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ノブナガ・ザ・ゲームマスター  作者: 解田明
第一章 黎明初心者編
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第3話 織田信長、TRPGをふんわり理解する

 織田信長とTRPGをする――。

 誰がこのような状況を想定し得ただろうか?

 数寄屋コウ太がTRPGに触れたのは、中学生の頃だ。

 親からノートパソコンを買ってもらい、SNSで話題に上がったのと、リプレイ動画にハマったのがきっかけだった。

 友達が少ないコウ太が実際にプレイできたのは、中学を卒業して高校に入ってからだったことをつけ加えておこう。


 『クトゥルフ神話TRPG』のルールブックは六千円以上する、学生には高価なものであったが、なんとか購入することができた。

 TRPGの誕生は、一九七四年とされる。

 その当時はまだネットは発達しておらず、どこかに集まって遊ぶというスタイルが一般的であった。

 本場アメリカでは休日にガレージに集まり、日本では学生サークルが学校や公共施設を借りたコンベンションも開かれた。


 ネットが発達するにつれ、オンラインセッションという遊び方が広まった。

 現実世界の友達が少ないコウ太は、このオンラインセッション、通称オンセの募集に飛び込んで初体験した。

 オンラインセッションは、テキストで会話をするテキストセッションと音声チャットで通話するボイスセッションとがある。

 それぞれ、テキセ、ボイセと略される。

 コウ太が参加したのは、ボイセの方である。

 コミュ障気味のコウ太にとって、これは大きなチャレンジであった。

 SNSでオンセ募集をするアカウントを見つけ、何度かやり取りして、安心できそうな会話を繰り返し、大丈夫そうだなと思った相手かを見極めて参加した。

 TRPG初体験は、ガチガチに緊張していた。

 初心者歓迎、『クトゥルフ神話TRPG』のオンセであったがKP(『クトゥルフ神話TRPG』では、GMではなくKPと呼ぶ)は社会人の女性で、異性との会話が母親以外ほとんどないコウ太には、未知の領域に踏み出したに等しかった。

 そのKPは、自分の知り合いで安心できるプレイヤーをわざわざコウ太の集めてくれたという。

 セッションは、結果としてうまくいった。


 ゲームを介して遊ぶと、こんなにも自分は饒舌じょうぜつになれるのかと、驚くほどしゃべっていた。

 お姉さんは、初心者のコウ太のプレイングを優しく見守り、評価してくれた。

 幸福な初体験であったと、振り返ることができる。

 そのお姉さんの呟きの更新が途絶えたのは、今でもコウ太の心の傷だ。

 自分が何度もダイレクトメッセージを送ったり、事あるごとにメンションを贈るウザ絡みをしてしまったせいかもしれないと、今でも後悔の念が浮かんでくる。


 それ以来、慎重に振る舞うようになったものの、今でもオンセを続けている。

 しかし、戦国武将――しかも織田信長というビッグネーム相手に、TRPGを一緒に遊ぶというのはコウ太の想像の外にあることであった。


「ええと、僕が信長さんとTRPGで遊ぶと?」

「いかにも。なんぞ不都合があるか?」

 信長は、コウ太が応じるのはさも当然と思っている。

 天下人であるから、そりゃそうだろう。

 織田信長といえば苛烈な性格を表すエピソードに枚挙にいとまがない人物である。

 気に食わない茶坊主を隠れた戸棚ごとへし斬ったという刀は、へし切り長谷部として伝わっているし、比叡山ひえいざん焼き討ちや石山合戦での一向宗への仕置も有名だ。

 眼の前に出現した信長は、そのイメージとはわりと違う部分もあるものの、激昂げきこうしたら容赦がないというのは、さまざまなジャンルで語られている。

 まさか、思い通りにいかなくて無礼討ちとかしないだろうな……。

 そんな不安が、コウ太の脳裏によぎった。


「おぬしはTRPGを面白そうに語るのじゃが、わしにはまず勝ち負けがようわらん。この遊び、どうすれば勝ちなのじゃ?」

「TRPGの勝敗については、なかなか難しいんですよ。楽しんだら勝ちというか」

「そこよ。双六も相撲も囲碁も、勝負事というのは、相手を打ち負かすものであろう? 楽しいのか、それで」

 戦国の世に生きた織田信長からすれば、勝負というのは勝つか負けるかなのかもしれない。

 TRPGというのは共同作業である、少なくともそうコウ太はそう思っている。

「TRPGとは、“げーむますたぁ”という相手を打ち負かして勝ちにならぬのか?」

「いや、それは違います。GMは、敵じゃないです。僕らに冒険と物語を提供してくれる相手で、時には敵も演じますが一緒に楽しむ仲間なんですよ」

「まあ、碁敵ごがたきというものも勝ちたい相手であるが、憎い相手ではないからのう」

 信長は、囲碁も好きで後の本因坊算砂ほんいんぼう さんさとなる日蓮宗の僧、日海にっかいを名人と讃えている。本能寺の変の前日も、日海と利玄りげんの対局を観戦していたという。

 ゲームとの相性は、そもそもいいかもしれない。


「ちょっと近いかもしれませんが、GMはプレイヤーをうまく勝たせてるというか、そういう役目なんです」

「……では、GMはわざと負けるのか? であれば、面白いとは思えんぞ。わしに遠慮して碁を打つような相手は好かんな」

「そうではなくて、うまくいい勝ち方をさせるというか。ああ、難しいなぁ」

「うまくよい勝ち方をする、か。……おっ? もしや、蹴鞠けまりのようなものか」

「蹴鞠ですか」

「わしが武田勝頼たけだ かつよりを破って上洛したとき、相国寺しょうこくじで蹴鞠の会を見物したのじゃ」

 思い出しながら信長は語る。

 長篠の合戦といえば、赤備えと恐れられた武田家騎馬軍団を馬防柵で食い止め、鉄砲の三段撃ちで破ったという逸話で有名な戦いである。

 ……と講談では講釈師が見てきたように語るが、実情は異なるらしい。

 ともかく、信長は大勝利を収めた。

 そんな信長に、朝廷側は蹴鞠の会を口実に呼び出して官位官職を与え、抱き込む算段であったのだ。

 この蹴鞠の会の前に、桶狭間で破った今川義元いまがわ よしもとの嫡男であった今川氏真いまがわ うじざねも蹴鞠の腕前ならぬ脚前を披露したという。

 結局、このとき官位は辞退している。


「あれは雅な遊びでな、敵味方に二手に分かれて鞠を蹴り合う。しかし、相手がうまく蹴り返せるように蹴るのが名足めいそく、つまり上手なのだそうじゃ」

 信長は、思い出しながら語った。

「どちらが多く鞠を蹴れるかを競うのだが、相手を負かすように蹴り返すのは、非足ひそく……下手とされる」

「ああ、近いかもしれません!」

「おお、よしよし少しはわかってきたぞ」


 蹴鞠というのは二手に分かれてどちらが多く鞠を蹴るかを競う団体戦なのだが、勝敗よりも相手が蹴りやすいところに蹴ることのほうが評価される。

 相手を思いやった鞠を蹴り出すこと、相手が取りやすい鞠を蹴ることを、見物人が品評し、その評価が名誉につながるという構造である。

 室町の頃までは武家のたしなみとされ、戦国の頃も人気のある遊びであったが信長は西国を平定した頃から相撲を奨励し、後にそちらのほうが盛んになっていく。


 ともかく、今の段階ではTRPGをすべて理解せずとも、ふんわりと理解できていれば上出来である。蹴鞠に似ている、今はそれだけで十分だ。


「では、さっそくやってみようではないか」

「は、はあ。では、信長さんがプレイヤーで。遊ぶゲームですが、『クトゥルフ神話TRPG』でよいですよね?」

 

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