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黒猫は金魚鉢をひたすら覗く  作者: 蔵前
五 竹ちゃんの実家
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弟は大丈夫だよね?

「あなたが浮気でもしてさっさと財産を譲って離婚してくれたら世間体が良かったものを。どうして私に面倒をかけるの?お陰で私が笑いものよ!」


 俺も弟の妻だった美佐子の言い分の意味が、今もって本気でわからないのだ。

 夫であった弟には、きっとかなり堪えていることだろう。


「俺が好きなことをして遊んでいられるのは全部お前のお陰なんだよ。だからね、もういいよ。好きな事をお前もしてくれ。家を潰したってかまわないよ。」


 弟は俺から目を逸らし、ルノーに寄りかかるとぽつぽつと語りだした。


「兄さんはいいよね。好きなことを知っていて。僕はね、好きなことがわからないんだ。自分がわからないんだよ。どう生きればいいのかって事もわからない。それで都議なんて笑えるでしょう。」


「俺も生き方なんてわからないよ。どう生きればいいなんてね、俺の方が知りたいくらいだ。生き方を知らないから俺は生きていられる気がするよ。」


 弟は再び顔を向けて俺の良く知っている顔で微笑んだ。

 あの日の顔。

 俺はいたたまれなくなり、俺よりも背の高い弟の頭をつかみ自分の肩に押し付け、十数年ぶりに弟を抱きしめたのだ。


「大学に戻るか?お前は美佐子との結婚後も大学に通い続けることは許してもらえたけれど、院に上がることは諦めただろう。お前は鳥博士になる予定だったじゃないか。」


「兄さんが機械博士でね。それも分解専門の。」


 腕の中で幸次郎は俺に言葉を返すと、幼い頃を思い出すような、遠いところを見つめる表情を浮かべて俺の腕から離れた。


「どうして僕はあんなにも鳥が好きなのだろうね。」


 彼は十姉妹や文鳥に九官鳥と、沢山の鳥たちを育てていた。

 戦争が始まるまで。

 人間が食べるものが無くて死ぬ時代だ。

 彼は放しても生きられないことを知りながら、飼っていた鳥を全て放したのだ。


 雛から育てた、彼の子供同然の生き物達を。


 彼の絶望の顔を見守るだけで、俺はあの日、彼に何もしてやらなかった。


「母さんを相良の所に連れて行ったら、お前も帰らずにそこに残れ。一泊どころかあそこに居座れ。仕事はそこから通えばいいだろ。お前がいた方が母さんも気楽だからね。着替えは心配するな、あの家は富豪だ。」


「兄さん?」


「あそこは俺を締め出した鬼婆がいるからね。弟のお前が面倒をかけて報復して来い。」


 弟は俺に軽く微笑み返すと車に乗り込み、母と共に去っていった。


「兄弟っていいね。」 


 駐車場で弟達を乗せたルノーを見送る俺の後ろから声が掛かった。

 長谷が署内から出てきていたのだ。


「あれは残ったりしないかい?弟を中毒にしたくないよ。」


 両眉を上下させた男は、自分のコートの上から背広の胸ポケットを軽く叩いた。


「ただの興奮剤だって、大丈夫。君は美佐子に本心をぶちまけて欲しかったのではないの?かなりいい声で騒いでいたね。言い分が面白くって腹筋が痛いよ。」


「幸次郎達に何時の間に飲ませたの?さすが幸運の男だね。それで、母にした質問の意図を教えてくれるか?皆川の子供かどうか聞かずに、見覚えがあるかって、何だ?」


「会話を記録している記録係がいるのよ。地獄耳のね。皆川の子じゃあないのに、皆川の子ですって証言されたらお終いでしょ。俺が知りたいのは子供がどこの子か、町内会の子なのか、だけだからね。」


 母が見覚えがあるというのならば、確実に町内会の、それも母の知っている家の子供だ。


「君は最初から皆川の子供じゃないって確信しているんだね。」


「さぁ、お出かけしよう。運転手さんは車に乗って。」

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