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俺の気持ち。

俺の気持ち。


後半45分、ロスタイムに突入。割とクリーンな試合運びだったと思うんだが、ロスタイムが4分と表示されている。俺と奴は前半で交代の予定だったんだけど、思わぬ負傷者が出た為にまだピッチに立っている。ゴールラインを割ってボールは敵のコーナーキック。俺は守備に回っていた。時間は無いからこのコーナーキックを防いでなんとか守り切りたい。90分の試合がこんなに疲れるとは思っていなかった。

奴は俺からの最後のセンタリングを待ってセンターラインの辺りを一人でウロウロしている。大空先輩が負傷退場したんだ。カズさんも流石に疲れていて、守備に回るしかなかった。得点は4対3、殴り合いみたいな試合展開だぜ。笑う右膝を拳で殴って気合いを入れる。奴に得点王を獲らせるにはこの試合でハットトリックは必要だろう。前半の2点は奴と大空先輩が1点ずつ、後半の2点は奴の1点とフリーキックでの直接ゴール、決めたのは山田電器さんだ。ディフェンダーが上がってヘディングを決めるという従来のセットプレーシステムは機能していなかった。それ程相手は強い。OKD監督の采配に文句は言えないけど、ディフェンダーしか入れ替えないのはどうかと思うね。交代枠はもうないからなんとも言えない。

四試合で奴に何点取らせられるかが俺の課題だ。そしてそれには全ての試合で勝たなくちゃならない、トーナメントだからな。先ずはこの試合で3点目を取らせないと、得点王もMVPも見えて来ないだろう。それどころか次の試合に出場させてもらえないかも知れないからな。まあ、先ずは最年少出場記録と最年少得点記録は貰った。今回本戦出場32チームで16歳の代表は俺たちだけだからな。あ、俺の方が奴より誕生日が後だから、最年少出場記録は俺か。

また膝が笑う。

敵選手がコーナーキックに時間を掛けている。これはこのキックで同点に追いついて延長戦を狙っているって事だな。交代枠も使い果たし、疲れ切った俺たちに延長戦を戦う余裕はない。向こうはまだ体力ありそうな連中が沢山いる。流石に世界ランキング二位の国の代表だぜ。

なんとか敵のシュートが外れてゴールキックにならないだろうか。それならゴールキックからのセンタリングを上げられるんだが、その奥の手も使わせてくれないか。

コーナーキックからのセンタリングが上がり、相手フォワードと競り合いながらゴールキーパーがキャッチ……否、弾いた。こぼれたボールに敵味方入り乱れる。俺はそこには参加しない。まあ、参加する体力ももう残っていない。ゴールキックにならないのならば俺は味方からのパスを待つ。頼みますカズさん。

ロスタイム表示の時計が2分を切っている。チャンスは多分一度だろう。そう思っていると味方ディフェンスに当たったボールが偶然パスの形で俺の足元に転がって来た。

敵ディフェンダーも攻め上がって来ていたから、俺にボールが渡っても全力で戻っている最中だから前に邪魔は居ない。でも、今蹴り出せば奴はオフサイドになってしまう。そう判断してドリブルに変更。ドリブルしながら風向き計算、ここからじゃまだオフサイドラインだし、奴の百パーセント決められる位置じゃない。

俺はセンターラインまで敵には出会わない。後ろから数名に追い掛けられているが、これは問題ない。だけど他の選手にパスを出している時間がない。ドリブルしながらボールの回転を調節、踏んで回転を与える時間もない。走りながらのセンタリングは精度が悪いのであまり使いたくないが、この大舞台でそんな事も言えないよな。

センターラインを越えた辺りで俺はボールを蹴る。諦めてサイドに蹴り出したような格好でセンタリングに変えるのは結構難しいんだぜ。でももう五回はこの試合でその手を使ったから、ディフェンダーの油断は誘えなかった。勿論前の五回を布石に本当に蹴り出して相手スローイングに変えるという戦法もあるんだけどな。ベスト16で時間潰し作戦で勝っても意味は無い。相手が世界ランキング二位でもだ。しかもそれでは奴に得点させてやれない。俺たちは世界一になる為に此処に居るんだ。

俺が蹴った瞬間奴が走る速度を緩める。ディフェンダーも人間だ、奴に釣られて一瞬気を抜いただろう。それには引っ掛かってくれた。

まあ、それが命取りだな。

奴は素早く方向転換し、ディフェンダーから離れる。俺の蹴ったボールが曲がり始めるのと殆ど同時だ。相手ディフェンダーも奴を追い掛けるが、もう遅い。

俺の蹴ったボールが奴の足元に落ちる。俺はロスタイムの時計を見る。あと1分はある。これで決めれば逆転はほぼ不可能だ。決めてくれ。

『僕は中学生になってから一度もセンタリングをゴール枠から外した事はないんだ。』

そうだ。お前は俺の知る最高のストライカーなんだ。外す訳がねぇ。

走りながらの奴のボレーシュートは今までに見た事もないような素晴らしいシュートだった。漫画じゃないからゴールネットを突き破るなんて事はないが、相手ゴールキーパーのパンチングを見事に弾き飛ばす威力があった。

少し軌道は変わったが、ボールはそのままゴールに吸い込まれる。

──ド!

──ドドドド!!

──ドーッ!!!!

俺の耳に聞こえた歓喜と落胆の入り混じったスタンドからの声。

5対3、これなら勝てる。ロスタイムはあと1分。20秒で1点ずつ入れるのはいくらなんでも、例え世界一位の国でも無理だろう。それでも相手は諦めてくれない。だから最後の気力を振り絞って俺たちは守備に回る。治療を終えた大空先輩がベンチで他の選手に肩を借りながら立ち上がって叫んでいる。OKD監督がベンチから飛び出して指示を叫ぶ。どちらも歓声にかき消されて聞こえないが、闘っているのはピッチにいる十一人だけじゃない。日本サポーター、テレビ中継を見ている人々、その応援が俺に力を与えてくれる。これは彼女の能力に似ているんじゃないだろうか。もっと、もっと強く。

俺は果敢にスライディングタックルをして相手からボールを奪い取った。この時点で審判がホイッスルを吹いて終了の合図をしてくれないかと期待したが、そのまま試合は続行される。終了で良いのに、審判が俺たちに最後のプレイをさせてくれる。相手選手が俺の脚に引っ掛かったフリをして倒れたのを快く思わなかったんだ。そう思ったのならフエを吹いてくれりゃあ終わったのに。しかし、これはラストチャンスとも言える。

その瞬間を奴も見逃していない。最後の力で走り始めていた。本当に奴はストライカーだ。得点が欲しくて欲しくてしょうがないという表情で俺を一瞬見た。自身の4点目とチームの6点目か、面白ぇ。

ボールに回転をかけている時間は無い。俺は素直なセンタリングを上げる。俺はボールを曲げる事しか出来ないと誰もが思っている所で、真っ直ぐなボールを蹴る。これも布石だ。奴の動きもこれまでとは違う完全にサッカーの動き、バスケットの足取りじゃない。フェイントも何もないセンタリングとシュート。この試合で初めて見せる普通の動きは逆に相手にはフェイントになっていた。

──ドドドド!!

競技場全体が揺れる程の歓喜。興奮。これがサッカーだ。俺は地べたにひっくり返った。もう動けない。ゴールと同時に試合終了を告げるホイッスルが吹かれていたが、音は聞こえなかった。世界二位に決勝トーナメントで6対3の勝利。世界的には番狂わせだろうが、俺たちに不思議な事なんて何もないんだ。

俺たちの勢いは止められなかった。特に奴の得点する勢いが誰にも止められない。続く準々決勝、準決勝、決勝で奴はワールドカップの記録を塗り替えた。世界を熱狂させたストライカーは俺の横に何時も居るこいつだ。帰国してから総理大臣に表彰までされちまった。

テレビの取材やら雑誌の取材、新聞の取材、プロからのスカウトが押し寄せ。去年のテロ事件が嘘のように吹き飛んで、札幌の街は華やいでいる。

そんな人々の熱狂の中から逃げたい時に、俺たちはこの家に来る。そう、他人からは見えない家だ。

アヤもシイもその母親も世間の騒ぎとは別世界の住人だから、静かに俺たちを迎えてくれる。勿論お祝いはしてくれたけどな。

昨年死ぬ運命だったアヤはすっかり健康な中二の女子になっていた。母親の仕事は手伝っているようだが、主に交渉が仕事。これはアヤが戦闘には向いていない能力の持ち主だからなんだそうだ。裏の出来事とはいっても娘を殺人者にさせたくないという母親の愛情も含まれていた。彼女は愛情が薄いんじゃないかと自分を卑下していたが、そこは母親なんだ。娘に愛情が無い訳がない。その分男であるシイには過酷な任務が回って来ていたみたいだ。俺たちが訪ねると大概寝ている。つまりは充電中だ。母親に訊いた話では姉を慮って汚い仕事は全てシイが片付けているという。

この家の唯一の男として彼なりに頑張っている結果であるらしい。

さて、懸案の奴の告白だが、見事にワールドカップ優勝と得点王とMVPを取っておまけに総理大臣表彰や北海道知事表彰まで貰ったが、これもまた見事と言える振られっぷりだった。それでも奴はアヤに自分の気持ちを伝えた事で満足したようだ。振られた後もアヤとは普通に喋っているし、態度も変わらない。振られた翌日に俺と二人きりになった時こう言った。

「僕はまだまだ男としての魅力が足りないみたいだ。だからもっと男らしくなってから再度チャレンジする事にしたよ。その前に圭介くんか八つ裂き丸王に持って行かれる可能性もあるけどね。最後まで諦めないのは僕の長所だと思っているから、可能性が残っている限りは諦めないよ。」

流石は世界一のストライカーだ。お前は充分過ぎるくらい良い男だぜ。

でもアヤはやっぱり八つ裂き丸を見ているようだ。可能性は低いけど、俺は奴のパートナーだし、応援は続けるさ。

そのライバル圭介はアヤの母親に連れられて異世界に行ってしまった。八つ裂き丸に戦闘員見習い(幹部候補)という待遇で異世界の喧嘩の仕方を習う事に決まったんだ。この次会えるのは多分一年後になりそうだ。アヤの母親の話では俺と奴も八つ裂き丸は欲しがっていたらしい。まあ、俺も奴も丁重にお断りしたけどな。俺も奴も喧嘩には向いてないし、習うつもりもなかったからだ。

三ヶ月くらいで俺たちのフィーバータイムはやっと終わったようで、俺も奴も通常に学生を出来るようになった。普通の高校生活がやっと出来るようになった訳だ。まあ、勉強は全然出来なくて、たまにアヤに教えて貰っている始末だけどな。それでも俺たちは特待生扱いなんで授業料と単位は免除だし、試合で負ける事でも無ければそれがなくなる事もなさそうだ。卒業後の進路はまだ決めていない。日本のプロか世界に出るか、でも俺たち語学力最悪だからな。日本でのプレイになるかな。サッカー業界では俺たちのフィーバータイムはまだ続いているんだ。カズさんは俺のセンタリングを決めるまで現役を続行すると言うし、大空先輩はスペインリーグで待つと言ってくれた。俺たちに語学力の無い事を知った山田電器さんはヨーロッパのチームを辞めてわざわざ日本に戻って来て俺たちを待っていてくれると言い出す。OKD監督は向こう十年、全日本のスタメンから俺たちを外す気はないと豪語した。実際これからの十年、俺たちは全日本の試合がある度に呼び出され、飛行機に乗る事になるんだ。

日本サッカーが常勝軍団に育ち、世界ランキング一位になった時、俺は選手としての役割を終え、現役から退いた。奴はまだ現役を続けているが、そのうちまた俺のセンタリングが欲しくて誰かさんに依頼するんじゃなかろうかと俺は毎日心配している。まあ、その心配も殆ど無いかな、奴は大人になるにつれてあの時の事を忘れ始めていた。つまり、奴にも『見えない家』が見えなくなりつつあったんだ。時々アヤの事は思い出すみたいだけど、それも遠い過去の記憶、そして淡い初恋の思い出になりつつある。

俺は両親にあまり目立たないがそれなりの大きさの家を買い与え、そこに住んでもらい家を出た。町内は同じだけどな。俺の両親にもその家は見えない。

俺はその家を忘れなかった。大人になると見えなくなる不思議な家、俺には見えている。

そりゃそうだ。俺は今もこの家に世話になっているんだからな。

これは彼女が説明してくれた事だが、小学六年生から中学三年生までの期間、つまりは俺が癌患者であった時、死を直前に控えていた俺はある意味寿命をまっとうする寸前の爺さんと精神が同じだったんだそうだ。だから同じ入院患者であったアヤを見ても何も思い出さず、女医に変装していた彼女を見ても違和感くらいしか感じられなかった。圭介に血を吐きかけられてからの俺はその寿命を取り戻し、普通の15歳に戻った。だから忘れなくなったんだってさ。今も関係者である圭介やシルヴィス等は別次元で、この一族を覚えていられる寸法だ。

結局圭介は八つ裂き丸を追い抜けなかった、それ程甘い世界ではないと手紙を貰う。それでも次代の王の器と認められ、今は八つ裂き丸の副官に収まっている。なかなかの出世だ。

アヤは大学まで進み、卒業後に異世界へ旅立った。彼女は初恋を実らせたんだ。今は異世界の王の一人である八つ裂き丸の正式な妻だ。

シイは相変わらず殆どの時間を寝て過ごしているが、落第する事もなく現在大学生をしている。

「そろそろシイも独り立ちの時期に来ているから、この家も静かになるわね。」

シイが大学生になってもその姿が変わる事の無い彼女は俺の横に居る。俺が現役選手を辞めた最大の理由は結婚だった。15歳の時に封印した思いを俺は27歳で解き、改めて彼女に交際とその後の事を相談した。奴も圭介も願いを叶えられなかったんだが、12年間一途に思い続けた事が彼女に評価されたらしく、俺の願いは聞き入れられた。それも彼女にとっては約束のひとつで、彼女の能力の一助になった事は言うまでも無い

条件がひとつあった。それは『世捨て人』になる事。俺は相変わらず喧嘩も殺し合いも出来る人間じゃなかったからで、彼女は地球を守るのが仕事だ、俺一人だけをガードする事は出来ない。それでもこの家に居る限り俺は安全だからだ。その条件を飲むには俺は現役選手で居る事は出来ない。でも、簡単に辞める決心は出来た。

俺は彼女を愛しているんだから当たり前だろう。

「子供を作るなら私の見た目が18歳になっちゃうけど、それでも良いかしら?」

悪戯っぽく笑う17歳のままの彼女。

俺は見た目でお前を選んだ訳じゃない。

そう言って俺は彼女を抱き締めた。

こうしてこの不思議な一連の事件は幕を降ろし、世にも不思議な5百歳近い年齢差の夫婦が生まれた訳だ。

時々帰って来るアヤは帰る度に八つ裂き丸との新しい子供を連れて来る。この前三人目を連れて来た。俺は結婚して間もないのに背中に羽、頭に天使の輪がある三人の孫が出来てしまった。シイに『父さん』と呼ばれるのにもまだ慣れていないんだがな。

もう少し補足すると、俺は結局癌が治ってから一度も他の病気になる事もなく、93歳まで生きる事を許された。死因は老衰。

未だにワールドカップでの通算アシスト記録は破られていないのが自慢なだけの普通の人間だ。彼女との間に子供は作らなかった。それでもアヤやシイの子供や孫たちに囲まれて、俺は本当に幸せな生涯を送る事が出来たんだ。心残りは、俺を見送った彼女が未だ17歳の姿のままで、これからもその姿のままほぼ永遠に生きて行く事だった。異世界の技術で延命や若返りの術は存在したが、俺が異世界に行く事を彼女は承諾してはくれなかった。

「あなたと過ごしたこの時間を私は忘れないわ。ありがとう、ミノル。」

俺が逝く寸前に彼女がそう言ってくれた。

ああ、我妻揚子江。俺も忘れないよ。いつかお前が死ぬ日が来たなら、あちらの世界でまた会おう。その時は皆一緒にな。


完。



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