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黒猫は金魚鉢をひたすら覗く  作者: 蔵前
四 竹ちゃんの現場
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無いはずのものがあり、あるはずのものがある

 俺と今川巡査がようやく二階の部屋に入った時、長谷は長男夫婦の寝室を漁っている最中だった。

 二階の六畳間に四人家族が納まっていたとはと、俺は溜息が出た。


 一組の布団は押入れに入れられずに畳まれている。

 押入れの中は夫婦と子供達の荷物で溢れかえっているからだ。

 この家の稼ぎ頭は長男であったはずだ。


 老夫婦についてきた日雇いの配管工の次男が一階の八畳間に一人とは、俺だったら耐えずに殺しているな。


「次男を殺してそれで心中か?」


 押入れや箪笥の引き出しを開け、目的があるようにして何かを探して漁る刑事の背中に尋ねた。


「竹ちゃんは弟の裸を見たいか?」


「そんなわけ、あぁ、逆なんだね。」


「どういうことですか?若様」


 俺は今川を見返して睨んだ。

 しかしこのしつこい男は、俺に睨まれて尚更に目を輝かせた。


「次男が家族殺して有頂天になっていたら、共謀していた愛人か恋人に殺されたってことなのかもね。箪笥預金や通帳が残っていたら次男ではないってことかな。」


「さすがです。若様。」


「君の口を塞ぐには、俺はどうしたらいいのかな。」


「あんた等やめてよ、後ろで漫才。」


 笑いながらバシンと箪笥を閉めた男は、振り向くと両手を掲げた。


「無いね。何もないね。あるはずの物まで無い。」


 そして彼は部屋をすっと出て、今度は一階の老夫婦の部屋に向かうという。

 もちろん一般人の俺と巡査も、廊下の血痕を踏まないようにしながら彼の後に続いた。


 日当たりのよい部屋は広々として、先程までの狭く暗い二階の情景が一層物悲しく感じられて思い出された。

 そして、なぜかこの部屋だけは外の血の惨劇の痕跡もないくらい静で穏やかであった。


 そんな明るい部屋でも長谷は何かを探し続けている。

 長谷が漁る箪笥の上にはフランス人形やみやげ物の小物が置いてあり、長男夫婦の結婚写真らしき物もその間に飾ってあった。

 角隠しの打ち掛け姿の花嫁の肩に袴姿の若者が片手を置いている、よくあるポーズの写真だ。


「今川君、あれが皆川の長男夫婦?」


「そうです、そうです。奥さん綺麗な人でしたから可哀相ですよね。」


 俺達の会話に長谷は顔を上げてその写真を眺め、そして写真立てをパタンと倒した。


「どうした?」


「うん?もう亡くなっている人でしょう。感情移入したら勘が鈍るからね。」


「君が?それで、君が一所懸命探している物はなんだい?」


「ウーン?色々。」


 鼻歌を歌うように答えて、そこでもないと気づいたか、今度は次男の部屋へ向かう。

 この老夫婦の部屋の隣だ。

 同じように明るく広々しているが、怠惰な生活が窺い知れる汚れた部屋で、敷きっ放しの布団がだらしなく乱れていた。


 そればかりではなく、此処が惨劇の始めであると誰もがわかるだろう。

 赤く染まった乱れた布団を中心に被害者の血痕がそこら中に散っている。

 布団で寝ていた男は包丁か何かで切りつけられ、慌てふためきながら部屋を出る。

 逃げようとして必死に襖に手を当てたのか、、血まみれの手の跡が襖にべっとりと残り、天井には振り上げた凶器から飛んだ血が、星空のように点々と散らばり、照明の傘にも飛んでいた。


「ねぇ、どうして殺人があって、それなのに全く家宅捜査していないの?現場検証していたのは玄関ぐらいだったでしょ。」


「あの、自分にもわかりかねますが、杉並署の熊笹さんが被疑者死亡だからいいと。長谷さんが先程言われたとおりに、この家の中の物には触るなと熊笹さんに厳命されています。」


「あぁ、流石。あとで挨拶しないとね。」


 今川巡査の返事に長谷が納得した声を出し、巡査に悪魔の微笑を向けた。


「君は何が起こったのか知りたい?上に叱られても。」


「勿論です。」


 即答した若き巡査に長谷は鼻からふっと息を吐き出すと、しゃがんで敷布団を剥いだ。


「雑誌ですか。それも扇情的な。」


 長谷は純情そうな今川巡査に微笑みを浮かべた顔で見上げると、その扇情的な雑誌を一冊取り上げて適当なページを両開きにした。

 扇情的という形容詞が上品過ぎるカストリ雑誌で、長谷が開いた大また開きの女性と男性の絡みが写っているページには馬券などの負けた賭博の切れ端が挟まっており、そこには借金の借用書の写しもあった。


「家族殺しの動機のひとつはこれだね。借金返済か遊ぶ金欲しさの短絡的行動。」


「ひとつはって、まだあるのか?」


「所轄の刑事が持って行っちゃった可能性もあるけどね、言ったでしょ、あるはずのものが無いって。生まれて半年の赤ちゃんの母子健康手帳が無いんだよ。へその緒もね。」


「あの、それが何か?」


 長谷は疲れた老兵の顔つきになると、若い巡査に諭すように口を開いた。


「赤ん坊はすぐ死ぬんだよ。顔に毛布が掛かっただけでも窒息死だ。子供を殺してしまった母親は、自分の罪を隠すためか単純に本能が求めるのか、他人の子供を盗むのさ。」


「盗まれた子供を見つけても、親のない子になるから探すなと?それで捜査が行われていないのですか?」


「違うよ、今川君。たぶん裸の被害者が梅毒に掛かっている可能性が高いから、不用意に室内を触るなってこと。血塗れの現場でしょ、ここ。」


 今川はひゃぁっと叫んで、細い体をもっと細くなるくらいに縮こませた。


「だから言ったでしょ、上に叱られるよって。僕とバカ様とのランデブー、怒られるから上には黙っていなさいよ。」

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