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学園覇王の一堂君は、男になりたいっ!  作者: 小林歩夢
三章 覇王な僕は威張り散らしている。
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3-4 ”僕は女の子が好き、なはずだーッッッ!”

 なんやかんやありすぎたが、ようやく体育館に到着した。


 まだ昼休みということもあり、僕たちが一番乗りのようだ。


 だったらまだ大丈夫だろう。そう思った僕は『僕モード』へと戻る。もし誰かが来たらすぐに目をこすればいい。変身なら瞬発的にできる。


「この学校の生徒ってなんでこんなに元気なんですかね……」 


 もうぐったりだ。待ち合わせでは寂しく起立していただけで罵倒の雨嵐。そして覇王交代要請をして、告白して逃げただけの音切君。


「どうしたの、そんなじじくさいこといって」


 先に体育館に入ってしまった王華院さんや先輩たちに対し、空宮さんは僕の愚痴に受け答えしてくれた。先ほど男の純情なエモーションを木っ端みじんに打ち砕いた彼女は、いつも通りのアルカイックスマイル。


「ああ空宮さんですか……」


 しかしその後は続かなかった。


 無視されたのかと思って僕は空宮さんの方を振り返ると、何やら悩みを抱えているようだ。


「うーん」

「どうしたんですか空宮さん」

「あっ、それだ!」

「……何がです?」


 空宮さんは合点がいったようで、顔に引っ付いてた雲も一瞬にして晴れてしまった。しかし今度はその雲が僕にうつる。


「呼び方だよ。その『空宮さん』っていう呼び方」

「それがどうかしたんですか?」

「なんだか気にくわない……。私たち同じ学年同士で同じ女子同士なのに『苗字』はおかしいよ」

「待って、僕男です」


 さらっと僕に共通認識を植えよとしたってそうはいかないぞ。ある意味『女の子』というワードには敏感だからね。


「まあ別にいいんだけどねそんなこと」

「全然良くないです!」


 クリーム色のおっとり天然さんは非常に怖い。男女見境がないというのはいいことなのかもしれないが、本当に男女見境なくされると反応に困ってしまう。


「だからね、『苗字』以外で呼んで欲しいの」


 空宮さんの天然砲が炸裂した。


 ああ、もしこのシーンを世界中の男性が体験できたのならば、何人がおちただろう。多分おちなかったのは少しだけ特殊な方たちだけだ。「俺のことが好きなのか」と勘違いしそうになるセリフだったからね。しかも空宮さんは学年トップと名高い美少女だからね。なんて破壊力のある攻撃なんだ! ……ってあれ?


 とりあえず僕は体育館の外にある欄干をつかんでみる。


「僕は女の子が好き、なはずだーッッッ!」


 僕は体育館の隣にある森に向かって声量けたたましく叫んだ。


「どうしたの龍馬君⁉」


 空宮さんは僕の突拍子もない行動にさすがに驚いたようだ。まあここで驚かれない方がびっくりするけど……。


「ちょっと自分を確認したくて」

「ああ、そう」


 大丈夫だった。空宮さんにはドキッとしなかっただけで僕はいたって真面目に女の子が好きなんだ。失礼だけど空宮さんがタイプではないだけ。天然超美少女ではおちなかっただけ! はい、確定!


「それで、さっきの話に戻るけど――」

「『苗字』で呼ぶな、ってことですよね。『綾芽さん』と呼べってことですか?」

「うんうん! あ、でも杏先輩みたく『綾芽ちん』とか『あやぽん』とかでもいいよ!」

「じゃあ『綾芽さん』でいいですか、綾芽さん?」

「ノリが悪いなあ……。あとその敬語もね」

「敬語もかあ……。家族間でしか使うだけで、他は染みついていますからねこのスタイルが……ってほら難しい」

「そこは慣れていくしかないね」


 同年代の子と話すときはいつも敬語だった。いつからだろう、小五くらいの時だったかな。


「おーい、綾芽ちんと龍馬ちんー、油売ってねーで早くこーい」


 体育館から師匠の甲高い声が響いてくる。時計を見ればもう昼休みも終わる時間だった。


「はーい。わかりましたー」

「まあなんとか努力して……みるよ」


 僕は綾芽さんと共に先輩たちのいるステージ裏へ向かった。


「すいません。そら……綾芽さんと話し込んでしまいまして」


 ステージ裏はとても広く、何人かが列になって通れるくらいだ。たまに本格的なミュージカル舞台をやっているらしいから、それくらいはあってもおかしくはないが……。


 その広い場所にはやはりまだ学園治安部しか来ていなかった。


「あ、あやっ……貴様!」


 王華院さんは大層ご立腹のようだ。綾芽さんを汚すな! みたいな目で見ないでくださいよ、いい加減泣いちゃいますよ?


「お、龍馬ちんが下の名前で呼んでる。まあオレのことは『師匠』って読んでるけどな」

「いいですね、下の名前で呼ばれるのも」


 師匠が物珍しそうにけらけら笑う。対して白峰先輩は淑やかに微笑んだ。


「そういうものなんですか?」

「女性は男性から名前で呼ばれると嬉しいものですよ?」

「そうですか」


 僕が名前で呼んだことのある女性なんてつい先ほどまではこの世に一人花梨だけだったので、それはよくわからない。そして多分花梨はなんとも思っていない。


 白峰先輩もロマンチストだ。変わっているとは言っても女の子。やっぱりそんなものなんだろうか。現在「大阪湾に沈めたろか」みたいな表情をしている王華院さんはまずありえないけど……。


「ということで私のことも『鈴蘭先輩』とお呼びくださいね」


 僕の脳内図式は今までのやり取りを整理する。女性は男性から名前で呼ばれると嬉しい、ということはだよ? そーゆーことだよね?


「白峰先輩は僕のこと男だと思っててくれたんですね!」

「ええ。もちろん。学園治安部の唯一の男子生徒ですよ」

「うっぐぅ……ありがとうございます! これからは『鈴蘭先輩』と呼ばせていただきます!」


 当たり前のことなんだけど思わず涙が出そうだ。苦節十五年、ついに僕の努力は認められたのです!


「いや、龍馬ちん元々男じゃなかったのかよ……」

「いいんです今は!」


 僕が言い終えた時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


 そしてそれを皮切りにぞろぞろと一年生が体育館に入ってくる。


「龍馬君変身しなくていいの?」

「あっ、ありがとう綾芽さん。助かったよ」


 意外と簡単に敬語というのは取っ払えるものだ。しかし綾芽さん限定で背後に殺意を感じるのだがそれはなんでだろう。


 僕は『俺モード』に変身する。すると王華院さんには通常バージョンの五倍は睨まれた。あの笑っていた時の王華院さんが懐かしいよ。


 別に十年に一度見られる流星群とかじゃないんだから……少しくらい笑ってくれたっていいじゃない。

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