悪徳警官
洗濯物を畳みながら、私はちょうど半年前の出来事を思い出していた。
半年前のある日の深夜、私は傷まみれの状態で診療所の長椅子に座り、ただただ途方に暮れるしかない身の上であった。
両親は昨年、東京に出て来たその日の内に亡くなった。
私が選んだ男がろくでなしだったが為に、両親は私を守るために家と土地をその男に差し出して私との離婚を了承させたのだ。
家を失った私達三人は、掻き集めたなけなしの金を持って再出発の為に上京したのであるが、東京に着いたその日に、私達の乗ったバスが横転事故を起こした。
希望を胸に抱いたまま即死できた事は、両親にとって唯一の幸運だった。
身よりもなく、事故で持ち物を全て失った私は、生きるために娼婦となるしかなかったからだ。
高齢の両親を抱えては、仕事が無ければ遅かれ早かれそうなっただろう。
両親にそんな浅ましい自分の姿を見せずに済んだことで、今では事故に感謝するばかりだ。
そして、三人目の客と宿に向かったその先で、私はリンチを受けることとなる。
売春するにもそれなりの手続きがあるのだと、殴りかかる彼女達の罵倒で初めて知った。
私は彼女達のショバを荒らした罰として、客という男に嬲られるように強姦され、売春婦達に殴られ蹴られ、そして最後のシメとして、顔と陰部を焼かれるところであった。
ところ、であったのは、私を救う男が現れたからである。
彼は刑事でこの界隈のルールであった。
彼は悪人を取り締まる者でもあるが、小金で小悪を目こぼしする者でもある。
つまり、情け心からではなく、自分の甘い汁を吸える縄張りで騒ぎは許さないという理由で私へのリンチを止めただけだ。
だが、私は酷く殴られており、おまけに体に被せられたアルコールに火が点けられる寸前だったので、そんな悪徳警官に対して純粋に感謝しかなかった。
そして、彼に寸でのところで助けられて助かったと息を付いた時に、家族を失ってからの数ヶ月間は毎日死にたいと望んでいたのにもかかわらず、生きたいと自分が望んでいたのだと知って驚いたのだ。
こんなにも毎日が辛いのに。
「悪徳警官でも警官だし、何かまともな職ぐらい紹介してくれないかしら。それとも下手に頼んだらもっと悪いところに売られる?」
「売らないよ。ひどいな。服まで買ってあげたのにその物言い。」
びっこをひいた刑事はいつのまにか私の側にまで来ており、彼のびっこを引く歩き方を眺めながら、なぜ彼が足音も立てずにいられるのか不思議に思った。
彼は死んだ兄よりも背が高いが、それほど大柄というわけでもない細身の身体で、そして、年齢を感じさせない童顔だ。
浅黒い自分には憎らしいと思うほどの白い肌を持ち、外国人のような印象的なほどの彫の深い顔立ち、という純朴そうな美青年の外見なのだ。
けれども、悪いことをしなさそうな真面目な外見だからこそ、なぜか信用できない雰囲気がある。
彼は私にニヤっと笑いかけたが、目元にできた笑い皺は気安さよりも彼を老齢に見せて、絶望を帯びた瞳という影迄纏っているように見えた。
気安い笑顔が悲しそうに見えるとは、なんと不思議な男だろう。
そして、私を助けた時の、あの容赦のない地獄の鬼のような姿。
「てめえら、俺のショバでくだらない騒ぎを起こすんじゃねえよ。」
私への暴力の手を止めたのは、大声でもないのに良く通る支配者の声だった。
どんなに助けを叫んでも開かなかったドアが開き、開いたドアの四角い空間にには、黒いコートを纏った彼が立っていたのだ。