第22話 織田信長、ゲームの達人
信長の呼んだメンバーが帰った後のことである。
もう日が暮れたので、缶チューハイと打ち上げ用の諸々の買い物をしてセッション砦に戻ってくる。
TRPGカーニバル・ウェストの開催までまだ一月以上の日程があるが、宿泊申し込みはすぐさま応募枠が埋まってしまう。
このちゃんから聞いたときにはもう予約を入れていた。都合がつかなかったら、キャンセル料を払って変更するつもりだと信長は言う。
このセッション砦もそうだが、人員の招集といい、これまでのことといい、こうと決めたらやってしまう実行力には、やはり感心することしきりのコウ太である。
「しかし、信長さんは本当にすごいです。あっという間に現代に馴染んじゃって」
「ふふ、今更何を言うかと思えば。コウ太よ、わしは天下を取った男ぞ」
「でもすごいですよ。僕なんか、信長さんが来るまでオフセとか絶対無理だと思っていたのに」
思わず、うつむき加減でコウ太は語ってしまう。
自分一人では、カーニバル参加はおろか、オフセへの参加も夢のまた夢だったはずだ。信長のようなコミュ力と行動力があれば、いっちーさんとも疎遠にならずにすんだかもしれない、そんな後悔がよぎる。
「コウ太よ、いっちーさんとは何があったのじゃ?」
思わず飲んでいた烏龍茶を噴き出しそうになる。
不意打ちといえば不意打ちだ。
しかし、信長が気にするのも、無理もない。いっちーさんがカーニバルに参加する、こうこのちゃん経由で聞いたときの動揺は顔にモロに出たはずだ。
「僕、いっちーさんに嫌われちゃったんですよ。オンセデビューのお世話になったのに……」
ほろり、と本音がこぼれる。
「よければ話してみよ。わしでよければ聞くぞ」
「僕、シナリオ作るの本当に下手なのに、いっちーさんをプレイヤーに招いてオンセしたんです。そのとき、プレイヤーが揉めちゃって。いっちーさんに何度も謝ろうとしたんですけど……ウザ絡みしちゃったせいで、更新止まっちゃったんです」
あのことは、今でも思い出すと苦い気持ちになる。
コウ太は、自分には創作の才能がない、そう思っている。
かつては小説を公開するようなこともしていた。
才能がないとわかってからは、アップした創作物はすべて消して離れていた。
TRPGの動画を見て、これなら自分でも物語やキャラクターを語ることができる、そう思ってデビューした。
いっちーさんには、プレイヤーに誘ってもらい、よい評価してもらった。
それで気をよくしたのが失敗だった。
プレイヤーたちの疑問に答えられることができず、意見の対立を招いてしまった。いっちーさんは宥めてくれたが、結局セッションは後味の悪いものになった。
そのことを詫びようと、何度もしつこくレスをしたせいで、返答もないままいっちーさんの更新は止まってしまったのだ。
このちゃんがいっちーさんの動向を知っていたのは、彼女もいっちーさんとオンライン上の知り合いだったからだ。もちろん、自分のせいでゲーム仲間がネットから消えたなんて事情は話していない。話せるわけがない。
「……コウ太よ、事情を聞くにそれは本当におぬしのせいなのか?」
「え? 僕、何か話しました?」
「さっき話したであろう。さてはもう酔ったか」
信長も少し赤みがかった顔で言う。
酔い覚ましに烏龍茶を含んだが、酔ったせいで胸の内に秘めた事情を洗いざらい話してしまったらしい。
これはバツが悪い。しかし、少しほっとした。
コウ太は、信長に聞いてほしかったのだ。
「調度よい機会じゃな。いっちーさんなるゲーマーがいかなる人物かは知らぬが、TRPGカーニバルのために上洛するのであろう。ならば、同卓して事情を聞けばよいではないか」
「ええ!? 無理ですよ! 僕、嫌われちゃってるのに……」
無茶なこと言う、コウ太は思った。
オンラインでも拒否られているのに、ましてオフとなればリアルの意味で合わす顔がない。
「コウ太よ、おぬしは初心者がうまくGMできぬとの理由で咎め、二度と卓を囲まんという沙汰を下すのか?」
信長は、コウ太の答えに思わず眉根を寄せる。
「いや、そんなことはないです。最初からGMうまくできるなんて、信長さんじゃあるまいし……」
「そこよ。わしはまだ初心者であるが、よきゲーマーとは相手の不得手を責めぬものと学んだ。いっちーさんもよきゲーマーなれば、コウ太と同じく許すはずじゃ」
「そ、そうですかね?」
「では、いっちーさんなる者は、初心者GMにも厳しいのか?」
「ええ!? そんなことは……あっ!」
そう、そんなことはないはず。
いっちーさんは、まだTRPGのセオリーを知らないコウ太が館を燃やそうとしたときも優しかったのだ。
「であろう? なれば、更新を止めたのは何か別の事情があるはずじゃ。実際に確かめる絶好の機会よ」
「そっか。別の理由、あるのかもしれませんね」
「うむ。これで、おぬしも上洛する理由ができたではないか」
「は、ははは……。ほんとすごいっすね、信長さん。僕よりずっと現代に適応してるじゃないっすか」
少し、自嘲気味に言ってしまうコウ太である。
言ってから、弱音を吐いて自分を卑下する癖ができていることに気がつく。
コミュ障ゆえに、自信を持って行動できず、現代社会の中で沈んでしまったのだ。
自分のプライドを守るためのものが、今は重しになっている。
「のう、コウ太よ。世の中を“げぇむ”と思うてみよ。さすれば攻略の道も拓けよう。今にして思えば、戦国の世を乗り切れたのは、わしも斯様に思うておったからよ」
「世の中をゲームで考える、ですか」
「死のうは一定よ。どうせ誰であろうと死ぬ。勝って栄華を極めようが、負けて討ち死にしようと、いずれ人は死ぬ。なれば、天下を碁盤に見立て、天衣無縫に打ってみようと思うたのじゃ」
「それで、あんなに大胆に生きたんですな」
「いかにも。“このパパ殿”から書を献上されたのじゃが、ここに紹介された南蛮の兵法にも、左様なことが記してあった」
信長は語りつつ、タブレットPCをコウ太に見せた。
電子書籍で購入した本である。
「『ゲームの理論と経済行動』って……そんな本読んでるんですか、信長さん」
「このパパ殿の『コミュニケーションとゲーム理論』の注釈にあったからのう」
『ゲーム理論』とは、ジョン・フォン・ノイマンとオスカー・モルゲンシュテルンの共著『コミュニケーションとゲーム理論』で提唱された学問である。自然界、社会の状況で複数の対象が関わる意思決定や行動の相互依存的状況を数学的にモデル化する。そのモデルの中でも有名なのが、「囚人のジレンマ」である。
・一人が罪を自白し、もう一方が自白しない場合、自白した方は無罪、自白しない方は懲役十年。
・二人とも自白しない場合は懲役ニ年。
・二人共自白した場合は懲役五年。
この場合、双方が協力して双方黙秘が懲役二年で全体から見るともっとも利益があるが、囚人個人の立場で利益を追求すると互いに自白するになってしまう。
黙秘していると懲役二年か懲役十年である。
つまり、黙っていると相手が裏切って十年の可能性がある。それよりは双方自白の懲役五年、一方が黙秘して無罪に賭けたほうが分がある、こういう判断になる。
こうした行動の判断を数学的モデルにしたことで、AIのアルゴリズムやルーチンにも応用が可能となった。
ちなみに、こんな学問を考え出したジョン・フォン・ノイマンは、二〇世紀を代表する天才の中の天才であり、『DX3』のノイマンシンドロームの由来として名を残している。
「何が書いてあるかわからんことも多いが、世の中のすべてを“げぇむ”で考えようとは、大した学者もおったものよ。孫呉の兵法に勝るとも劣らぬ」
そりゃまあ、ゲーム理論とが現代でも難しい学問に分類されるのだから、戦国武将がわからなくて当然である。
しかし、ここでコウ太は確信したことがある。
織田信長は、ゲームの達人なのだ。
世の中をゲームと考え、即座に攻略方法と適応の術を見つけていく。
戦国時代をそうやって分析し、勝ち上がって天下に号令した。
だから、TRPGへの理解も早いし、ダンジョン構築もGMもうまいのだ。
「さて、コウ太よ。今宵は酔い覚ましに歩いて帰るか」
「帰るって……。信長さん、ここで暮らすんじゃないんですか?」
「うん? セッション砦はいつでも使えるようにしておるが、寝食の場はコウ太の部屋と考えておったが……。確かに手狭ではあるな、この砦に居を移してもよいか」
「ああ、いえいえ。信長さん、僕の部屋に戻りましょう」
コウ太は、てっきり信長がセッション砦に居を移すものだとばかり思っていたのだが、完全に信長がセッション用やその他の目的で使うつもりらしい。
アラフィフおっさんとキモオタ青年がひとつ屋根の下で暮らすのも気色悪いかもしれないが、孤独よりはよほどいいと思っていたのだ。
「まあ、離れて暮らすのを望むのであればそうしてもよいがな。それだと張り合いというものがなくなるであろうな。しかし、時に男子には一人になりたい時もある。あの部屋で二人が別々にオンセするとなると不便だしの。ほれ、合鍵じゃ。おぬしも好きに使うてよい。通学やバイトの往来が面倒であるときは泊まっても構わん」
信長は、コウ太に合鍵を渡してくれた。
またこれからも、信長と寝食を共にする日々は続くようである。




