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子供には親がいる

 俺こそこの展開に驚いてはいた。

 藤田泰雄と長谷の言葉の応酬の最中に、俺達が何かをする前に、泰雄の後ろに控えていた二名の黒服こそが泰雄に襲い掛かったからだ。


「お前等二人で何をするつもりだ?ここには後数分で俺の援軍がやって来る。一緒に来なかったのは、やはり聞かせたくないだろう?こんな話はね。」


「従業員の家族名簿から少女を誘拐して楽しんでいたなんて言えないですよね。此処三年で、五人でしたっけ?二人は未だに病院で寝たきりで、三人は体の傷が癒えても心が死んでしまって家から出られない。どの子も十歳前後の幼い少女だ。家族が可哀相だと思いませんか?」


「やつらには見舞金を渡してあるよ。給料も可哀相な家族のためだって増やしてやって、俺には感謝しているってさ。」


 そこでドズンと鈍い衝撃音がして、泰雄が真横に吹っ飛んだ。

 まず左側のヤツが、泰雄を横から殴りつけたのである。

 攻撃を予想もしていなかった泰雄は、衝撃を全て受けて絨毯敷きの床にぐしゃっと横に倒れた。

 そして間髪いれずに、右側にいた男が倒れた泰雄を蹴り飛ばした。

 後は二人の男達によっての、蹴り、殴り、の繰り返し、だ。


「なん、何をしている!お前らの排除すべきはこいつらだろう!」


 俺に鼻の骨と鎖骨の骨を折られた若社長は、目の前でなぶり殺しにされていく父親の姿に、それを執行している味方のはずの黒服に痛みを堪えながらも叫んだ。

 泰雄の惨劇を詰まらなそうに眺めていた長谷が、若社長の耳に嗤い声で囁いた。


「彼らはねぇ、乱暴された子供のお父さん達だったみたいね。あんたのお父さんに感謝して尊敬していたら、自分の愛娘を誘拐して壊した男だったって知ったのだから仕方が無いでしょう。彼らにちゃんと謝罪と慰謝料を渡そうね。お父さんと同じように肉塊になりたくなければ、ね。」


 若社長は父親の姿を目にすると、そなままへなへなと崩れ落ちて失禁し、倒れていたはずの美佐子は恋人を介抱するどころかいつの間にか姿を消していた。


「ちくしょう。あの女。」


「大丈夫だよ、竹ちゃん。美佐子は逃げたところでどうにも成らないよ。お友達を売って拷問させたんだ。仕返しは有る。俺達の今日のことも誰にも洩らせない。洩らしたら自分の殺人と売春が公になるからね。」


「仕掛けは既に仕掛けてあったのか。」


「馬鹿だよね。娘を乱暴した男を父親が何も知らずに命をかけて守っているという状況に泰雄は悦を感じていたのかな。それでも馬鹿なりに頭を働かせて今日は違う男を連れてきたつもりが、人選を間違えちゃったみたいね。雇い主は従業員の顔は覚えていないと困った事態になるよって、いい教訓だね。」


「それじゃあ、藤田が言っていた援軍も間違えで到着することはないかな。」


「人のやることだからね。」


 俺達は顔を見合わせて鼻で笑い、長谷は泰雄の暴行現場に一歩踏み込んだ。


「お兄さん達、君達もね、死なない程度が一番なんだよ。もうお終い。」


 血まみれの拳の男達の一人の手を、長谷はひょいと掴んで止めた。

 けれど、腕を捕まれた男は長谷に悲痛な声をあげた。


「娘は生きていても生きていないのと一緒ですよ。」


 もう一人も動きを止めたが、憤りが納まらないのか震える声で呟いた。


「コイツを殺して刑務所でも、俺は一向に構いませんよ。こんな奴に俺は知らなかったといえ、尻尾を振って喜んでいたなんて。俺の娘は俺に怯えて、言葉だって、痛い痛いしか喋らなくなった。」


 顔を覆って泣き始めた両手を血塗れにしている男の肩を、長谷は空いた手で慰める様にしてぽんと叩いた。


「金庫の金を慰謝料として貰って分けたら、後は新天地を目指して全部忘れなさい。残された君達の他の子供達のためにね。父親が強盗殺人犯になった上に、娘の不幸を近隣に知られたくは無いでしょう。ここでお終いにして撤収しましょう。おい、息子。お父さんの為に急いで救急車を呼んでおあげ。階段で転んだってね。」


 ススゥと長谷は社長机の後ろにある金庫に向かうと、ダイヤルをくるくると回して扉を開けた。

 金庫の中には大きめの巾着袋が二つ、大きいものと小さいものが入っており、金の延べ棒も積み重なっていた。

 大きい方を黒服に渡すと、黒服は急いで巾着袋を開けて中を確認し、すぐに驚いた顔を長谷にむけた。

 長谷は小さいほうの封を開けて彼らに中身を見せた後に、金の延べ棒も四本だけ取り出して机に並べた。

 金庫には金の延べ棒が三本だけ残っている。


「俺達はこれだけね。完全に空にするとまともな従業員様の給料に困るからね。おい、若社長、この延べ棒は隠し財産だろ。これを溶かせば従業員に給料は払ってやれるよね。」


 跪いたままの若社長はコクコクと頭を振り、長谷は社長机の下に屈む。

 机の下に姿が消えた彼の体が再び持ち上がると、彼は二つの革製のアタッシュケースを机の上に置いた。


「君達はこのでかい方に詰めて帰って。」


「いつからそこに鞄を置いておいていたの。金庫の巾着袋も、用意周到すぎるよ。」


「給料日用でしょ。社員用と脱税用。これはそこの若社長の鞄。出張用と書類用。服も書類も床に撒いちゃったけれど構わないでしょ。」


「金庫のダイヤルは?」


「娘を壊されたのはお父さんだけじゃないんだよ。母親だっているでしょう。美しき秘書にも幼い娘がいてね。」


「親父は真知子さんの娘にも?それで先月彼女が急に退職を?」


 長谷の言葉に呆然と反応した泰時は、ようやく父親の行為が現実味を帯びて理解できたのか今までと違う狼狽した顔つきとなった。


「退職だけでなく、彼女は娘と共にあの世に旅立ったよ。」


 長谷は鞄に金庫のものを詰めながら歌うように答えると、パチンと鞄を閉めた。

 そして彼は俺達の行動になすすべもなく父親の側で座り込んでいる男に、嬉しそうに聞こえる声を上げて鞄を掲げた。


「ごちそうさま。帰ろう、俺達は撤収だ。」

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