一匹目
「あ? これはどういうことだ?」
今、ある一人の人間が鏡の前に立って困惑していた。
その人間の名前は九神 玉藻。 今年46の男性だ。
「女になってる? それになんかへんなもんまで付いてるぞ?」
そんな彼に何か起こったのか、彼の頭には狐の耳、腰には尻尾が九本生えていた。
そして彼の体は女の体になっていた。
「どうなってやがる。 俺は店を閉めた後に、ちょっと仮眠をとってただけだぞ。 誰か店に入ってきたのか? だがそれにしては荒らされた形跡もない。 それに誰かが来たのなら気付くはずだ。」
彼は腕を組みながら考え込んでいた。 今の彼を見ていると、どこか会社で働いている中年のサラリーマンの雰囲気が見えてくる。
だが今の彼を言葉で表すなら容姿端麗のお姉さんって感じだ。 出るところはしっかりと出ており、ひっこむところは引っ込んでいる。 簡単に言うとボッキュボンだ。
「さてと、俺が寝ている間に何か変なことが起こって、俺の体は女になったわけだが…… 特に気にすることじゃあないか。 男が女になっただけだしな。 しかもこういう時に起きた問題はどうにもならないもんだと決まってるしな。」
どうやら彼は自分の現状をすんなりと受け入れたらしい。 いや、半ばあきらめた。のほうが正しいのかもしれない。
彼は現状を受け入れると素足のまま、仮眠室を出て行った。
「はぁ、こんなことが起こったからもしかしたら、とは思っていたが、案の定か。」
そうため息を吐きながら彼が見つめていたのは店の窓から見える外の景色だった。 店の外には洋風な建物がずらっと並んでおり、石造りの町並みが店の外には広がっていた。
「しかし、こりゃあいつの時代だ? 確かに似たようなもんは見たことがあるが、さすがに馬車は走ってなかったぞ。 もしかしたら過去にでも来ちまったのか?」
彼はそういうと、本来は店に来た客が座る椅子に腰を掛けた。
「体も女になるし、変なもんはついてるし、外は欧米みたいな町並みになってるし、これはどう考えても現状を打破することはできないな。 まあとりあえず、現状は放置で、店の準備だな。」
彼はそういうと、椅子をもとに戻し、店の掃除、メニューの仕込みなどを始めていった。
どうやら彼は見知らぬ街に来たのにも関わらずいつも通り店を開くつもりらしい。
「さてと、今日はいつも通り、と行きたいところなんだが、今日は少しランチを多めにしておくか、似たようなものならあっちも食べてくれるだろ。」
彼はそういって、ピザの生地やパスタの準備をしていった。 それ以外にも野菜やお肉、それぞれの準備をしていった。
そうしてかれこれ一時間ぐらいして彼の作業の腕が止まった。
「よし、これで大丈夫だろう。 まあ、まずは言語がわかるかどうかだがな。 とりあえずは開店だ。」
彼は店から出ると店の前に置いてあった看板をcloseからopenに変えて、店の中に戻ってきた。
「あとはお客が来ることを願うだけだな。」
彼はいつでも対応できるように準備をしていた。
しかし、お店に入ってくるお客はなかなかいなかった。
「こりゃあ、だめかもしれんな……」
彼の言う通り店を窓からのぞく人や気になって確認する人は何人かはいたが中にまでは入ってこない。
お客が来なければ店は動かない。彼があきらめかけているのも仕方ないだろう。
そのとき、店のベルがカランカランとなった。
「いらっしゃいませ」
彼はすかさず声をかけた。 お店の中に入ってきたのは一人のおじいさんだった。
おじいさんはかぶっていた帽子を取ると彼のいるカウンター席に座った。
「あなたがここの店主かい?」
「ええ、わたしがこのお店の店主です。」
「ここはいったい何の店なのじゃ? 外に置いてあった看板を見てみてが知らぬ言語でな。 わからんかったのじゃ。」
「ここは、お金はもらいますがメニューから注文を決めてもらって、それを私が作り、お客様に出して、お客様に料理などを楽しんでもらいながら休憩してもらう場所です。」
彼はおじいさんに喫茶店について簡単に説明した。
「なるほどの、このメニューといわれるものから食べたいものを選んでそなたに言うとそれを作ってもらえるってわけだの。 それならわしも一つ頼んでみるかの?」
おじいさんはそういって店のメニューを見て、すぐにメニューをテーブルに置いた。
「すまんの。どうやらわしじゃあこの文字は読めんらしい。 どうにかできんかの?」
「それならば今日のおすすめなどはいかがでしょうか? 今日のおすすめはカルボナーラというパスタになります」
彼はそういっておじいさんに写真を見せた。
「これがそなたのいうカルボナラというものかの? それじゃあそれをひとつもらうかの」
「かしこまりました。 それでは少しお時間をもらいますね」
彼はおじいさんにそういって、キッチンに戻ると、カルボナーラを作り始めた。
おじいさんはカルボナーラを作る彼をじっと見つめていた。
10ぐらいが立ち、カルボナーラをおじいさんのテーブルに置いた。
「おお~ これは何ともいい匂いじゃ。 それじゃあいただくとしようかの」
おじいさんはそういってフォークでカルボナーラを少し取ると口に入れた。
「美味い… 美味いぞ‼ なんという美味じゃ‼ このなめらかで上品な味、これは何ともうまい…」
おじいさんはそれから淡々と食べ続け、カルボナーラを完食した。
「美味かった。 こんなにうまいものを食べたのは久しぶりじゃ。 これ以外の料理もみんなこれみたいに美味いのか?」
「ええ、多少好みの問題がありますが、味に問題はないと思います」
「そうか…… これはいいことを聞いたな。 また来てもいいかの?」
「どうぞまたお越しくださいませ。」
「うむ、それではこれからはちと話が変わるのだが… そなた、いったい何者じゃ?」
おじいさんは彼をにらみながらそう聞いた。 先ほどの優しそうな雰囲気とは打って変わった雰囲気をおじいさんは出していた。
「何者というと?」
「言葉の通りじゃ。 まあ、人に聞くなら自分からっていうし、わしから自己紹介させてもらうかの。 私の名前はエヴァン・ベイリー ベイリー家のの当主で王からこの土地を任されておる。 ここの土地はもともと空き地でな、急に変な建物ができたと街のものから聞いたからわしが直接見に来たってわけじゃ」
おじいさん、エヴァンは自分のことと自分が店に来た理由を話すと視線を彼に向けた。 次はおぬしの番じゃ、とでも言うように。
「私は九神 玉藻、ただの喫茶店を営んでいる人間です。 ただ、これは私の考えでしかないのですが、ここはもともと私が居た場所とはちがう場所です。 私は店で仮眠を取っていて目を覚ますとこの場所にお店とともに来ていたのです。」
彼はそういって、もともといた日本という国のことなどを正直に話した。 ただ自分がこっちに来た際に女になっていたという事実だけを隠して。
「そうか、おぬしはたぶん別の世界の人間なのだろうな。 ここの大陸、アルジェイト大陸ではそういう話が物語として描かれている。 それと似た体験をそなたは体験してしまったのかもしれぬな。」
「そうですか。 まあわたしだけでどうにかなる問題ではないと思っていたので、今更ですがね。 それで店は開いても大丈夫なのでしょうか? 空き地だっておっしゃっていたし」
「大丈夫じゃよ? ここは何年も買い手がつかんから空き地になってたわけじゃし、それにあんなにも美味なものを出す店ができるのなら大歓迎じゃ」
エヴァンは笑顔でそう言った。
「それにしても、そなたのそれはどうなっておるのじゃ?」
エヴァンは玉藻の耳と尻尾を見てそう言った。
「これはわたしの家にかかわることで、私の家、九神家では狐との仲が昔から大変良かったらしいのです。 そしてその一族には、代々、狐の力が受け継がれていて、私はその力が色濃く出たためにこのような姿になっているのです」
大嘘である。
「そうか、そなたも大変じゃったの。 それではここのことはわしから説明しておくから心配せんでいいぞ。 気になってた者もいるみたいじゃったし、わしが直々に教えてやろう。」
エヴァンはそういうと、席から立って、帽子をかぶった。
「それじゃあ、そろそろ行くとするかの。 黙ってきたもんじゃからばれたら面倒じゃ。」
「それではあちらのほうでお会計をお願いします」
「いや、おぬしにはこれをやろう。」
おじいさんはそういって一つのコインを取り出した。
「これは?」
「これは白銀貨 これ一枚で大きな家が一軒建てれるぞ。 これは美味いものを食わせてもらったお礼とこれからもよろしくというじじいからのごますりじゃ。」
おじいさんはそういってお店からそそくさと出て行ってしまった。
「白銀貨、家が一軒建てれる……」
彼はその日、急いで店を閉めると、街の人に聞いて図書館に向かった。
そして、お金の単位を調べつくした。
そしておじいさんがくれた白銀貨は貴族でもなかなか見ることのないとんでもない代物だった。
そんなとんでもないものをくれたエヴァンはというと……
勝手に外に出たことが奥さんにバレてこっぴどく怒られたとか。
いつの時代でも女は強し。
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