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学園覇王の一堂君は、男になりたいっ!  作者: 小林歩夢
四章 僕がオトコになるための、歓迎(?)合宿を開いてくれている。
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4-1 ”彼女が普通で、本来市販の紅茶には毒が仕込んであり、その他の人全員が毒消去スキルを所持しているという何とも面白くない超大作SF”

「見慣れてきたなー。この扉……」


 十日も同じことをしていると、学園治安部に来ることが完全にルーティンの一部になっているような気がする。


 僕はその既視感が滲み出る扉を、特に何も考えずに開けた。


「失礼しまーす」


 部室ではなにやら議論が展開されていた。東皇四天の皆さんがローテーブルの置いてある一つの冊子を、互いに縮こまって見ていた。


「ご飯がおいしいらしいんです」

「ここにしようよー?」

「しかし案外ここも捨てきれん……」


 その議論には珍しく王華院さんもノリノリなようで。


「おー龍馬ちん待ってたぜー!」


 師匠が僕の存在に気づくと、他の三人も一斉に僕を見た。


「ちっ」


 確実に舌打ちが聞こえてきた。舌打ちって陰でやるものじゃなかったっけ。本人を目の前にして堂々とやられると、なんだかすがすがしい気分だよ。


 これが彼女以外だったらショックを受けるかもしれないが、僕にもそろそろ耐性がついてきたようだ。


「龍馬君。こう――」

「あああ。今日もお茶持ってきちゃったから大丈夫だよ! ……ほら!」


 今日は本当に持ってきた。疑われないように学校かばんから出して見せる。こっちの耐性の方が僕はつけたいけどね。


「そうじゃなくて。もう作ってあるの、紅茶」

「え、なんで?」


 ローテーブルに置いてあるのは四つのティーカップ、と一つのマグカップ。ちなみにその見た目は最高の紅茶が入ったマグカップはティーカップの二倍の大きさだ。ふあっ⁉


「杏先輩が『龍馬ちんは昨日低音を出し過ぎたから喉にいい紅茶をだしてやってくれ』と言っていたので、いつもとは違う紅茶を淹れてみたの。市販のだけどね」


 綾芽さんの紅茶は市販だろうと関係ない。というか通常の手法で生成しているのに例の毒薬を作ってしまう原因は一体なんなんだ? もはや隠れて毒を仕込んでることくらいしか思い浮かばないよ? 


 というかここまで来ると彼女が普通で、本来市販の紅茶には毒が仕込んであり、その他の人全員が毒消去スキルを所持しているという何とも面白くない超大作SFを考えざるを得ない。


 視線を師匠に移すと、それはもうたまらなく笑顔だった。今から僕が苦し悶えるというのに、なぜ彼女は過去一番の屈託のない笑みを僕に向けられるのだろうか。


「師匠……(なんてことしてくれちゃってんですか! 新しい紅茶の実験台になっちゃったじゃないですか!)」


「龍馬ちん……(龍馬ちんがセコいことしたこからだろ? ざまあねえな! 南無阿弥陀仏)」


 なんで学園トップの覇王様がニューフレーバーの紅茶で死ななければいけないのか、僕は甚だ疑問だ。


 あれ、僕と師匠っていつからテレパシー使えるようになったんだっけ?


「……皆さんで何してたんですか?」


 僕は師匠との異能会話バトルを終わらせると、東皇四天の議論に参加する。


「行き先を決めていまして……なかなか決まらないのです」


 鈴蘭先輩が困ったように首をかしげる。


 僕はローテーブルに置いてあった、東皇四天の見ていた冊子をひょいと取り上げた。


「『一泊二日温泉宿』。へー、東皇四天の皆さんで旅行ですか? いいですねーゴールデンウイークですもんね」


 僕はその旅行雑誌をもとの位置へ戻す。


「馬鹿か。龍馬ちんも行くんだよ。ってか龍馬ちんがいないと意味がない」


 馬鹿と言われてちょっぴし心が痛んだが、後続の言葉が気になるので今は置いておこう。


「僕もですか? でもなんで?」

「昨日杏先輩に言ってたじゃん、『特訓してほしい』とか『稽古してほしい』とか」

「確かに言ったけど……」


 それだけでは僕が温泉宿に連れていかれる意味が分からない。しかも特訓と温泉だと全く別のジャンルじゃないか。温泉入りながら特訓……しかもそれって僕一人じゃないか。もしやまた女子ネタだったりする? 僕は皆さんに的確なツッコみを迫られているのでは?


 僕が思案している中、綾芽さんは続ける。


「でね、『特訓』も含めて部員全員で『龍馬君の覇王就任おめでとう会』を開こうと思って。ゴールデンウィークって予定大丈夫?」


 女子ネタでツッコんでほしいわけじゃなかった。なんだか恥ずかしい。


「初日と二日目以外ならいいですけど……でもいいんですか? ほら、そこに僕のことが大嫌いな人とかいますし」


 今年のゴールデンウィークは四日間で、最初の二日間は家族で旅行にいくらしい。そしてどうやらその後の日程も旅行になりそうだ。勉強するつもりだったんだけど、ここで断るわけにもいくまい。


「私は男子がいるむさくるしい空間から逃れたいだけだ。まあ貴様がいるのが残念で仕方ないがな」


 王華院さんの鋭い眼光が僕の心に突き刺さる。唯一男子扱いしてくれたことが僕にとっては救いだ。


「じゃあ鈴蘭先輩とかは……?」

「美肌効果がある温泉がありまして――」

「綾芽さんは?」

「ご飯がおいしいらしく――」


 あれ、おかしいなー。誰一人僕を祝う気がないぞ?


「師匠は⁉」

「それじゃあ、オレもご飯で」

「『それじゃあ』ってなんですか!」

「うそうそ。皆龍馬ちんのことを祝いたいって思ってるさ、きっと」


 師匠は語尾に不安要素を付け足した。確かにその推測は合っていると思う。少なからず一人は本当に思っていることを言っているのだから……。誰とは言わないよ。


「ふーん」

「そんな疑り深い目でオレを見るな! まず龍馬ちんはオレと特訓しにいくんだろうがよ!」

「そうなんですけどね」

「でさ、今どこに行くか迷ってるんだけど、龍馬君はどこに行きたい?」


 綾芽さんが僕に旅行雑誌を渡すと、見開き二ページの地図を開いた。そして現在候補に挙がっている温泉宿にしるしをつけていった。


「僕としてはお祝いしてくれることは嬉しいんだけど、師匠に特訓してもらうのが本題だから。どこでもいいんだけど……」 


 特訓と言われても僕は具体的に何をするのかは知らない。正直に言うと体育館の隣の森でやるつもりだったんだけど……。


「じゃあここにしない? ご飯がおいしいんだって!」

「ですからそこに美肌効果のある温泉はなくてですね」

「一堂龍馬がいなければどこでもいい」

「だからそれだと意味がねーんだっつーの」


 女子たちが私欲をかけて議論を始めてしまった。誰一人僕を祝う気なんてないじゃないか。むしろ「皆さん個人で行ってください」という感じだ。


「では僕が決めます。そもそも僕のためのパーティーですからね」


 その言葉に、東皇四天の二天は言いくるめられる。ちなみに一天の願いは完全に除外だ。本人欠席の状態でパーティーをされても全くうれしくないないからね。


「行き先は――ここです!」


 僕は目を閉じて適当なところに指を置く。目を開いて確認してみると運がいいことに、そこには温泉宿があるようだ。


「「旅館:湯の宮?」」


 適当に選んでしまったことを僕は少し後悔したが、一応写真を見る限りではご飯もおいしそうだし、美肌の湯もあるらしい。後に責められずに済んだな、男性従業員はいると思うけど。


「んじゃ、行き先はここに決定だな。日程はゴールデンウィークの三日目四日目の一泊二日だ。お金とか忘れるなよ。特に龍馬ちんは部屋一人分の料金だからな」

「嫌だったら別に同じ部屋でもいいんだよ?」


 性懲りもなく綾芽さんはとんでもないことを言い出す。そんなこと言ってると、

「そしたら私が一人部屋を借りる」


 ほら、王華院さんがそう言うでしょ?


 一泊二日の温泉旅行かあ。なんだか色んなことが起きそうだ。


 ちなみに紅茶は十円玉の味だった。もちろん食べたことはない。

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