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ノブナガ・ザ・ゲームマスター  作者: 解田明
第五章 天魔デーモンロード編
48/58

第48話 織田信長、ヴァーチャル卓ゲーマーデビュー

 やれるだけのことは、その後にもやれるだけやった。

 リアルタイムでシナリオも問題点を洗い出し、すぐに改訂した。

 信長、秀吉、顕如、そしてコウ太も、それぞれオンセでコウ太作『天使の卵』の卓を立ててプレイヤーを多数募集し、分散コンピューティング協力拡散に励んだ。

 サツキくんは、ドラゴンやサーベルタイガーが乗り込んできたとき、桔梗紋ダイスで迎撃してもらう備えとしていてもらう。

 信長が海外の日本留学経験者に伝手つてがあったおかげで、コウ太のシナリオは日中英独仏西葡の七カ国語対応という、国際対応版で現在も絶賛拡散中である。持つべき者は頼れるゲーム仲間だ。


『コウ太さん、このシナリオ拡散希望なんですかー?』

 このちゃんが音声通話に上がってきた。

「うん、そうなんだよ。この前はありがとうね」

『いえいえ、あのハプニングチャートすっごい面白かったです。今度のも、サツキ先輩にGMしてもらって、すごく楽しかった。コウ太さん、偉いです』

 やっぱり、このちゃんはマジ天使である。

「ありがとう、このちゃん。今ね、ちょっと事情があって、このシナリオをいっぱい拡散しないといけないんだよね」

『ああ、それなられのんさんにも協力してもらいましょうよー』

「れのんちゃんって、前にノブさんの『D&D』に入ってきた子だよね?」

『そうですよ、一緒にダンジョン潜ったじゃないですか。れのんさん、人気VTuberですから、きっと拡散力大きいですよー』

「それ、ほんとなの?」

 意外であった。セッション中もマナーが良くおとなしい子だったので、まさかそんな活動をしてるとは思いもしなかった。

『ほんとですよ、ほらここ』

 さっそく、このちゃんがリンクを貼ってくれる。“ギャル系卓ゲーマー”卓下たくげれのんというVTuberのチャンネルである。


「うわっ、チャンネル登録者数十三万!?」

 コウ太は思わず唸る。収益化も軽く突破する登録視聴者数である。

 これなら、拡散能力にも十分期待できるだろう。

『れのんさん、去年までギャルだったらしいですよ』

「マジで? 人は見かけによらないんだね……」

『そっちノブさんいます? アバター用意してコラボすれば、もっと人気出ますって。ほら、フリーの信長アバターもありますし』

「おっ、まことか! わしも“ぶいちゅーばぁ”とやらにすぐなれるのか」

 このちゃんがケタケタ笑っていたので、信長も画面を覗く。

信長のアバターもフリーで揃う時代である。あとはフェイスリンクさせれば、すぐに信長もVTuberデビュー可能だ。中の人が本物なのを仮想ヴァーチャルというのか謎だが。

 で、さっそくれのんちゃんがやってきて、このちゃんの事情の説明を受けてVTuberとしての心得とやり方をレクチャーしてくれた。


『はい、どうもー。織田平朝臣三郎信長でーす。TRPGカーニバル・ウエストではおせわになりました。これから、面白いTRPGのシナリオを紹介しまーす』

『いえーい! ほら、みんな驚け! 信長さんでーす!』

『どもー、どもー』

 一時間ちょっとで“ヴァーチャル武将ゲーマー”織田信長が準備を終えて、卓下れのんチャンネルのコラボ配信でデビュー。れのんちゃんは『D&D』のときよりずっとハイテンションである。こんなしゃべり方と声出せるんだと、コウ太も感心する。

 初動配信視聴者数は五〇〇〇以上、デビューは大成功と言っていい。

『劇団B.O.Z.制作『天使の卵』のリプレイ動画はこちらのリンクから。動画再生中、皆さんのマシンのお力をお借りしますのでよろしく。拡散希望でーす』

 信長の発信に、すぐに「把握」「おけ」などのコメントが乱れ飛ぶ。


「よしよし、一気に捜索域が広がったよ」

「やりましたね、秀吉さん」

「なあに、君のシナリオと殿の器があってこそさ」

 わりとぶっ続けてゲーミングPCにつきっきりなので、最年長の秀吉にはさすがに疲労の色が浮かんでいる。

 コウ太がスマホで日時を確認すると、セッション砦にこもってもう四日が経過、そして正午も近い。ひと息ついて、何気なくスマホで世間のニュースを巡回する。

 するとさっそく、“都心に蜃気楼出現”との見出しが飛び込んできた。

「東京に蜃気楼? そんなバカな」

 そんなことがあるものかと、ニュースの内容をくわしく探ってみる。

 ネット上では、東京スカイツリーの上に何かの蜃気楼が出現したと騒ぎになっている最中だ。セッション砦にこもりっきりで、そんなニュースがあったとは知らなかったのだが――。


「ファ!? これ、もしかして……」

 ニュースでは、蜃気楼の正体についての考察はなかった。

 報道機関も、はっきりした答えを出せないでいる。

 それはそうだろう、こんなものの蜃気楼が《《浮かぶわけがない》》。

「ええ、安土城天主(てんしゅ)ですね」

 横にいたサツキくんが、クールに言う。

 当時、天守閣は天主と言った。安土城は、言わずもがな織田信長の城である。

 琵琶湖東岸に建てられ、天主は地上六階地下一階建て、三二メートルにも及んだ。信長は、ここに居住して天下を差配したという。これほどの高層建築に居住した例は、信長が史上初ではないかとも言われている。

 秀吉と明智光秀が対決した山崎の合戦ののち、焼失したと伝えられる。

 蜃気楼というのは、大気の密度の差によって光が屈折し、物体が浮かび上がって見えてしまう自然現象である。四〇〇年前に燃え落ち、現存しない安土城天主の像が浮かび上がるはずがないだ。


「シナリオ仙人が、現実化されてるんじゃ……。あっ、PV数!」

 ひょっとしたら、シナリオ仙人はもう一〇〇万PVを達成し、空想が現実を侵蝕し始めたのか?

 コウ太は、焦ってサイトの確認に向かう。そして閲覧してしまった。

「――おめでとう、コウ太くん! 君がちょうど一〇〇万人目の閲覧者だよ」

 シナリオ仙人の顔が、画面いっぱいに浮かび上がって笑った。

 ひと昔前のブラクラのような悪魔の微笑みであった。

「そ、そんな……!?」

「あの安土城天主こそ、魔王の魂が集積し、空想と現実の分岐点となる特異点……歴史を破壊する魔王の象徴なのだ! ここに、大願は成就せり!!」

 PCを通じて、シナリオ仙人森宗意軒の高笑いが響く。

 迂闊だった、まさか自分のせいで。

 一〇〇万PVを達成させ、信長を魔王化されてしまうなんて。

 コウ太は、愕然として肩を落とす。だが、その直後だった――。


「いや、大丈夫だよコウ太くん。魔王の魂とダイスBOT、見つけたから」

「秀吉さん!」

 見ると、秀吉がさわやかにやり遂げた顔をしている。

 このときばかりは、キモさも吹っ飛んでいた。

 さすが、やるときはきっちりやる武将である。

「だから、どうだというのだ?」

「オンセツールのサイトでさ。サーバー開設以来、ずーっと削除されてないセッションルームが残っているんだよ。これ、あんたが魔王の魂を用意した部屋だろ? ダイスBOTの履歴も解析して、チャートを引き当てたのも判明したよ」

「あっ! じゃあ、その部屋ごと削除すれば――」

「うん、シナリオ仙人も魔王の魂も消えるね。さっきパスワード割って入ったけど、分岐が山のようにあるダンジョンになっている。真ん中には、安土城って書いてある塔が置いてあったよ」

「ぐっ……!」

 シナリオ仙人が、喉に何かを詰まらせたように呻く。

 TRPGを遊びたい有志がサーバにツールをインストールして無料開放しているサイトがいくつかある。秀吉が見つけたのは、その中でも老舗のサイトだ。

 開設以来、セッションを継続し削除されていないルームNo.666。確かに、これは怪しい。おそらくシナリオ仙人はそこにいて、魔王の魂はそこにある。

 しかし、短時間でパス割るとか、やはり秀吉のブラックさは只事ではない。

「でかしたぞ、サル! 褒めてつかわす」

「いえいえ、若い頃はもっとやれましたよ」

「じゃあ、その部屋消しちゃいましょう!」

 秀吉がうなずき、マウスカーソルを削除に合わせる。

「させるかものか! 先にお前たちを削除してくれる! 我がダンジョンでな――」

 突如、パソコンの画面が明滅し、光が周囲に溢れ出す。

 何かが起こった。……いや、シナリオ仙人が何かを起こしたのだ。

 どこかへ引っ張り込まれるような、強烈な感覚。

 そうして、だんだん気が遠くなっていき、光の中で気を失った――。

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