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黒猫は金魚鉢をひたすら覗く  作者: 蔵前
六 ラムネ君
23/60

サンルームにて

 一階に降りるとすぐに食料庫を強襲し、そこからラムネをラッパ飲みしながら歩く私に呆れながらも、彼自身もラムネを飲みつつ私の後を歩いてきた。


「こんな無作法、子供の時以来ですよ。」


「家の中でぐらい、好きにすればいいじゃない。」


「あなたは兄に似ていますね。」


「耀子ママに言わせると、私達はケダモノなんですって。」


 後ろで若者らしい笑い声を聞いた気がしたが、振り向いたら真面目な顔の幸次郎だった。


「すいません。」


「笑ったままでいればいいのに。」


「すいません。」


 彼は寂しそうに目線を落とした。

 なんてナイーヴ。

 そういえば、私は幸次郎が恭一郎のように笑った顔を見たことがない。


 一階の食事室には長方形の居間が続き、そして円形のサンルームが居間に続く。

 父が相良家に居候をするようになってから、このサンルームには父の趣味で研究中の植物が置かれるようになり、居間との境界には今まで無かったガラスドアが設置された。

 植物を置くと小さな虫が発生しやすくなる上に、温度管理にはドアがあったほうが良いからだ。


 後者の理由は、虫を嫌がる相良家の女中を含む女性陣の為に誠司が父を誘導してガラス扉を設置させた時の口上だ。


 そう、ドアの設置代金は父が支払った。

 誠司はやり手なのだ。


 幸次郎は私に案内されたその部屋に驚いて、そして想定外の事を口にした。


「素晴らしい。」


 昔はすっきりした素敵なサンルームだったのに、今では南国の果実を実らせた様々な植物とシダ植物に占領されてしまった部屋を見回して、幸次郎と自分は趣味が合わないかもと感じた。


 自然は外にあるからいいのに。


 辿り着いたこの部屋を、幸次郎は感激極まった顔つきで見回している。

 私は実験室となったがためにティーテーブルが消え、代わりに部屋の隅に置かれた学校机のような小さな机の側までそんな彼を横目に歩いていった。

 小さな机には背もたれの無い小さな円筒形の木のスツールがちょこんと二客置かれている。

 ひとつに腰掛けると、礼儀の固まりの男が直ぐ側に来ていた。


「ここでこれに座って飲むのですね。」


 彼は子供用に近い小さな椅子におっかなびっくり腰掛けた。


「そう、気分転換になるでしょ。それで恭一郎はなんて?」


 結婚式以来の彼は、変な部屋に連れ込まれた上に、私の突然な乱暴な物言いに酷く驚いていたが、恭一郎の弟らしく立ち直りが早かった。


「えーと、それはお義姉さんがどうしているか尋ねるように僕が言い付かっているかどうかですか?」


「違う。あなたと義母は此処に滞在するの?そうするように言った?」


「えぇ、そう申しました。ですが、ご迷惑でしょうから僕のアパートに母を連れて戻りますよ。」


「駄目よ。絶対に居座りなさいよ。ここは部屋数も設備もホテル並ですからね。まぁ、アールデコで目がチカチカして煩いけどね。」


 幸次郎はようやく朗らかに笑い出した。

 笑うととても恭一郎に似ている。


「邪魔じゃないのですか?スキャンダラスな僕達ですよ。」


「スキャンダルだからこそ心配した夫が来訪できるじゃないの。彼は今、相良邸に立入り禁止なの。ご存知でしょう。」


「知りませんでした。ああ、締め出されたってそれか。それで念を押すように居座れと。兄は僕を心配しているのかと思っていましたが、違ったのですね。」


 兄と違いかなりナイーヴらしき幸次郎が、兄の行為が自分への心配では無かったと思い込んで寂しそうに目を伏せた。


「心配しているでしょう。そして妻にも逢いたいの。彼は怠け者だから、いち時に全部を済まそうとするのよ。」

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