表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花胤の陰陽 〜花鳥風月奇譚・1〜  作者: 緋影 あきら
3/12

ー始まりの時ー

翌朝、翡雀(ヒジャク)皇后の暮らす離宮では、いつも通り双子の弟皇子に昨夜のあらましを話して聞かせる鴻夏(コウカ)の姿があった。

朝陽の中、頰を少しを紅潮(こうちょう)させながらも、興奮気味に昨夜の事を語る鴻夏(コウカ)の姿は、それが女装だとわかっている人々の目から見てもキラキラと輝いていて美しい。

母譲りの美しい黒髪の上部を高く結い上げ、そこに花飾りや金や銀の(かんざし)を飾り、華やかな花胤(カイン)の女性用の衣装を身に(まと)鴻夏(コウカ)は、昨夜の少年と同一人物だということが信じられないほど、完璧な皇女だった。

しかも動く度にシャラシャラと(かんざし)が美しい音を(かな)で、まるで鴻夏(コウカ)を天女のように神秘的に見せている。それに対峙(たいじ)する弟 凛鵜(リンウ)皇子も、これまた鴻夏(コウカ)そっくりの美しい容貌の持ち主で、着ている服が男性物でなければ誰もが絶世の美女と勘違いしてもおかしくないほどであった。

むしろ生来の病弱さ故に、弟 凛鵜(リンウ)皇子の方がより真珠色の肌が抜けるように白く、その身体の線も姉皇女より少し細い印象を受ける。

ともあれ誰の目から見ても、生まれながらの完璧な一対、『花胤(カイン)陰陽(いんよう)』。

遠目に仲良く語らう双子達を見つめながら、離宮の者達は皆一様に(あこが)れの溜め息をつくのであった。



そんな周囲の事は(つゆ)知らず、双子達の会話は昨夜の鴻夏(コウカ)のお忍びの件で持ちきりであった。

鴻夏(コウカ)はいつも弟に、良い事も悪い事も包み隠さず話す事にしているため、今回もいつも通り正直に例の謎の旅人についても語っていた。

「…という事があってね。まぁもう会う事もないと思うんだけど、とにかく変わった人だったのよ」

そう語り終えた鴻夏(コウカ)に対し、凛鵜(リンウ)は無邪気で優しい視線を姉に向ける。

「ふぅん、そんな事があったの。それは随分と変わった人だね。亜麻色の髪って事は、風嘉(フウカ)からの旅人なのかな?」

「そうね…。多分 商人とか学者、せいぜい下っ端役人ってとこだと思うんだけど、何だか(つか)(ところ)のない雰囲気の人だったわ」

少し思い出すように首を(ひね)りながら、鴻夏(コウカ)が答える。ふと気づくと、珍しく弟が少し沈んだ顔で考え込んでいた。

それに対して鴻夏(コウカ)が尋ねる。


「…凛鵜(リンウ)?何か私の話で気になる事でもあった?」

その声にハッと我に返った凛鵜(リンウ)は、すぐさま姉に優しい笑顔を見せる。

「…いや、ちょっとその人が僕の知ってる人に似てるなぁと思っただけ」

凛鵜(リンウ)の知ってる人?」

キョトンとする鴻夏(コウカ)に向かい、凛鵜(リンウ)がさらに説明をする。

「そう、数年前まで花胤(カイン)の皇立学院に居た教授にね、そんな感じの人が居たんだよ」

「今は居ないの?」

「うん、風嘉(フウカ)に大規模な内乱が起こった際に故国に戻ったんだ。ほら、鴻夏(コウカ)も覚えているだろう?三年前に当時の風嘉(フウカ)帝が官僚達に殺害されて、国中が反乱軍に滅茶滅茶にされたあの事件だよ」

「…ああ、あの時の…」

それは離宮に引きこもっている鴻夏(コウカ)でも、よく知っている有名な事件だった。



当時の風嘉(フウカ)は賢帝と名高かった纜瀏(ランリュウ)帝の下、栄華の頂点にあったと聞いている。しかし賢い皇帝の下、永遠に続くかと思われたその平和は、ある日突然崩れ落ちた。それは治世十二年目にして、突然皇帝が狂った事による。

それまで慈悲深く、誰にでも公平で誠実な統治を行ってきた皇帝は、何がきっかけかはわからないが、ある日を境に後宮に閉じこもり、一切の政務を放棄(ほうき)したのだ。

忠臣が何度説得しても耳を貸さず、ただひたすら酒と女に(おぼ)れ続けた皇帝により、宮殿は欲に走った悪徳官僚達によって腐敗(ふはい)し、街にはたくさんの貧困街が溢れ、盗賊達が我が物顔で横行するようになっていった。それまで平和で豊かであった土地はあっという間に荒れ、国民達は餓死(がし)寸前の貧困と命の恐怖に(あえ)ぎ続けた。

そしてそんな状態が三年続いたところで、一気に国民達の不満は爆発したのだ。



内乱のきっかけは、小さな火種(ひだね)だった。

貧困に喘いだ子供の一人が、明日の(かて)を得るために悪い事と知りながらも、ある神殿の供物(くもつ)を盗み出したのだ。それを運悪く見回りの神官に見つけられた子供は、子供の命乞いをする母親と共に惨殺(ざんさつ)された。それを見た住人達の怒りも考えずに…。

「なんて事だ!こんな幼い母子を惨殺するなんて!」

「神官の奴らは、俺らからお布施(ふせ)だの税金だのと言って、たくさんの金と食糧を巻き上げて贅沢(ぜいたく)してやがる。あいつらみたいなのがのさばってるから、俺達がこんな貧困に喘がなきゃならないんだ!」

「神官を倒せ!役人を吊るしあげろ!」

ワッと誰からともなく決起(けっき)の声が上がると、それまで耐え忍んできた国民達は、次々と武器になる物を手に持ち、近くの神殿や役所を(おそ)い始めた。そしてその動きは瞬く間に国中に広がり、風嘉(フウカ)の地は血と悲鳴に塗れた焦土と化したのだ。



その段階になっても、纜瀏(ランリュウ)帝は後宮から出て来ようとはしなかった。三年の間にすっかり腐敗しきった宮殿は、あっという間に我先にと逃げ出す高官達や女官達で溢れ、彼らは逃げ出しがてら、宮殿に納められていた数えきれないほどの財宝を全て盗み出していった。そして宮殿の中から人が居なくなる頃には、何もかもが奪い尽くされ、宮殿は形ばかりの皇城となったのだ。

荒れに荒れ、秩序も何もなくなった故国に絶望した人々の中から、ついに心ある一部の者達が立ち上がった。そんな彼らの多くは、実は賢帝と呼ばれた頃の纜瀏(ランリュウ)帝の腹心達だったのだ。

彼らは宮殿の腐敗と共に、欲に目が眩んだ高官達によって良いように地方へと追いやられていたが、いつの日にか風嘉(フウカ)に平和を取り戻すべく結託(けったく)する事を決めていた。

そしてその旗頭(はたがしら)として、彼らは纜瀏(ランリュウ)帝の末の異母弟である璉瀏(レンリュウ)皇弟(おうてい)を盟主と仰ぐ事に決めたのだ。



璉瀏(レンリュウ)皇弟。先代の風嘉(フウカ)皇帝の末の皇子であり、母親の身分の低さから、最も皇位から遠い皇子と称された男である。

生まれてすぐにその母も亡くし、当時の皇后の陰謀(いんぼう)によって山中に打ち捨てられたところを、その息子であり異母兄でもある纜瀏(ランリュウ)帝によって助け出され育てられた。

早くから戦略・戦術の鬼才として名を()せ、異母兄である纜瀏(ランリュウ)帝の懐刀(ふところがたな)として、十四歳にして単身国境警備の任にあたり、その目覚ましい働きぶりから『戦場の鬼神』とまで呼ばれ(おそ)れられた男である。


彼は長く好戦的な月鷲(ゲッシュウ)との国境を中心に、風嘉(フウカ)の国境線を守っていたが、ちょうど纜瀏(ランリュウ)帝が後宮に引きこもり出した頃を(さかい)にふと姿を消してしまい、その行方は(よう)として知れなくなっていた。

その彼が三年もの間、一体どこに雲隠(くもがく)れしていたのかはわからないが、この未曾有(みぞう)の危機に際し、彼は再び忽然(こつぜん)花胤(カイン)との国境付近にその姿を現し、あっという間に国内を平定・鎮圧していったのだ。

行く先々で盗賊や悪徳官僚を皆殺しにし、参戦してくる兵士達を吸収しながら、璉瀏(レンリュウ)皇弟の軍は(すご)い勢いで(ふぐ)らんでいった。

そしてかつて皇城と呼ばれた場所に到達する頃には、国内のほぼ五分の四が彼の支配下となっていたのだ。

その破竹(はちく)の勢いにすっかり(おび)え上がった数少ない皇城内の者達は、結託してついに最後の手段を決行した。それは自分達の命を助けてもらう代わりに、それまで主人と仰いでいた皇帝夫妻の首を捧げる事。

そして大軍を率いて皇城にたどり着いた璉瀏(レンリュウ)皇弟が見たのは、無惨(むざん)に変わり果てたかつての皇帝夫妻の姿だった。

こうして栄華を極めたかつての風嘉(フウカ)の賢帝は、部下の全てに見捨てられ、実に呆気(あっけ)なくその生涯を終えた。そしてその後に、軍・官僚・国民すべての圧倒的な支持を受け、現皇帝の璉瀏(レンリュウ)帝がその地位に()いたのだ。



「…確か今の璉瀏(レンリュウ)帝って、未曾有の大乱を鎮圧した風嘉(フウカ)の英雄でしょ?若い時から『戦場の鬼神』と呼ばれてるくらいだから、きっとものすごく(いか)つい熊みたいな感じの人なんじゃないかしら?」

不思議とその容姿に関する噂が(とぼ)しい現 風嘉(フウカ)帝に対し、鴻夏(コウカ)は実にもっともらしい予想を述べた。

それを聞いて凛鵜(リンウ)が笑う。

「熊って…さすがにそれは失礼じゃない、鴻夏(コウカ)?」

「だって噂に出来ないほどの容姿なんでしょ?だったらよほどの不細工か強面かのどちらかじゃない?」

悪気なくそう言ってみるが、正直そんなすごい容姿の人なんて想像もつかない。

先の纜瀏(ランリュウ)帝は男らしい美男だったと聞いた事があるが、だからと言ってその異母弟も同じように美男とは限らないのだ。


そう思った鴻夏(コウカ)に対し、不意に凛鵜(リンウ)が苦笑交じりにこう答える。

「…まぁ、鴻夏(コウカ)の好みかどうかはわからないけど、少なくとも二目と見られない不細工という事はないと思うよ」

まるで本人に会った事があるかのようなその口振りに、鴻夏(コウカ)不審(ふしん)の目を向ける。

「どうしてそう思うの?」

「先の纜瀏(ランリュウ)帝はなかなかの男前だったと聞いてるし、それにそんな印象的な顔だったら、逆にもっと派手に噂になってるよ」

そう言われ、なるほどと鴻夏(コウカ)も納得する。

確かに美男でも不細工でも、どちらかに極端な顔は噂になるのが普通だ。

「つまり凛鵜(リンウ)の予想としては、逆に美男でも不細工でもない普通の顔って事なの?」

「…そうなるかな?ま、謎が多い人だよね。即位後も内乱の後始末に追われてて、他国とあまり交流がないみたいだし。噂では常に地方を回ってて、皇城にもあまり居ないって話だよ」

ふぅんと相変わらず情報通の弟に感心しながらも、鴻夏(コウカ)はそれでこの話を切り上げてしまった。所詮(しょせん)他国の皇帝、離宮に引きこもっている自分には一生縁のない人だと思ったのだ。

まさかその二日後、それが大きな間違いであったと思う事になるなんて、この時の鴻夏(コウカ)にはまったく想像もついていなかった。




その二日後、珍しく鴻夏(コウカ)凛鵜(リンウ)は父である花胤(カイン)帝に呼び出されていた。

普段は凛鵜(リンウ)の身体を気遣(きづか)い、父皇帝は滅多に二人を皇城の方に呼び出す事はない。

それを()してまで呼び出すほどの用件とは何なのか…何となく嫌な予感を感じながら、鴻夏(コウカ)凛鵜(リンウ)は父皇帝と久しぶりの対面を果たしていた。

「…お久しぶりにございます、父上」

二人揃って優雅に袖を合わせて、父である皇帝に対し最上級の礼を取る。

花胤(カイン)帝は御年四十七歳。今まさに男盛りを迎えている皇帝であった。

特にこれといった功績もないが、この強大な国 花胤(カイン)を長年に渡り平和に統治してきたところをみると、その政治手腕は皇帝としてそう捨てたものではないと思われる。

花胤(カイン)帝は白髪交じりとなった自らの長い(ひげ)()でながら、ゆったりと重々しくその口を開いた。


凛鵜(リンウ)、そして鴻夏(コウカ)よ。其方(そなた)達はいくつになった?」

「…今年で十七になりましてございます、父上」

深々と頭を下げながら、正直に答える。

心臓がバクバクと早鐘(はやがね)を打っていた。

先程から嫌な予感がして止まらない。

「そうか。其方達もはや十七か」

そう繰り返すと、花胤(カイン)帝は後ろに控えていた大臣と何事かを小声で話し始めた。

皇帝の言葉に大臣がゆっくりと頷く。

一通り何事かを話し合った後、父皇帝は再び二人に向き直った。

「…凛鵜(リンウ)鴻夏(コウカ)よ、二人共よく聞くのだ。お前達も知っての通り、我が花胤(カイン)は他の三国との協定により、各国の皇族と定期的に婚姻(こんいん)を結んでおる。(わし)の皇后、其方達の母もその協定により月鷲(ゲッシュウ)から我が国へと嫁いできた。よって凛鵜(リンウ)鴻夏(コウカ)、其方達にも命ずる。凛鵜(リンウ)鳥漣(チョウレン)より花嫁を迎える準備をせよ。鴻夏(コウカ)はこれより二週間の後に、風嘉(フウカ)帝の元へと嫁げ」

あまりに突然の縁談に、鴻夏(コウカ)凛鵜(リンウ)もお互いの顔を見合わせ蒼白になった。



皇城を()し、離宮に戻ってきた二人は早速母皇后に今日父皇帝から告げられた内容を伝えていた。

その衝撃的な内容に、母皇后は頭を抱えて深い溜め息をつく。

「…いつかこんな日が来るとは思っていましたが、まさかこんなに急とは…」

ショックを隠しきれない皇后に、凛鵜(リンウ)は追い討ちをかけるかのようにこう(ささや)く。

「母上…私はともかく、鴻夏(コウカ)はどうするおつもりです?鴻夏(コウカ)花胤(カイン)の皇女として、風嘉(フウカ)帝の皇后になるべく嫁ぐ事になります。すでに嫁ぐ事が決まっている以上、鴻夏(コウカ)風嘉(フウカ)に行かざるを得ません。しかし鴻夏(コウカ)は…」

凛鵜(リンウ)は言葉を(にご)したが、その先に続く言葉は皇后も言わなくてもわかっていた。

『男である鴻夏(コウカ)に後継ぎは産めない』

それは変えようのない事実。

いくら美しくとも、男の花嫁を寄越したとなると、風嘉(フウカ)側が怒り狂って攻め込んでくるかもしれない。まただからといって嫁ぐ前に姿を消そうものなら、それはそれで婚姻に泥を塗ったと言われかねない。


最善の策は予定通り花嫁として花胤(カイン)を旅立ち、風嘉(フウカ)国内に入った後に、風嘉(フウカ)帝に会う前までに鴻夏(コウカ)が自ら姿を(くら)ます事。

たくさんの監視の目を()(くぐ)り、逃げおおせる事など本当に出来るのか不安だったが、もはやそれしか方法はなかった。

「…心配しないで、母上。何とかうまくやってみせるわ」

鴻夏(コウカ)…でもそれでは貴方が…」

「いいのよ、いつかどうにかしなきゃならない事だったんだから」

母皇后を安心させるかのように、鴻夏(コウカ)は涙ぐむ母皇后を優しく抱きしめ、努めて明るく微笑んでみせる。

それを少し離れた場所から無言で見つめながら、凛鵜(リンウ)は一人暗い視線を二人に投げかけていた。

(さい)は振られた…。あとはあの男がどう動くか…』

脳裏(のうり)に浮かぶのは、掴み所のない雰囲気を持つあの男。悔しいけれど、自分の一歩も二歩も先を行くあの男が果たしてどう動くのか…さすがの凛鵜(リンウ)も読みきれなかった。

続く

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ