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ノブナガ・ザ・ゲームマスター  作者: 解田明
第五章 天魔デーモンロード編
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第49話 織田信長、風雲安土城

「……あれ?」

 どれくらいの時間が経ったのだろうか? コウ太は目を覚ます。

 セッション砦の見慣れた光景ではない。赤く焦げた空と、無数の割れた卵の殻と白い髑髏が転がっている。

「ファッ? ここ、どこ……!?」

 だが、すぐに気づく。ここがどこなのか。

 コウ太には、見覚えがある。信長もそのはずだ。

「夢で見た光景じゃな」

 傍らで倒れていた信長も意識を取り戻し、立ち上がった。

 あの南蛮胴にマントの戦国覇王モードの姿だ。頼もしくはあるが、魔王化が近づいているのかと思うと不安になってくる。

 秀吉、顕如ミツアキ、サツキくんもいた。同じように、身を起こす。

「これは私がいる時代の光景でもあります」

 顕如が言う。彼は、変わってしまった過去の歴史からミツアキさんに精神憑依している転生式だ。あり得ざる歴史にして、生まれてしまった地獄だ。

「私も、何度もうなされた夢です……」

「俺も知ってます。“相棒”が見せてくれた光景と一緒だ」

 秀吉も、光秀ダイスを通じてサツキくんも知っている。

 魔王信長が、本能寺の変以降の歴史を破壊して創出する荒廃なのだと。

 そして見た、この禍々しい光景の中で燦然とそびえる塔のような建造物を。

 六層構造の安土城天主――。


「カカカカカ、ようこそプレイヤーの諸君!」

 その天主の上空に、笑うシナリオ仙人の顔が浮かび上がる。

 笑う空中映像とは、ラスボスの風格もばっちりだ。

「シナリオ仙人よ、わしらをプレイヤーというか?」

「いかにも。島原の惨劇から三八〇と余年……我が練りに練った報復のシナリオの参加者よ。出ませい、エネミーモンスターズ! アーンド、ダンジョン!」

 シナリオ仙人が叫ぶと同時に、周囲を安土城の城壁が一斉に取り囲んだ。

 続々とTRPGでも、お馴染みのエネミーモンスターたちが出現する。

 スケルトン、ゾンビ、マミーといったアンデットの群れ。ゴブリン、オーク、コボルトの雑魚モンスター。魔法生物のゴーレム、四大精霊のエレメンタルなどなど。その上空を、ハーピーやワイバーンの群れが埋め尽くす。


「ふぁああああああああっ――!?」

「どうだ、これを突破して天主まで来れるかな?」

 上空に映ったシナリオ仙人の顔が勝ち誇る。

 “芸夢転生”で空想を現実に具現化させた森宗意軒であるが、ここはセッションルームという空想の場であり、現実のコウ太たちが招き入れられた領域なのだ。

 絶体絶命とは、まさにこれだ。しかし、信長は受けて立つ気でいる。

 秀吉も、顕如も、サツキくんもだ。皆、野望MAXのやる気に満ちた表情である。

「面白き趣向よな、シナリオ仙人。わしらプレイヤーに活躍の機会を与えたか」

「なんだと……?」

 怯むどころか、ダンジョンと無数のモンスターを前にしながら、なおも気勢を上げる武将ゲーマーたちの様子に、シナリオ仙人も驚愕している。

「サルよ、安土の城はおぬしが縄張奉行であったな」

「はい。丹羽の五郎左様が総奉行でした。私もどう攻めるか何度も考えたものです。いやあ、ひさびさの城攻め、腕が鳴りますな」

 にいっと秀吉は口角を吊り上げる。やはりキモい、キモいがこれほど頼りになる笑みもなかなかない。

 豊臣秀吉と言ったら、戦国随一ともいえる城攻めの名手である。硬軟織り交ぜ、ありとあらゆる手を尽くして城を落とした。落とせなかったのは、石田三成に任せた北条方のおし城くらいだろう。

 しかも、安土城の縄張りは秀吉の設計による。加えて、安土城は権威性を優先し、縄張りの防御性は脆弱なのだ。天主までの道が一直線に伸びる。それを落とすことを夢想していたのだから、本気で信長の馘首を狙っていたようだ。

「だ、だって、敵もあんなにいますよ? 五人しかいないのに城攻めなんて……」

「コウ太よ、かの竹中半兵衛たけなか はんべえは齢十九にして難攻不落とうたわれた稲葉山いなばやま城を十六名の手勢で乗っ取っておる。それに比べれは如何いかほどのものではあるまい」

「エェェェェ……」

 ものすごい理屈である。その竹中半兵衛重治《たけなか はんべえ しげはる》は、三顧の礼で秀吉に請われた名軍師だ。いや、信長も稲葉山城攻めは手こずったはずだが。

「然り然り、そもそも籠城というのは援軍の当てがあるときにするものですよ。それもなしの籠城は滅びを待つってだけです」

 今の秀吉は、死後から数年を現代日本で木村秀夫という名で生活していた老人であるが、朝鮮出兵時の耄碌もうろくを差し引いても円熟の極みにあると言っていい。

 ひさびさの戦場に、心を躍らせたいくさ人の顔をしている。


「さあて、サル。おぬしならどう攻める?」

「いやあ、まずは殿のご意見をうかがいましょうか」

「うむ、そうさな。――まずは火攻めであろう」

「はは、私もまったく同じです!」

 信長の十八番、火攻めが炸裂するようだ。

「ま、待て! お前たち、ゲーマーだというのにダンジョンを燃やすつもりか!」

 空中映像のシナリオ仙人も慌てふためいている。

 ちょっと間抜けな展開だが、武将ゲーマーたちを舐めすぎたのだ。

「おやおや? 初心者のわしのDMデビューでさえ、ダンジョンを燻されたときの対策があったというのに。シナリオ仙人と名乗るおぬしが火攻めへの備えがないのか。この信長を差し置き、GMとして卓を差配さはいしようとは片腹痛い!」

「ぐ、ぐぬぬぬぬ……!」

 信長の煽りは痛烈であった。シナリオ仙人の顔が空に大映しで悔しがっている。


「アンデットの方は、私にお任せを。こうみえて聖職者の立場ですから」

 加えて、顕如も答えた。

 浄土真宗本願寺派は、日本仏教界最大宗派である。顕如は戦国後期にその頂点である第十一代宗主、本願寺法主を務め、晩年には大僧正に任じられた。僧侶系クラス上級職の大司教アークビショップにも匹敵しよう。コウ太とは一緒にTRPGを遊んだ仲だが、本来そのくらい高レベルの高僧なのである。

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南・無・阿・弥・陀・仏……!」

 戦国の名僧による供養の念仏読経が響いた。世に迷ったアンデッドどもが、あまりのありがたさに次々と得度とくどして成仏していく。南無阿弥陀仏の六文字が、ターニングアンデッドのスペルとして威力を発揮したのである。

 他のモンスターも、サツキくんが真面目に掃討している。彼は、桔梗紋ダイスという浄化アイテムを持つ退魔師なのだ。加えてイケメン、ラノベの主役よろしく戦う。

 信長も、日本刀を引っさげてばったばったと雑魚モンスターを斬り込んでいく。

 逃げ足も早いが、戦国時代でも珍しく後年まで最前線に出た歴戦の武人である。実際、本能寺の変で多数を相手に討ち取られないだけの個人的武勇も備えているのだ。

「殿、斬り捨てたマミーはこっちへ。干からびた亡骸というのは存外燃えるものです。山と積んで、荼毘だびしてやりましょう」

「うむ、よい考えじゃな。でかしたぞ、サル」

 戦国のリアリズム、ここに極まれり。

 秀吉が焚き付けになりそうなものを集め、火攻めの仕度に取り掛かっていた。

 安土城は、戦国時代だけではなく、電脳空間でも焼け落ちるかもしれない。

 信長も秀吉も、敵に回してはいけない天下人である。

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