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黒猫は金魚鉢をひたすら覗く  作者: 蔵前
三 千代子様
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我妻は?

「もう大丈夫か?」


「半分寝ながら叫んでいるだけだからね。あやせば直ぐに寝なおす。」


 誠司はそこから冷蔵庫へとそのまま歩いていき、冷蔵庫を開けるとビールを取り出した。

 田辺は彼のその動きに阿吽の呼吸のようにして、俺達のコップを用意している。


「君は子供の扱いに手馴れているよね。」


 ゴトっとビール瓶をテーブルに置いた彼は、俺の言葉に口元を歪ませた。


「ガキは夜中に泣くものだろ。」


 当たり前のように口にする誠司に、俺は俺が見捨てていた頃の更紗が思い浮かんだ。

 彼女は父親の行方不明で、金持ちの娘でありながら金もなく、家に一人取り残されていたのだ。

 誠司はそんな彼女と出会い、彼女を妹として守り、父親の帰宅を頑なに待つ彼女のためにその家に一緒に住んでいたのだと聞いている。


「更紗も泣いたか?」


「あんたの世界は更紗しか居ないのかよ。あれは泣く位なら夜中でもバット持って仕返しに飛び出すような馬鹿だから、俺はもっと大変だったよ。」


 はぁ、と嫌味たらしく息を吐いて彼は椅子に座り直した。


「それで、俺に内緒って。」


「タベちゃん、言いだしっぺのあんたがこの更紗馬鹿に説明してやってよ。疲れている俺はビール飲んでさっさと寝たい。」


 彼はビールの栓を抜き、田辺から渡されたコップにビールを注いだ。


「いいの?言っちゃって。」


 田辺は誠司から瓶ではなくビールを注がれたコップを渡されて、受け取った田辺も席に着いた。

 誠司は再びコップにビールを注ぎ、今度は俺に渡す。


「誠ちゃんは紳士で優しいの。」


 母の声が頭の中で響いた。


「じゃあ、バラさなきゃ良かったじゃない。いいよ、俺が言うから。」


 ぽつっと呟く様に言いながら、誠司は瓶のままビールを飲みだした。


「あ。」


「何だよ。いいだろ。俺は疲れているんだよ。」


 再び瓶ビールをグイっと飲むと、瓶をテーブルに戻さずに、今度は瓶の底を腿に押し付けた格好で瓶の口元に両手を添え、彼はそこに顎を乗せた。


「ごめん。竹ちゃん。」


「いいよ。ビールぐらい。」


「違うよ。ああ、もう悪かったよ!ビール独り占めして!で、俺が言いたいのは、更紗に怪我を負わせちゃって、ごめんって奴。」


「え?」


 がたっと俺は立ち上がったが、誠司は俺に座るように手をヒラヒラとさせた。

 俺が座りなおすと、誠司はビールをグイっと飲んでから瓶をテーブルに置き、それから言い難そうに口を開いた。


「たいしたこと無い。砂糖壷ぶつけられて庇った左腕を切ったくらい。子供の力だしね。たださぁ、耀子が怒り狂っちゃって千代子叩いた。俺は叱るよりも千代子を庇っちゃってさ、俺も千代子も相良のお家に出入り禁止になっちゃったの。だから更紗の本当の怪我の具合を知らない。」


 ガタっと音を立てて、今度こそ俺は完全に椅子から立ち上がった。


「隊長、子供のすることですから。」


 田辺の声で彼を見返したら、とても慌てた青い顔をしていた。

 俺はそのまま台所を出ようと動くと、俺よりも背が高い誠司が俺の背に抱きついた。


「ま、まま、待って。駄目、子供には優しくって。殴るなら俺、俺を殴っていいから。」


「何を言っているの。電話を掛けに行くだけだよ。更紗の具合を聞きたいでしょ。」


「あ、そうか。竹ちゃん面会禁止だけど電話だったらいいものね。」


 俺は間抜けな男二人を残して電話台へと向かった。

 実のところ、俺は電話も禁止されている。

 老獪な鬼婆が察したらしく、長電話が更紗の体に触るだろうから電話を掛けてくるなと、俺は事前のお達しを受けているのだ。


 あの糞婆。


 だが、妻の怪我を聞いて妻に電話しない男などいないだろう。

 心配した夫に妻の声を聞かせないほど相良も鬼婆ではないはずだ。

 多分。

 砂糖壷を避けなかった妻が、ニンマリとした悪い笑顔を浮かべている様が目に浮かぶ。

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