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黒猫は金魚鉢をひたすら覗く  作者: 蔵前
六 ラムネ君
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傷ついている義弟

 恭一郎の母、私の姑が突然我が家にやって来た。

 耀子と私の結婚で知り合うや耀子と無二の親友になった彼女は、やはり私を耀子のように娘同然に扱う。

 私は優しい母親が増える事に何の異議も無いが、二人して恭一郎を苛めるのはちょっと困る。

 義母の百花ももかは、あんなに長男の恭一郎を可愛がっていたくせに。


 今朝は女中が置き忘れたのか、居間のソファに週刊誌が乗っていた。

 朝食後の私達はその週刊誌を開き、竹ノ塚家のスキャンダルを知ったのだ。


「凄い。美佐子さんやるわね。でも、幸ちゃんの方がいい男なのに。彼女は男を見る目がないわね。」


 耀子は家では勝手に幸次郎を「幸ちゃん」と呼んでいる。

 恭一郎が「あの馬鹿」「ろくでなし」「ケダモノ」呼ばわりなのとは偉い違いだ。


「恭一郎の方がいい男です。」

「ケダモノは黙っていなさい。」


 ケダモノではない一般的な感覚を持つ耀子は、幸次郎の真っ直ぐな少年のような所が清々しくて好きなのだそうだ。


「誠司は樽で寝かせている最中の最上のウィスキーで、幸ちゃんはラムネみたいな子よね。」


 私は耀子の言葉に、相槌どころか頭の中がラムネ瓶だけで一杯になった。


「ママ、ラムネ買って。ラムネ飲みたい。今すぐラムネ!」


 そして午前中には我が相良家の食料庫にラムネの大量のケースが積み重なり、物凄く邪魔になったと私は女中達に嫌われた。


 さて、来訪した義母は恭一郎の弟も連れて来ていた。

 いや、正しくは幸次郎が義母を連れて来たのか。

 幸次郎は恭一郎の二つ下の、二十七歳の若き都議である。

 背は恭一郎より少し高く、顔立ちも体つきも似ているが彼よりもがっしりした印象だ。


 だが、今までの邂逅で私達が知る彼は、都議先生としてはとても内向的であり、政治家というよりは父の同僚の学者のような人であった。

 そこも耀子には清々しく感じるのだろうか。


「あら、あら、幸ちゃんも寝かせたらいいお酒になりそうね。あんなに傷ついた顔しててもシャンと立とうとする心意気が可愛いわ。」


 玄関ホールにて母親を支えるように腕を廻し、自身も疲れきり傷ついた顔つきで身だしなみが崩れている今の姿は、耀子の琴線に触れたようだ。

 彼女はうきうきと竹ノ塚親子を持て成しに向かった。


「百花さま。いらしてくれて嬉しいわ。さぁ、さぁ、私の二階のサロンにいらっしゃって。」


「耀子さま、ご迷惑でしょうにありがとうございます。」


「何を仰いますの。私達はお友達でしょう。」


 二階のサロンでは耀子と義母は女同士で語り合い慰め慰められ、そこに同席していた幸次郎は女達が盛り上がっていくのとは反対に、何も話さずどんどんと暗くなるだけだ。

 義姉として義弟を思いやり、女の話に入れないからだと幸次郎を部屋から連れ出す事にした。


「父が実験場にしてしまったサンルームでお茶はいかが?変な虫も時々出る南国を体験できる変な部屋よ。一階に戻らなければですけど、いいですか?」


「もちろんです。」


「あ、途中でラムネを食料庫から取って行かなきゃ。幸次郎もラムネの方がいい?」


 幸次郎は既に私と彼の茶器を盆に乗せ終っていた。

 そして、困ったような顔で私を見つめた。

 恭一郎とは違った意味でマメな男だ。


「せっかくだから、それも持って行く?」


 幸次郎は盆に目線を落とし、ティーテーブルに盆を戻した。


「ラムネにします。」


 耀子が噴出した訳を幸次郎に説明する必要になる前に、私は彼をサロンから連れ出した。

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