肴となる話題は不味いが酒を酌み交わすしかない
「池堀には親兄弟がいませんからね。だから尚更に祥子に纏わりついていたのでしょう。」
「え?」
「祥子が俺に面倒をかけたくないと居場所を転々としていたのは奴のせいでもあったのですよ。池堀は地元で食べていけないからと上京をして、祥子を見つける度に金銭を要求していたそうです。あいつは女子供を殴りますからね。祥子は子供を守るためにと、金を渡してはその日のうちに逃げ回っていたそうです。二年や三年毎に引越しするのは辛かっただろうに。」
「知らなかったよ。」
「俺も知りませんでした。今日初めて聞きましたよ。知っていたらもっと早く手を打てたのに、あん馬鹿が。俺を何だと思っちょるんだ。俺はそんな無能に見える兄ですか。」
田辺の声が大きくなり、俺は天井を指差して、口元にも指を立てた。
二階には久しぶりの母親に縋って離れなくなった千代子と、娘を抱いたまま寝入ってしまった祥子がいるのだ。
田辺は右頬をグッと引き上げて歪んだ顔をしてみせてから、ふぅっと息を吐いた。
「話は戻しますが、俺は池堀と別れた後に現場に戻ったのですよ。すると、既に警察が現場検証をしていましてね。遠目で長谷が小さな子供の手を引いていたのが見えましたので、一先ず戻って祥子に報告して。そうしたら翌日には祥子まで行方不明でしょう。」
「長谷でなく誠司が千代子を連れてきたから祥子さんを探しに行く訳にもいかなかっただろうしね。長谷は君を動かしたくなかったのかもね。」
「俺が役立たずだからですか?」
「長谷は祥子さんが自分が殺したって警察に自首に来たって言っていたよ。お前を犯罪者にしたくなかったのでしょ。藤田泰雄は組織力があるから本気で千代子が危険だったよ。それに彼は祥子さんと話し合う時間が欲しかったのかもしれないしね。」
「それで祥子を竹ノ塚のお屋敷にですか?ふざけやがって。俺を馬鹿にしていますよ。祥子が惚れる男は外見が整っているだけのろくでなしばかりだ。全く、面食いな所は千代子も一緒です。誠ちゃん、誠ちゃんって。まだ七歳なのに色気づいちゃって。俺達は顔が怖いから嫌なんですって。」
怒ったように語る田辺の横で、玄米茶を啜っていた俺は思わず噴出した。
「誘拐中、酷いことされたのでしょ。それででしょ。」
田辺は俺をギロっと見た。
しまった。
彼は知らなかったか。
田辺はすくっと立ち上がると、台所の下の棚から日本酒を取り出して、居間の方へと戻って来た。
座ると自分の湯飲みに日本酒を継ぎ、俺に瓶口を向けるので俺も湯飲みを差し出して注いでもらう。
こんな話は酒無しでは語れない。
余計なことを口にした俺が悪いのだ。
どこまでも田辺に付き合おうと、俺は湯飲みの酒を口に含んだ。
「ちょ、これイイ奴じゃないか。料理酒に使っているの?」
「そんなの当たり前でしょ。開けたら日本酒は味が落ちて駄目ですから。」
元名士の跡取りはシレっと答えたが、俺は彼の煮物が旨い理由もわかったからと、酒の件については口を噤むことにした。
「それで、田辺は千代子がどんな目に遭ったのかどこまで聞いた?」
田辺はグイっと湯飲みを傾けて酒を飲むと、ふうっと息を吐いた。
「酷いですよ。」
「そうか、酷いか。」
「裸にされて写真を撮られたのだそうです。少女の裸は高く売れるそうで。それ以上されていないようですがね、許せませんよ。」
俺は体から緊張が解けるのを感じた。
ほんの数時間前に長谷から聞いた藤田達の過去の行為に、俺は反吐が出そうだったのだ。
お姉さんと慕った少女達に囃したてられながら、男二人に乱暴されて息絶えた幼女。
俺達が孤立無援だと思い込んだ藤田泰雄は、俺達を嘲る様に、自身は恍惚としながらそのときの事を語ったのだ。
そして、そんな目に遭ったのだとしたらと、俺は千代子が不憫でならなかった。
まだ耳に残る藤田の言葉。
「幼い子はいいねぇ。肉体はみずみずしい果物そのもので。小林が私に用意していた少女は君達が匿っていたそうだね。君達を屠った後にゆっくりとご相伴に預かるとするよ。物凄い美少女だと聞いているから楽しみだ。」
それを聞いた俺は、長谷よりも殺しの誘惑に捉れていたはずだ。
「隊長は長谷から?」
「長谷が語ったのは藤田達の昔の行為。ひど過ぎてね、千代子がもしかしたらってね。」
俺が語ると田辺は無言となった。
「すまない。嫌な話だろ。」
「聞けて良かったですよ。そいつは肉団子状態で、そいつの息子と美佐子はまだ無傷ですか。誘拐に協力していた奴もいたはずです。そいつらの処分は長谷はなんと?長谷ちゃんは甘いから仕方が無いのかもしれませんが、締め方が不完全だと思いませんか?」
「あー。そうか、俺がしっくりこないのはソレか。いるはずだよね。事件を揉み消してきた奴と誘拐の実行犯。あの屑は献上された少女を楽しむだけで自分で誘拐しに行くような奴には見えなかった。そうだ、そうだ。手下がいたはずだよ。」
自分はなんと間抜けであったかと片手で髪を掻きあげると、田辺が湯飲み片手に考え込む表情を見せてから、口を開いた。
「藤建設の本社は昨年まで静岡でしたよ。」




