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黒猫は金魚鉢をひたすら覗く  作者: 蔵前
五 竹ちゃんの実家
20/60

貧乏籤の弟

 普通の神経の男ならば、自分の母親はもとより、女性を遺体安置所に連れて行くべきではないだろう。

 そして長谷は俺よりも人間味があったからか、所轄には事前に連絡をしていたようで、俺達が面会する赤子の遺体は別室に安置させていた。


 けれども、それで哀れさがなくなるものでは無い。


 大人の遺体よりも赤子の遺体の方が不幸で悲しみを呼び寄せるものだと、俺は赤子の遺体を前にして思った。

 血の通わない小さな遺体は、柔らかい黄色の脚まで包むタイプのベビー服を着せられて横たわっていた。

 ベビー服から出ているのは、小さな手と小さな頭部だけである。


「あぁ。」


 大きな板の上に置かれただけの、数時間前までは命あるものだった赤子を目にした母は揺らぎ、俺は母を腕に抱き止め、目の前の悲惨なものから少しでも彼女を隠せるように彼女を覆った。


「母さん。辛かったらいいですよ。」


「駄目。この子のために頑張ってもらって。お母さんが壊れたら君が支えればいい。この子は誰にも庇って貰えなかった命だからね。」


 微笑を顔に浮かべた刑事の酷い言葉を受け、母は何かを決意したかのようにグッと体に力を込めたのを俺の腕の中で感じた。


「見ます。大丈夫よ。この子が皆川さんのお孫さんかどうか確認すればいいだけよね。」


 母は俺の腕から出ようとしたので、俺は反射的に彼女を自分に引き寄せた。


「恭一郎?」


「支えるぐらいさせてくださいよ。」


 母は幼い頃に俺に向けた微笑で返し、俺は母の肩を抱いて一緒に小さな遺体の前に出た。

 一目見て、誰の子か見間違えることのない顔であったことがわかった。


 赤ん坊の鼻と上唇の間には、小さな傷痕が残っていたのだ。

 兎口みつくちの手術痕である。

 そして、子供は殺されたのだと確実に理解した。

 赤ん坊のよくある窒息でではない。


「叩きつけたのね。赤ん坊を。頭がこんなに潰れて。」


 自然と赤ん坊をなでようとした母の手を掴んだのは長谷だ。


「遺体には触らないで。それで、この子はこの町内で見覚えのある子ですか?」


 母は長谷の質問に目を見開いて確認するように彼を見つめ、そして何かを了解したかのような顔つきになると「はい。」と答えた。


「ありがとうございました。」


 そして俺は長谷の言うまま、母を実家に帰さずに呼び寄せた弟に相良の家に連れて行かせることにした。

 俺は此処まで弟のルノーで勝手に来たので、代わりに弟に俺のダットサンを運転させて持って来させた。


「古い車のくせに走りがしっかりしているね。さすが兄さんの直した車だ。」


 母親を自分の車に乗せた弟は、運転席に戻らずに俺に笑いかけた。

 幼い頃によく見た、泣くのを我慢している顔で。


 彼が褒めてくれた俺の愛車、15T型のこの古い車は俺が帰国した時に父が生還祝いだと買い与えてくれたものだ。

 但し、壊れて動かないという注釈つきで。


 我が家では母の衝動買いの絵の支払いが、まだ家計に響いていたのだから仕方がない。

 そして、俺はこの車を直す事で自分も再生したのだと、弟の辛そうな顔を見ながら思い出してもいた。


「外側だけが古い状態なんだ。実はね、試作のエンジンに載せ替えてあるの。投資もしていて、俺は株主なのにねぇ、割り引いてくれないの。かなり搾り取られたよ。」


 弟は先程の離婚劇が、いや言葉での殺し合いが響いているのか、疲れたように笑っただけだ。

 俺は自分の責任を全て押し付けて来た弟に対して、後悔と罪悪感で胸が酷く痛んだ。

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