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黒猫は金魚鉢をひたすら覗く  作者: 蔵前
一 お母様
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何とかしてくださいな

 最初の遺体の発見は、昭和三十年の十二月六日の未明であった。


 発見者は朝帰りの若い男。

 深酒により胃の中のものが上がってきた彼は、通り道の用水路へと吐瀉しようとして、ヘドロの浮かぶそこに白くたるんだ男の尻が浮かんで漂っていた光景を目にして、そのまま吐くことなく飲み込んだ。


 数秒後に呑み込んだもの以上のものを道路に大量にぶちまけたが。

 被害者は全裸で用水路に落とされていたためか、若い男だというだけで未だに身元不明である。

 その出来事が友引であった事で、遺体発見現場近隣の人間は半分冗談交じりで「誰かが連れて行かれるかもよ。」と嘯いていたが、その言葉通りに十二月十七日の友引の日に第二の遺体が発見されたのである。


 第二の遺体は近隣住人である奥山おくやまただし


 町内会の仲間が殺されたことで、近隣一帯が恐怖でパニックに陥るのは致し方ない。

 奥山正は最初の被害者と同世代であり、彼は自宅に併設された仕事場で全裸で転がっていたのだ。


 彼の職業は畳屋。

 彼は自分が縫った畳の上で、仰臥した姿で死んでいたのである。


「どうして僕がそれを解決しなければいけないのでしょうか。父さんへの脅迫状騒ぎの解決ならば理解できますが、関係ない事件でしょう?」


 どうしても聞いて欲しい話があると十二月二十二日に母親に呼び出され、足を向けたくもない我が実家に出向いて見れば、このような意味のわからない事件とその解決という申し出だ。


 とうとう俺の母も呆けたかと、俺は彼女を見返した。


 俺が招かれたのは母のお気に入りの彼女専用の洋風の客間ではなく、父が仕事関係の相手に使う固い応接間の方だ。

 母は俺の弟、竹ノたけのつか幸次郎こうじろうの妻である美佐子みさこに敗北したのだ。


 弟夫妻は婚姻時に我が実家から三百メートル先に新築の家を父に建ててもらったはずだが、俺の結婚話と自らの不妊に美佐子が不安になったらしく、自宅に虫が湧いたのをよい事に、我が実家を避難と言う名目で強襲した。

 その後、幸次郎は虫が怖いと帰れなくなった自宅を売り払い、実家は戻る家の無くなった彼ら夫婦に乗っ取られたのである。


 いや、彼らではなく美佐子に、か。


 俺は参議員の父のフイクサーである自分の母を誰よりも非常識な豪腕であると思っていたのだが、美佐子の方が強かったというこの結果に驚きを禁じえない。


 美佐子は楚々とした振る舞いの奥ゆかしさを感じさせる日本美人であるが、内面般若でもあるのだから当たり前か。


 なぜ俺が美佐子をそこまで確信を持って断じられるのかは、俺は美佐子に虫入りの茶を飲まされたことがあるからだ。

 急須の中で浮かぶ大量の虫の死体という記憶により、俺は好物だった玄米茶を一ヶ月も飲むことが出来なくなったのである。


 よって、彼女が支配する今の実家は、俺にとって今や鬼門でしかない。


「後援会の解散の危機だからよ。」


 俺の先ほどの質問に対しての母の答えであるが、俺はその答えにもっと混乱させられたと言ってもよい。


「来年の六月で参議員の任期は切れますけど、七月の選挙は固いでしょう?おまけにクリスマスの欧州へ外遊だと父さんは浮かれて旅立ったじゃないですか。そんな充実した議員生活を謳歌しといて、それでどうして危機ですか?脅迫状も一度きりでしょう?どんなものだったのか見せてもくれないどころか、その日の天気のように語って怯えている様子も見受けられませんでしたけどね。」


 ギロっと母は俺を睨んだ。

 俺が父を心配して父の車を壊したことを思い出したのだろう。

 ガソリンを載せている車は簡単に爆破できる。

 ドライブ好きの男を殺すのなら、車に細工は最適の手段だ。


「その事はいいわ。美佐子と幸次郎のせいで、お父様は引退したいと言い出しているの。ご自分が引退されて、この家を幸次郎達に譲って隠居したいってね。後援会はそれならば解散するって、幸次郎の後押しはしないと申し入れてきたの。」


「後援会が解散したら新しいものを幸次郎が作ればいいのですよ。彼は父さんの後援会で肩身が狭いって嘆いているじゃないですか。それに父さんは母さんを悩ませたくないだけですよ。ここにいる限り美佐子の嫌がらせを母さんが受けるでしょう。大事なものを持って新天地、良いじゃないですか。」


 母は大きく息を吐き出した。


「あんな人だとは思わなかった。」

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