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黒猫は金魚鉢をひたすら覗く  作者: 蔵前
六 ラムネ君
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青い鳥は幸運の印

「兄は怠け者ですか?確かに何でもできるから苦労知らずに見えますが、彼は努力家で人一倍働き者でもありますよ。」


「家の仕事をしない子でも、眠くなったら自分の布団を敷くでしょう。それも、できる限りいい眠りができるように丁寧にぴしっとお布団を敷くの。無理矢理やらされた仕事は、後で文句ややり直しを命じられないように必要以上に、それも相手が二度と頼みたくなくなる悪戯も添えて完璧に仕上げるの。」


「確かに!」


 大きくハハハと笑った青年は,そのまま片手で両目を隠すと暫く静に動きを止めた。

 私は涙に暮れる彼から目を逸らして、その間はサンルームを見回した。

 自分本位の私に人を慰められないから、私には傷ついた人をそっとしておくしか出来ないのだ。


 手に持ったラムネを飲み、……もう無い。


 ラムネはすぐに無くなる。

 幸次郎を放って食料庫にラムネを奪いに行こうか、私は考えた。

 一日三本までと耀子に約束させられているというのに、今日はもう二本目だ。


 キーイキーイキーイ。


 突然の鳥の鳴き声に、パッと幸次郎が立ち上がった。

 立ち上がった今の彼は、数十秒前の落ち込みなどが消えていた。

 ただ好奇心だけの少年のような顔で、温室となったサンルーム内をキョロキョロと見回しているのだ。

 涙の跡など無いくらいに、今や目が輝いているではないか。


「どうしました?」


「え、あ、すいません。オナガの声が間近くで、それも室内で聞こえた気がしまして。」


 植物の間にそっけなく置かれている、逆さまにされたミカン箱を私は指で指し示した。


「そこにいますよ。父が大学で拾ってきちゃって。」


 幸次郎は私が止める間も無くみかん箱の前にしゃがみこみ、そして中を楽しそうに覗きはじめた。

 寝癖の残る後頭部が見える後姿は、まるで幼い子供のようであり、彼のその姿は、私をほっぽって車のエンジンを弄り倒している恭一郎の姿に重なった。


「ああ、きっと秋に巣立ったばかりの若いオナガだ。どうしたのですか?これは。」


 振り返った幸次郎は、物凄く嬉しそうな顔と声で私に尋ねてきた。


「さあ?カラスに負けたのか怪我をして大学の畑に落ちて来たそうです。傷は塞がったけどもう飛べないから自然に帰せないそうなの。父が昨晩大学から連れ帰って来たのですけどね、どう飼ったらいいのかわからなくて。」


「僕が飼っていいですか?昔に巣から落ちたオナガの雛を育てたことがありますから。」


「どうぞ。」


「ああ!このままじゃこの子にいけないから、僕は鳥籠を買ってきます!」


 彼は嬉しそうな声で宣言するや、それは物凄い勢いで温室を飛び出した。

 そして、その数十秒後には、外から車のエンジン音だ。

 それも、誠司が車を動かす時のような、盛大で騒々しい発進音である。

 つまり物凄く乱暴な発進。

 音による振動で、机の上の幸次郎の飲みかけのラムネがカタカタと揺らいた。


「平気よ。兄弟なんだし。」


 私は誰も見ていないからと、すっと幸次郎の瓶と自分の瓶を取り替えた。


「サラちゃん、幸次郎がどうかしたの!」


「ひゃっ。」


 車で飛び出して行った息子を心配したらしく、百花がサンルームに飛び込んできた。

 なにしろ幸次郎は離婚で傷心の筈だからだ。

 義母は息子を心配しすぎて、哀れなほどに蒼白だ。

 私は再びみかん箱を指差した。


「鳥かごを買いに行きました。彼があれを引き取ってくれるそうで。」


「あら。まぁ。」


 義母はなぜか口元を手で隠して嬉しそうな笑い声を上げていたが、後から入って来た相良は私を変な目で睨んだ。


「本当に悪い子。」


 私はそ知らぬ顔でラムネを飲んでごまかした。

 傷心の義弟に厄介な生き物を押し付けた事に罪悪感が沸くわけがない。

 父に世話を押し付けられたが、私が好きな鳥は、焼き鳥になった者達だけだからだ。

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