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黒猫は金魚鉢をひたすら覗く  作者: 蔵前
四 竹ちゃんの現場
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行こうか?

 俺は恥を晒しても生き残りたかったのだと回顧し、わざとらしく脚をさする長谷を見返して鼻を鳴らして答えた。


「そんな事をしても無駄だよ。俺は全くその傷に罪悪感など無いのだからね。」


 俺の物言いに、左の片眉を器用に動かして涼しい顔で長谷は言い放った。


「俺は竹ちゃんのそういうところが好きだよ。」


「ろくでなしの俺ならいつでも裏切れるからね。君は情報将校だった割には情が深いよ。戦況が見えてどうでもいいからって、本隊のろくでなし上官を血祭りに上げて降格されるなんてね。降格が目的なら幾らでも方法があったでしょうが。下手をすればその場で銃殺だったでしょう。」


 熟練兵は俺の言葉に目尻に皺を寄せて嬉しそうに嗤うが、その童顔の顔には血なまぐさい過去の片鱗など感じさせない。


「どうせ死ぬならやりたい事をやって死ぬのも一興でしょう。でもさ、殺すなら頂戴って、君に引き取られるとは思わなかったけれどね。」


「田辺が使える男だからって強請るからね、仕方なく。君達は特に仲が良かったよね。」


「知らなかったの?俺の最初の副官が、彼。彼は俺を幸運の男なんて皮肉るけどね、俺に言わせれば彼こそが幸運の男だよ。大吉って名前どおりにね。一緒に警察に入ってくれれば、きっと俺はとっくに警部になれていただろうねぇ。」


 長谷は「出世」を口にして情報を集めて勝手に動き回っているが、本当は政府転覆を願う集団がいればそこに身を落とすつもりだろうと俺は考えている。

 長谷は華々しく玉砕することこそ生きる目標にしているのではないか、と。


 長谷が戦地にいる間に東京大空襲により、彼は両親も妻子も失ったのだと田辺に聞いている。

 出兵前に式を挙げ、戦地にて子供の誕生を知り、そして、会うこともなく失った命。


「それでさ、竹ちゃん。あんたの言う杉並の事件はもう解決しているよ。」


「うそ。」


「ほんとう。連続殺人じゃなくてね、最初の被害者が物取りによる犯行。美人局かな。女のヒモに殴られ過ぎて被害者が死んじゃっただけだよ。強盗犯が逃げた後に、連れ込み宿の店主が死体を適当に近くの用水路に捨てたってだけ。犯人も連れ込み宿の店主もお縄にしてある。」


「未解決じゃなかったの?」


「未解決なのは被害者の身元だけだね。顔が判別できないぐらいのボコボコでさ。それから第二の事件は、唯の腹上死。売春婦か秘密の恋人か、とにかく女と性交中に事切れただけだね。奥山は心臓の持病持ちだったよ。唯の病死。どちらの事件も被害者側の事情が恥ずかしいから公にされていないだけで、そう、どちらも解決済み。」


「所轄の事件なのに詳しいね。」


「世の中には電話ってものがあるのだよ。明智君。」


 俺は大きく舌打をして長谷を大いに喜ばせた。

 長谷は俺の電話を受けた後に、杉並の所轄にいくつか電話を掛けて事件の確認をしていたようだ。


「事件は解決しているのに、どうして竹ちゃんはがっくりしているのかな?」


「もっと面倒な事態じゃないか。事件が解決していなければ、解決の方向性を見せることで町内会のざわめきを治められたのに。友引に殺人が起こるって怯えている人達をどうやって治めればいいの。」


 俺は両足の間に立てかけてある愛用の杖に両手を乗せて、その上に顎を乗せた。

 一気に落ち込んでしまったのだ。


「友引に殺人が起こらなければ大丈夫でしょ。」


「いつだって人は死ぬのだよ、怪人二十面相。毎日人は死んでいる。今や町内で友引に死んだ人は全てその恐怖のカテゴリに入って思考停止してしまう。すると便乗殺人も起こりうるでしょう。実際昨夜亡くなった皆川知徳みながわとものりという若き配管工は既に友引の呪いにされてそれでお終いだ。」


「え?それは所轄の担当刑事は言ってこなかったよ。病死じゃないの?」


 俺は背筋を伸ばして驚いている元情報将校を見返すと、彼に爆弾を落としてやった。


「滅多刺しの上、全裸で自宅の玄関先に転がっていたそうだ。」


「嘘う。」


「ほんとう。」


 本庁刑事は首が折れるかという勢いでかっくんと天井を見上げて、しばし目を瞑った。

 目を開けた数秒後に、彼はいつもの顔つきで俺を見返した。


「竹ちゃん。俺も一緒に外回りするわ。」


「千代子の事件はいいのか?あっちも解決しているのか?」


「あれはね、ちょっと組織だった奴らが関係しているからね。だから所轄でなく俺達本庁さんの事件なの。冗談でなく千代子はしばらく危険かもしれないから面倒をよろしくね。じゃあ、行こうか、竹ちゃんの現場。」


「その言い方はやめて。」

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