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そのニ

 重要な会議などを行う群青の間は、いつになく緊張をはらんだ空気が漂っていた。

 美しい庭園を覆い隠すかのような垂れ幕が、爽やかに吹き込む風にあおられ、ふわりと揺れた。金糸雀のさえずりと共に、柔らかな陽光が部屋の奥へと流れる。

 けれど、そんな陽気とは対照的に、群青の間からぴりぴりとした雰囲気が消えることはなかった。


 シュリンは、群青の間に足を踏み入れると、手を重ね、頭を下げた。

 黒曜石を削ってはめ込んだ床に、シュリンの堅い顔が映し出される。重々しい空気に潰されそうだった。

 情けなく瞳を揺らしたシュリンは、上座に水王主の姿がないことを訝しく思った。つまり、これは主頭三補佐官の独断なのだろう。


(しっかりしなければ)


 認めてもらうには、彼らに弱音を吐くわけにはいかない。

 すっと肝が冷え、身が引き締まるようだった。

 勧められるまま下座へと座したシュリンは、一瞬、悔しそうに唇を噛んだ。兄たちなら決して下座へと座らせないだろう。十五を迎えてもなお、シュリンの地位は彼らよりも下なのだと突きつけられたような心地だった。


「一の姫様」


 まず口を開いたのは、主頭三補佐官の中でも行政を司るスギョク宰太師であった。彼は、祝いの儀のとき真っ先に異を唱えた人物である。皺が刻まれた厳めしい顔に、慈愛という文字は浮かばなかった。

 老いを感じさせない鋭い双眸が、身を堅くするシュリンへと向けられている。


「なぜ、ワシらがお呼びしたのかおわかりですかな」

「わかりません。わたくしごときが、深い叡知を宿す補佐官様方の心中を察することなどできません」


 シュリンは自分を奮い立たせ、彼の視線を真正面から受け止めた。

 射るような眼差しに、思わず、ごくりと唾を呑み込む。


(なんて力強い……)


 体つきは大柄ではないというのに、圧倒されるほどの威圧を感じるのはさすがに主頭三補佐官といったところだろう。文官と政官という、国の中枢を担う者たちを束ねるだけあり、情になど流されなそうな気質が窺い知れた。

 シュリンは気圧されないよう腹に力を入れた。ここで負けたなら、なにも進まないだろう。


「けれど、このたびの件で、わたくしに至らぬところがあったのではないかと推察いたします。ファン・リー・ツェイ姫を迎えるのは、わたくしだけではなく、水の領の命運もかかっておりますから」

「ふんっ。わかっておるのならよい」


 スギョク宰太師は、大きな鼻を鳴らすと目を細めた。


「まったく、姫様のおかげでどれほどの者が迷惑を被っているか。この崇高なる宮殿を一部とはいえ、『蒼』から『朱』へ塗り替えるのは言語道断ですぞ。加えて、行事から料理に至るまで、すべて火の領流になさろうとしているとお聞きしましたが」

「これだからシュリン姫は、まだ幼くあらせられるのだ。水の領の流儀で迎えてこそ、火の領の姫君をうならせることができる。そんな簡単なこともおわかりにならない。水王主はなにを考えておられるのか。領の一大事だというのに、シュリン姫に一任するとは」


 やれやれと首を振ったのは、軍事を司るキリョム征太師であった。白髪を後ろになでつけた彼は、一見文官にも見える容姿をしているが、御年六十五を迎えた今でも現役の兵に負けないほどの剣の使い手だ。

シュリンを痛烈に批判する両太師の傍らで、監察を司るサイハ導太師だけが呑気に茶をすすっていた。三人の中で一番年が若く、顔つきも穏和だ。


「まぁまぁ~、お二人とも落ち着きなさい。確かに、ファン・リー・ツェイ姫の訪領は、水の領の未来がかかっていますが、今回はそれと別に一の姫の力量も試されているのだから、老いぼれのわたしたちは大人しく見守っていないと」

「なっ! 水王主のお考えを実現させるのが我らの使命ですぞ。水王主は、あの憎らしい火の領と友好的な関係を結ぼうとしておられる。ならば、是が非でもそれを叶えて差し上げるのが、我ら主頭三補佐官の務め。このまま姫様の好きにさせておけば、それは叶いませぬぞ」

「そうですか~? まぁ、何事も経験ですよ。一の姫がどこまでやられるか、わたしはとても楽しみですよ」


 にこにこと笑いつつも目の奥は笑っていない。

 さすがに公平と名高い人物ではあって、シュリンを真正面から咎めはしないが、彼も胸の内では思うところがあるのだろう。

 思いがけない……いや、予想はしていたが、考えていたよりもずっと手厳しい三方の話を聞いていたシュリンは、ぎゅっと掌を握りしめた。


 悔しかった。

 認められていないということもそうだが、自分のやり方をすべて否定されて。

 ファン・リー・ツェイ姫のことを想いながら行っていたことが、すべて間違えだったのだろうか?


(だめ……揺らいだら、すべてが水の泡となってしまう)


 一度決めたのなら、貫かなければならない。

 火の領の者をもてなすのは、今回が初の例である。前例がない以上、すべてを本に頼ることはできなかった。自分なりに思索するしかなかったのだ。


「ああ、けれど一の姫。何事も驕ってはいけませんよ。たまには老いぼれの言葉に耳を傾けなさい。わたしたちはなにも、一の姫にすべての責任を押しつけるつもりはない。けれど貴女はなにを勘違いしたのか、わたしたちを頼ろうとせず、自分の未熟な考えばかりで先走ってしまう……」


 困ったことですね、と穏やかに諫めるサイハ導太師。


「……っ」

「確かに、火の領からの公式な訪領は初めてのことで、わたしたちも戸惑うことばかり。けれど、二つの領の親善を目的として賓客を招くのは、過去にもあったこと。その歴史をふまえず、自分なりの考えを押し通すのはいかがなものでしょう」


 中立的な立場で水の領の采配を握るサイハ導太師は、領の未来を憂えてか、シュリンに向ける眼差しはどこか冷たい。

 慣習にならわず行動したシュリンを責めているようだった。


「本好きだという姫様ことだ。ワシらが、他領の貴人をどのようにお迎えしたのか知っておろう。それをご存じならば、あのような暴挙は犯さないと思っていたが。まったく、教育係の顔を見てみたいものだ」


 シュリンは黙って俯くしかなかった。

 過去に他領から公式訪問があったのは知っていたが、火の領ではないから参考にならないと本を読まなかった。

 明らかなシュリンの落ち度だ。

 こうして責められても文句も言えない。

 けれどここまできてしまった以上、いまさら変更も難しい。

 これまでの作法もぶちこわすほどの気構えでやらなければ、すべてが台無しになってしまう。

 シュリンは静かに自分を勇み立たせるのだった。




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