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黒猫が運ぶのは不運と金塊

「冬の星座は綺麗だねえ。」


 呑気に星を見上げる男の横を歩きながら、俺は先程までの事を思い浮かべた。

 俺達は藤田親子を殺しはしなかったが、再起不能にはした。


 しかし結局のところ、俺と長谷は金庫の中身の三分の一を鞄に詰めただけで、泰雄に対して拳の一つもめり込ませてはいない。

 金庫の中身の三分の二と泰雄への暴行を、泰雄の連れていた黒服が受け持ってくれたからである。


 よって俺達は泰雄が暴行されて肉塊にされる現場を眺め、アタッシュケースに三束の札束と二本の金塊を入れて帰るだけなのである。

 なんとも覚悟していたわりには肩透かしな展開でもあったと、長谷の言葉で見上げた空に俺は溜息を吐いた。


「じじくさい。竹ちゃん。足の悪い俺よりも体力が無いってどうよ?」


 事務所を出た俺達は終電も無い暗い夜道、小型だが重い鞄を交互に持ってタクシーを捜す酔っ払いのように歩き続けているのである。

 俺は藤田達に悪酔いしていた気分の悪さを寒い空っ風に吹き飛ばしたい気持ちもあり、長谷の言うまま知らない道を一緒に歩いていたのだ。


「君はどこまで知っていて動いていたんだ?」


「小林のタレ込みで殆んどね。八年位前、あの女は昔の仲間全員を強請ることを思いついたんだよ。彼女以外の友人達はそれなりの奥様になっているか手に職を持っているでしょ。男の買春の過去はそれほど傷を負わないけれど、女の売春の過去は大変でしょう。でもねぇ、美佐子の言っていた通りに、小林は仲間外れだったの。」


「仲間はずれ?」


「そう。小林以外の彼女達はいつでも団結出来たの。それで小林をリンチして裸の写真を撮ったの。次に楯突いたら近所にばら撒くぞってね。」


「それで彼女は町から消えたのか。」


「そう。でも、彼女に転機が起きた。」


 昭和三十年十一月十日、工事現場から人骨が発見された。

 完全に白骨化したその遺体は、持ち物から身元が判明して戦前のものと鑑定された。

 小学校から帰ってこなかった、当時十歳の堂上ミチ子である。

 持ち物を新聞に公開されての身元判明だったが為に、ようやくの帰宅とかなり大々的に全国紙で報道をされた。


「ぜんぜん知らなかったよ。南国にいたからかな。」


「竹ちゃん、あんた九州を南国南国言っているけど、もしかして九州が日本じゃないって馬鹿にしている?いいよ、返事しなくて。どうせ更紗が、でしょ。」


「いや、俺の祖母が会津の人。九州人を嫌っていてね。彼女の前で九州のきの字も口にできない幼少期があってねえ。癖かな。」


「あぁ、戊辰戦争ねって。嘘吐き。竹ちゃんは相変わらず嘘が下手。隊での嘘吐き遊びに君は一度も勝てなかったよね。」


「でも君が俺の家系はちゃんと調べ上げてあるってわかったよ。」


「残念。君のお父さんは公人でしょ。調べ上げる必要なんてないでしょう。」


 俺が軽く笑うと、長谷は続きを語りだした。

 新聞を読んだ小林は最初の持ち物の報道で、白骨死体が堂上ミチ子だと気づいていた。

 見栄えのいい少女を金持ちの男に最初に連れて行ったのは小林だ。

 但し、小林はミチ子の体に触れさせるだけで、その後の行為は自分が受け持っていた。


 十歳の少女は最初は嫌がったが、数回繰り返すうちに金の魔力にとり憑かれ、呼べば喜んで現れる小林の完全な手下になった。

 そして、小林を買うと幼い少女を玩べると評判になり、小林は仲間の中で売り上げナンバーワンとなる。


「それが許せないってさ、神野たちはミチ子を呼び出したんだ。どうしてそこまで売り上げに拘ったのかは俺には理解できないけどね。女性性の解放と言いながら、お互いに女を比べあっていたのかね。」


 いつでも呼び出せるようになったミチ子は、小林の友人の彼女達に付いて行き、彼女達の呼び出した客二人に陵辱をされてしまった。

 そして、その行為中に死亡した。


「その客の一人が藤田泰雄。遺体はみんなで一緒に埋めたんだそうだ。そして売春会は解散。今回のことは、その遺体の殺人の暴露を藤田に匂わせた事が発端だ。小林は甘く見ていたのさ。まさか、藤田に自分の命を狙われるとは考えていなかったようだね。それで多分逃走資金に千代子を誘拐したのだろう。警察に一度密告に来たのだからさ、もう一回助けを求めれば殺されずに済んだかもしれないけどねぇ。」


「密告?」


 長谷は鼻でフッと嗤ったが、俺はそれでようやく判った。


「小林は密告していないね。君が偽名を使う彼女をいたぶって吐かせたんだ。その恨みで千代子が誘拐されたのではないかい?」


「それは偶然だよ。俺はそんな下手を打たずにいたぶったからね。でもね、小林がまた祥子の偽名を使い始めているからと探ったら、あれだ。俺は遅かった。千代子は献上品として誘拐され、傷物にされてしまっていた。」


「長谷。」


 大きな板看板があるバス停の所で立ち止まった長谷は、数秒前の言葉などなかったかのような顔つきになると、ほら、と俺に鞄を放った。慌てて鞄を抱きかかえる。


「何?」


「持っていて。車を動かすからね。」


 看板裏に彼は消えると、数分しないで黒のルノーが俺の前に現れた。


「どうせルノーなら藤建の一台を盗んでくれば良かったじゃない。おまけにこれも盗難車でしょ。」


「じゃあ、竹ちゃんはそうしたら。歩いて藤建に戻ったらいいでしょ。」


 俺は長谷の運転する盗難車に乗り込んだ。


「この車も必要悪の仕掛けの一つかい?」

「さあてね。」

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