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ノブナガ・ザ・ゲームマスター  作者: 解田明
第三章 群雄エンカウント編
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第29話 織田信長、祭りの終わり

 最初にいて最後にいるものはハヴァエルである。

 彼はすべての主である。

 初まりの前にいて、終わりの後にいるものである。


 ユルセルームは幻想と魔法の世界。

 人間のほか、妖精や小人など多様な言葉有る種族(アウル・アエンダ)が暮らす。


 些細なことから始まった、妖精と人間の争い。

 そんな中で出会ってしまった人間の騎士と妖精の姫の二人。

 ひとりはストラディウムの騎士エウード。もうひとりは妖精女王を頂点とするエルダ連合に属する国の王女アデリア姫。

 最初は、互いに素性を偽って仲間たちと旅することになった。愉快な山小人や元パン焼きの冒険者に加えた珍道中。エウードとアデリアは反目もした。素性を知ると、お互いに利用しようともした。いつしか、意識し合うようになった。

 惹かれるようになったのは、どちらからなのだろうか?

 二人に恋が実ったとするなら、それは気まぐれな魔法(マジックイメージ)がもたらした悪戯のはず。

 愛し合うはずのなかった二人に訪れる、別れのとき。

 人と妖精は生きる時間が違う。だから、そうなるのはわかっていた。

 わかっていたのに、惹かれ合ってしまった。


「姫、どうかすこやかに!」

 騎士エウードは、精一杯の別れの言葉を告げて馬首を巡らせる。せめて涙は流すまい。そう誓った。

「あなたのこと、ずっと忘れません……」

 アデリア姫の言葉は、風に乗ってエウードの耳に届いた。

 だが、振り向きはしない。

 振り向けば、別れはもっとつらくなるだろう。

 ユルセルームに吹く風は、幻想を運ぶ。結ばれなかった二人も、いつかは――。

 そんな希望が、別れを少しだけ明るいものにしてくれた。


「う、うぐ……! うっ、うう……」

 コウ太は泣いてしまった。それはもうボロボと。

 今までTRPGで感動して泣くなんてこと、本当にあるのかと思っていた、泣くとか泣けるとか、あくまでも比喩だと思っていたのだ。

 コウ太の演じた騎士エウードは、気高いけれどときにお転婆で、それでいて純真な妖精の姫アデリアと惹かれ合いながらも、別れることになった。

 コウ太を誘ってGMをしてくれたお兄さんは、ミツアキさん。

 B.O.Z.という小さな劇団の座長で、TRPGを遊びながら脚本と演技の勉強を続けているという。

 プレイヤーもその団員たちだ。道理でロールプレイうまいと思ったら。


「最後までお付き合いしていただき、ありがとうございましたー!」

 GMミツアキさんが一礼すると、プレイヤーからも拍手が巻き起こった。

 素晴らしいシナリオ、素晴らしい演出だった。

 劇団の座長だけあって、演技はうまいし美しい幻想世界をうまく表現してくれた。

「ご、ごめんなさい! 僕、涙もろくて。気持ち悪いですよね。うっ、うっ……」

「そんなことはないよ。僕も表現者の端くれだからね。感動してもらえてよかった。このシナリオで泣いてくれるのは、君が純粋で感受性が豊かだからじゃないかな?」

「純粋って、僕がですか……」

「うん、僕は『ローズ・トゥ・ロード』の美しいユルセルームが好きだけど、美しいものっていうのは傷つき壊れやすいからね。それに幻想っていうのは存在しない夢……言葉を悪くすれば嘘だよ。そんな嘘を素直に聞いてくれて、受け入れてくれる人は貴重なんだって僕は思うな」

 なんだか難しいことを言う人だが、なんとなく言いたいことはわかる。

 美しい夢は嘘で、傷つき壊れやすい。

 それを受け入れられなかったとき、人はわりと残酷になる。


『ローズ・トゥ・ロード』は、初の国産TRPGと言われ、長い歴史を持つ。

『ビヨンド・ローズ・トゥ・ロード』、『ファー・ローズ・トゥ・ロード』、『ローズR』と呼ばれる二〇〇二年版、『Wローズ』と呼ばれる二〇一〇年版と、改訂と版を重ねて愛されてきた。

 舞台となる魔法世界ユルセルームは独特な語感と幻想を刺激するタームに満ちている。PCは全員が魔法を使うことができるが、版によって細部は違うが、魔法はカードを引いて効果を決定する。これは術者でも最後まで何が起こるかわからない点は共通している。


「でも、今日はいいセッションができたよ。僕たち、リプレイ動画も作ってもいるから、興味があったら見てほしいな。劇団の宣伝のつもりだったんだけど、みんな本気で動画制作にハマっちゃって」

「はい、絶対見ます!」

「ありがとう、再生数が増えるよ。あ、拡散希望だから」

 ミツアキさんは子供っぽく笑った。

 この人は夢追い人なんだなと、コウ太は理解した。

 TRPGカーニバル・ウエスト、本当に来てよかったとしみじみ思う。


「コウ太くん、東京から来たんだよね? 僕たちもそうなんだけど」

「ええ、連れ合いのゲーマーと一緒に。ノブさんっていうんですけど」

「もしかして、昨日のイベントで信長のコスプレしてた人だったりする?」

「そうです。あの人、僕のゲーム仲間なんです」

「すごいなあ、東京に戻ったら、一緒に遊べないかな? 君の知り合いなんだから、いいゲーマーだろうし」

「本当ですか! ぜひ、紹介したいです。僕も、ミツアキさんや皆さんとまた遊びたいですし。劇も見に行きたいです!」

「それ本気に受け取るよ? 社交辞令はなしだからね。ゲーマーの今度遊びましょうは、本気の約束だから」

 ミツアキさんは嬉しそうに笑った。

 ゲーマーの今度遊びましょうは本気の約束、いい言葉である。

「もちろんです! ノブさんに話したら、すぐ遊びに行こうって言いますよ」

「じゃあ、僕の名刺渡しておくよ」

 ミツアキさんの名刺を受け取る。

 劇団B.O.Z.座長、佐間原光顕さまはら みつあき。SNSのアカウントと連絡先が記載してある。


「それじゃあね。荷物の準備もあるし。閉会式ももうすぐから遅れないように」

「はい、ゲーマーの今度遊びましょうは本気、覚えましたから!」

 別れの挨拶を交わすと、ちょうど信長からのショートメッセージが届いた。

 荷物を送る宅配便を手配し、帰り支度ができたらしい。

 TRPGの祭りも、もう終わる。

 祭りの終わりは、どうしてこういつも切ないのだろう――。 

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