冒険者ギルドでの一幕。
よろしくお願いします。
「で?助けたのはその方達12名で他は死亡してしまった。諸々の調査は自分の判断だけで行動するのはマズいということで此方に来た、ということでよろしいですか?」
「うむ。あ、いえっ、はい」
偉そうに頷いてみせたが相手の目が笑ってなかったので態度を改めた。別に恐怖に屈したわけでは断じてない。ないったらない。
ここは俺が拠点にしている街の冒険者ギルド。俺はある事を成し遂げた。いや、今となってはやらかしたと表現したいのが俺の心情だ。そのせいで人が多く権力が集まる首都に嫌気がさし、この辺境の街にやって来た。ここはいい街だ。俺のことを知っていても気兼ねなく接してくれる。仲間として扱ってくれている。それが俺にはたまらなく嬉しい。
さて、相対するは見目麗しいエルフの受付嬢〈シアーナ〉。そして何故、人助けをして怒られているのか俺には分からない。
「何故私が怒っているのか、理解できないといったところでしょうか」
うむ。付け加えるならどうやって俺の心を読んだのかも教えてほしい。というかやめて。
「顔に出ていますよ。それと、自分が惚れていると公言している殿方が、子供とはいえ少女を抱いて大勢の女性を侍らせている絵図が気にならない女性などおりません」
淡々と、しかし彼女らしからぬ声色で俺に避難の言葉を容赦なく叩きつける。
普段の彼女、というか受付嬢としてのシアーナはおっとりしていて誰にでも優しく、包容力のあるお姉さんとして慕われている。緊急を要する仕事においては冷静沈着、公私混同などしない。
美しい金色の髪、アメジストを思わせる瞳は優し気に、しかし見惚れる男を惑わす。
当然、このギルドに彼女のファンは多い。そして彼女のお陰で俺には敵が多い。
「シ、シアーナさん。そういう発言はもうちょっとこう人がいないところで、、、」
「嫌です。というか、人が居ようが居まいがこの気持ちに嘘偽りはありません。それに二人きりでも貴方は私を抱いてくれませんでしょう?」
物凄い笑顔で俺がこのギルドを生きて出られるか分からなくなるレベルの爆弾を投下された。
「そ、それよりも!彼女達の保護をお願いしたい!彼女達の処遇はどうなる?」
「逃げたな」、「逃げたわね」、「逃げたぞ」、「シアーナさん相変わらず大胆、、、」、「死ねヘタレ」、そんな言葉が他の受付と周りから聞こえてくる。というか最後の暴言は横の受付嬢からだった。仕事しろよお前ら!!特に横!!
「まぁいいでしょう。逃がすつもりはありませんから気長に追いかけさせてもらいます。それで彼女らですが、、、まぁ話を聞く限り殆どの方が、、、言いにくいことではありますが身売りされて来た方達ですので、、、予定していた正規の奴隷商が買い取ると思われます。ですが、、、」
そう言うと腕の中のユリと後ろで身元の確認をしているリナリアに視線を向ける。何かサラっと怖いこと言われたがツッコんだら自爆する気しかしないので放置だ。
「ユリちゃんとリナリアさんは、多分流すルートが違ったのでしょう。正規の奴隷商も、獣人は契約内容に入っていないし、規定違反になりうる奴隷をウチでは引き取れない、と」
規定違反。今の世の奴隷は犯罪者が奴隷に落ちるか、借金のカタに落ちる等様々だ。奴隷とて人である。犯罪者は犯した罪にもよるので一概にこうだ、とは言えないが大体の奴隷は給金も出るし、衣食住も保証されている。それが出来ない者は奴隷を使役することはできない。
問題なのは攫われてくる奴隷達だ。何の罪もなく、突然にその人生を闇に飲み込まれる。珍しい種族だから、美しい、そんな理由で金になるからと攫う連中がいる。
「セ、セスタさん。抑えてください。皆萎縮してます。どうか、、、」
シアーナに言われ我に返る。それなりに力ある冒険者達は平静を保っているが、駆け出しの者や後ろの奴隷達、ギルド職員は固唾を飲んで此方を注視している。
「すまん、俺の悪い癖だ。ガキでももう少し自分を抑えるだろうな。恥ずかしい限りだ」
そう言って腕の中でキョトンとしていたユリを撫でる。
「いえ、貴方が怒るのは分かっていました。セスタ・シクシスはそういう人です」
そう言って仕方がないとでもいう様に笑うシアーナに俺は苦笑いでしか返せない。
「失礼、少しよろしいですかな?」
そう言って俺に声を掛けてきたのは紳士然とした中年の男性とその男に付き従う女性。先程リナリアに事情を聴いていた奴隷商の男だ。
「私、バロウ奴隷商のバロウ・ウルクルスと申します。非才な身ではありますが奴隷商会の会頭をやっている者です」
そう言って此方に握手を求める男に驚いた。奴隷という制度にあまり良い印象を持っていない俺でも知っている。王都でも有名なバロウ奴隷商のトップが何故こんな所にいるのだ。俺はリアを降ろして握手に答える。
「俺はセスタ、セスタ・シクシスだ。悪いが粗雑な言動には目を瞑ってもらいたい。育ちが良いもんじゃないんでね」
「ふはは!噂に聞いていた通りの御仁だ。余程私達が嫌いですかな?漆黒の雄、黒狼殿?」
それを聞いて助け出した奴隷達が、驚きを隠せない様に此方を見てくる。リアリナなんて目が点になっちまってら。
「勘弁してくれ、、、今は冒険者のセスタだ。それ以上でも以下でもないさ。それよりも何でアンタみたいなお偉いさんがこんな所に?」
「これは失礼した。いやなに、偶々ここの店の視察に来ていたまでのことです。そんな折、貴方が奴隷達を救出したと聞いた。奴隷嫌いの貴方が、ね」
「勘違いしないでくれ、俺も馬鹿じゃない。頭では分かってるさ、アンタらがいるから秩序が保たれてる。このクソッタレな世界が、人が人である為にはアンタらは必要だ。だが、、、好きか嫌いかは俺が決める」
「それでよろしいかと。、、、私達はクズです。人の人生に値段を付け、弱者の弱みに付け込みそれで潤いある生活している。誰に褒められましょう。誰に称賛されましょうか。ですが、やらねばならんのです。でなくては人ですらない者達にこの者達を差し出してしまう。ならば、この商売に人生を捧げる覚悟をした者としての、誇りだけは守り通したい」
声は穏やかだが、瞳には揺ぎ無き色がある。それに、、、。
「、、、世の中がアンタみたいな人ばっかだと戦争なんざしないのかね」
「お戯れを。私のやっていることなど偽善そのもの。唾棄すべき行いです」
「んなことねーよ、マジでそう思えた。じゃなきゃアンタの、いやバロウさんの横にいる〈誇り〉はそんな目で俺を見てきやしねーよ」
この男、バロウが連れてきた女性、、、首輪をしている。つまり奴隷だ。
「その目がこう言ってるぜ「貴方に私達の誇り(バロン)を理解してもらう必要なんて無い!」ってな」
そう言ってカラカラ笑うと、その従者らしき女性は恥ずかしそうに目を伏せて「申し訳ありません、、、」と言ってきた。
「いや、謝るのは俺だ。バロン殿、失礼した。未熟者の駄々に付き合わせて申し訳ない」
そう言って頭を下げ、謝罪の意思を示す。
「これは、、、いやはや。何故貴方が英雄と呼ばれるのか、少し分かった気がします。、、、世の中が貴方みたいな人ばかりなら奴隷なぞいないのでしょうな」
そう言ってニヤリと笑う紳士は悪戯が成功した子供みたいな顔をしていた。
「それはマズい。怠け者ばっかで働く奴がいなくなっちまう」
そう言い返し、二人で声に出して笑う。
今日という出会いの日に感謝した。