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黒猫は金魚鉢をひたすら覗く  作者: 蔵前
七 間違えている女性解放論者
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美佐子の学友

 長谷の言うとおりに運転して辿り着いたのが、俺も知っている後援会の篠崎昇太郎の孫夫婦の家であった。

 この家の子供であれば、母は絶対に犯罪があっても隠し黙り続けるだろう。

 がっくりとしながら、俺は思い出して顔を上げた。


「この家には赤ん坊はいないよ。三人とも小学生だ。」


 助手席の長谷は篠崎家の玄関を眺めているが、それは既成感を宿した瞳、というか、やるせなさそうな目の表情ともいえるものだった。

 がっかりだよ。

 そう言っているような。


「どうした?」


「うん?嫌だなあって。困っちゃうよね、間違った女性解放運動の提唱者ってさ。彼女達は女性性の解放が不特定多数の男性と行為をする事だと思っている。自分は自立していくために結婚もせず、男にも頼らず、そして、その行為によってできた子供は自分が責任を持つ。立派だよ。ああ立派だね。なんて、男に都合が良い女性になっちゃってんだろうってさ。カタツムリみたいに単性生殖なんかできないんだからさ、作った二人で責任を持ち合いたいって主張しあえることこそ対等な関係だろう?自分の身体だからこそ、自分が決めた相手にしか体は許さない、という選択こそ女性が本来他者に認められるべき尊厳で権利だと俺は思うのだけど、それこそ俺が古い男尊女卑な男だからかな。」


「さあ。俺は言いたい事言って好きなことをしていればいいと思うけどね。全員が全員同じ考えになる必要もないだろう。馬鹿をやって馬鹿を見て、それを自分で始末できればいいんじゃないの。」


「君という男は。ああ、そうだね。好きにしているもんね。はあ、竹ちゃん、俺をあの篠崎家に紹介してくれるかな?本庁の殺人課と謳われる捜査一課の、それまた組織犯罪係の長谷刑事だって。」


「この町で組織犯罪が?」


「だったらまだ良かったね。内容はもっとくだらなくてどうしようもないよ。君の義妹もこのくだらない交友関係で碌で無さが花開いたのかもしれないね。さぁ、挨拶だ。」


 彼は勢いよくドアを開け、飛び出すように降りるや玄関へと向かった。

 俺は急いで車を完全に停車させて、彼の後を追いかけた。

 追いかけて、篠崎の孫夫婦の嫁には、教鞭に立つ妹がいたことを思い出した。


 神野裕子かみのひろこ


 美佐子と同じ年齢であり、弟と結婚した当初は、違う、俺との婚約中に美佐子がつるんでいたのが、神野裕子を中心とした同じ女学校に通う面々だ。

 彼女達は同窓生であったと、俺はここでようやく思い出したのだ。


 俺は彼女達に紹介され、ティールームで彼女達全員に奢らされ、その上そこに士官学校の制服でなく私服で来たからと、美佐子に茶を零されて大事な本が駄目にされかけたのだ。

 俺が苦心の末にようやく手に入れた、当時には最新となるトランジスタに関する論文が載った科学誌である。


「長谷、美佐子にお前の言う神野裕子、そして奥山正の姉の奥山光子とこの先の立花の嫁、それから、もう町内にいないが小林ゆう子が同じ女学校の仲良しグループだったよ。俺は彼女達が全く同じお揃いばかり持つ事に薄ら寒ささえ感じていたけどね、彼女達がそれで何をしていたって言うんだ?」


 長谷は肩越しに振り向き、「あとで」と口だけ動かして玄関前に立った。


「頼むよ、竹ちゃん。犯罪にしないで終わりにしたいでしょ。」


 俺は長谷の隣に立ち、声高く家内の者を呼んだ。

 中からは赤ん坊を抱いた篠崎友枝が応対に出てきた。

 俺は長谷の頼んだ紹介、彼をさも権威がある怖い警察官のように彼女に紹介をすると、長谷はにこやかなまま、だが有無を言わせずに玄関に上がりこんだ。

 俺は溜息をついて、頼まれていた長谷の後押しへと後を追うことにした。

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