済んだ。」


 ハハハと田辺は情けなく笑い声をあげ、俺も一緒になって同じような笑い声をあげた。

 これは全部長谷の仕掛だったのだ。

 間抜けな俺達は笑うしかないだろう。


 多分どころか、田辺が危険地帯で池堀に声をあげた時に、確実に池堀を殺す仕掛けが発動したのだろう。

 彼は自分の子供とその母親の脅威を排除していたのだ。

 俺と田辺という間抜けな駒を動かして。

 そして、これ見よがしに自分の手柄を俺達に見せ付けたのである。

 俺の実家近くの用水路に池堀の遺体が上がったのは、これこそ奴の仕掛けであったと言う事なのだ。


「人殺しにならなかったのならば、俺の妹をやり捨てした責任を取らせることは出来ますね。あの野郎。俺の餓鬼じゃないって、子供の前で言いやがって。」


 俺は湯飲みの酒をちびちびとやって、田辺に相槌を打つことから逃げた。

 帰り道の長谷の言葉が思い出されたのである。


「半年一緒に暮らして、ようやく体を重ねたらね、逃げられたのさ。それもその日の内に俺の金をごっそりと持ち逃げしてね。それで俺に何の連絡もしなかった癖に、今更あなたの子よって。だから助けてって。ふざけるなだよ。そうだろう?」


 俺は赤ん坊を抱いてあやしていた長谷の姿が忘れられないのだ。

 彼はどんな気持ちで彼女達を見守ってきていたのだろう。

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