ー序章ー
花胤、鳥漣、風嘉、月鷲という四つの大国を舞台に、『花胤の陰陽』と称された美貌の双子の生涯を描くオリジナルファンタジー小説です。
主人公が男でありながら嫁に行っているため、一応『BL要素あり』とはしておりますが、残念ながら色っぽいシーンはございません。
あくまでも普通のファンタジー小説として、お楽しみください。
この世界には東西南北に分かれて、大きな四つの国がある。
一つ目は薄茶色や亜麻色といった色素の薄い髪と白い肌、緑や青などのカラフルな瞳を持つ人々が集う西の大国 風嘉。武芸に秀でた近代的な軍事国家である。
二つ目は浅黒い肌に黒い髪、そして金色の瞳を持つ人々が暮らす月鷲。好戦的な騎馬民族の国である。
三つ目は白い肌に白っぽい金髪や銀髪、薄い青や緑の瞳を持つ北の大国 鳥漣。音楽や美術に造詣の深い芸術国家であった。
そして最期の一つは黒い髪に黒い瞳、真珠色の肌を持つ人々が暮らす東の大国 花胤。学問の進んだ文化国家であり、この話の主人公となる運命の双子の生まれた国である。
この四つの国は定期的に皇族同士が婚姻を結ぶ事で、国家間の均衡を保っていた。
そのため現在の花胤皇帝の皇后は、月鷲から嫁いできた皇女、翡雀。
美しい黒髪と金の瞳が印象的な『月鷲の月姫』と謳われた絶世の美女であった。
その翡雀皇后が花胤に嫁いで三年。この度ようやく懐妊し、今まさに出産の時を迎えようとしていた。
花胤皇帝には側室との間にすでに皇子が二人、皇女が四人居るが、正妃である皇后の子となれば、それらの皇子、皇女を一気に追い越し王位継承権の最上位に名を連ねる事になる。
そのため国中が、皇后の子の誕生を今か今かと待ち望んでいた。
ホギャアホギャアと元気な赤ん坊の泣き声が、後宮中に響き渡る。
それと共にさざ波のように、人々の口から祝いの言葉が広がっていった。
「皇后様、ご出産!」
「皇后様が皇子と皇女の双子の御子様をご出産なさったぞ!」
「第三皇子と第五皇女の御誕生だ!」
「とてもお美しい御子様だそうだ。やれ、めでたい!」
わぁっと歓喜の声があちこちで上がる。
それを扉越しに聞きながら、黒髪の美しい女性が寝床で人知れず涙を流していた。
その側には同じく、涙ながらに生まれたばかりの赤ん坊を抱える侍女達の姿。
外の喧噪を他所に、ここだけはひっそりとお通夜のように静まり返っていた。
「…皇后様、本当にこれでよろしかったのですか…?」
涙ながらに初老の侍女長がそう訴える。
それに対し皇后と呼ばれた美しい女は、涙を流しながらも強い意志をもった声でこう答えた。
「…仕方ないのです。この国、花胤では同性の双子は不吉とされています。このままではこの子達のうち、どちらか一方は間違いなく殺されてしまう…。しかも二人のうち、こちらの子の方が明らかに生命力が弱い…。このままではこの子は、何の治療も受けられないまま、陛下に殺されてしまいます…」
そういうや否や、まだ出産を終えたばかりの身体を無理に起こすと、皇后自ら侍女達に頭を下げる。
「皇后様⁉︎何を…お身体に触ります!」
慌てて止めようとする侍女達に、誇り高い美しい女性は乱れた息の下、搾り出すような声で懇願した。
「…お願い…私の愛しい子達を守って。後生だから、真実を陛下に伝えないで…!」
「…皇后様…」
「愚かな母だと罵ってくださっても構いません…。それでも私はこの子達を等しく愛しております。どちらか一方を見捨てる事などできません…!」
そう告げる姿は、どこにでもいる平凡な母親の姿だった。身分など関係なく、どんな子であろうと母親にとっては愛しい存在。その場に居る者達全てが、等しく共感できる想いだった。
だからその場に居た侍女達は、全員無言で頷きあうと、皇后に向かって袖を重ねて最上級の礼を取る。
「…皇后様の想い、我ら臣下一同も等しく受け止めましてございます。ご安心くださいませ。この場に居る者達は、全て皇后様のお味方でございます」
その返答にハッと皇后が顔を上げる。
それに対し侍女達はにこやかに頷くと、皇后は涙ながらに感謝の意を述べた。
「…ありがとう…。貴女達の好意は一生忘れません」
「なんの、我らも人の親。母が子を愛する気持ちは等しく変りませぬゆえ…。それよりこれからが大変です。御子様達を秘密裏にどうお守りしていくか…」
そこまで語ったところで、初老の侍女長がふと尋ねる。
「時に皇后様。御子のうちの一体どちらを皇女としてお育て致すおつもりで…?」
その問いに皇后の顔が俄かに曇る。本来ならばこの花胤の王位継承権第一位となるべき皇子の一人を、皇女と偽って育てることになるのだ。選ばれた子にしてみれば、一生を左右する大事であることに間違いない。散々迷った挙句、皇后は一つの決断を下した。
「…こちらの元気な子の方を、皇女として育てておくれ。もう一方の子は弱い…。このままでは成人するまで生きられぬかもしれぬ…。けれどこの子が王位継承を持つ皇子となれば、陛下も最高の治療を施し、生き長らえさせてくださるかもしれぬ…」
「…本当にそれでよろしいのですか…?こちらの御子様ならば、誰もが認める王位継承権第一位の皇子となれますのに…」
その言葉にチクリと胸が痛んだが、皇后の意思は固かった。
「…仕方ありません。もしこの子の方を皇子としてしまったら、こちらの弱い子の方は皇女として育てざるを得ません。体の弱い皇女に対し、陛下がそこまでの治療を受けさせてはくれるとは思えません…。そう思うと、これが一番いい方法なのです…」
暗い表情でそう告げると、それでも侍女長は食い下がった。
「確かにそうかも知れませんが…もし治療の甲斐なくこちらの御子に万一の事がございましたら、せっかくの元気なこちらの御子まで王位継承権を持てないまま、一生を皇女として生きていかねばならなくなりますぞ?それでもよろしいのですか?」
もっともな意見だったが、それに対しては皇后なりの策があった。
「…その時は皇女の方を死んだものとし、二人を入れ替えます。それならば、よろしいでしょう?」
皇后の意思は固いと受け取った侍女らは、互いに顔を見合すと、スッとまた最上級の礼を取ってこう答えた。
「…すべては皇后様の仰せのままに…」
「頼みます…。貴女達だけが頼りです」
重ねてそう告げると、皇后は自らの傍で元気に泣き叫ぶ赤ん坊に目を落とした。
『許して…。貴方の未来を歪めてしまう、愚かな母を許してください』
心の中でそう謝りながら、こうして花胤皇家最大の秘密が誕生したのだった。
続く