奴隷との対話。
よろしくお願いします。
「生き残ったのは、お前達で全員か?」
黒い刃を深紅に染め上げた目の前の男は、最初の印象とは真逆の鋭い、まるで持っている刀剣そのものの様な視線と共に、此方に問い掛ける。
「っは、、はい、、」
殺気、とでもいうのだろうか。私には分からないが、返答した声に明確な恐怖が移ってしまった。
まずい、と思った。思惑がどうであれこの男は、彼は私達を救ってくれた恩人だ。命を救ってくれた者に対しての態度ではない。慌てて謝罪とお礼を述べようとした瞬間、空気が変わった。
「いや、悪い。君らに見せるべき、ましてや向けるべき態度ではなかった。自分で思っていたよりも俺は冷静ではなかったようだ。謝罪しよう」
彼はそう言うと苦笑いを浮かべ頭を下げる。私は頭の中が羞恥心で一杯になった。咄嗟に地面へと視線を移す。顔に熱が帯びていくのが自分でもわかる。何故助けられた者が、よりにもよって恩人に、先に頭を下げさせているのか。
いや、ウソだ。正確にはウソではないが、赤面した理由は自分でも理解している。単純に、彼の優し気な声と、心配した者から向けられる怯えた目に、困った様に浮かべた苦笑いにアテられた。現に、後ろを見やると、さっきまで私と同じ様に恐怖していた女性達が一様に下を見たり、熱に浮かされた表情をしている。
改めて視線を彼に移す。身長は高め、筋骨隆々とまではいかないが、引き締まった体躯は肉食獣を思わせる。此方では珍しい、東方の国の者達に見られる特有の黒髪は両側を短く刈り込んであり、同じ色を宿した瞳は、黙っていれば怒っているととられても不思議ではない程威圧感がある。
だが先程聞いた通り、彼の声色は此方を気遣い、心配してくれていた。見た目や雰囲気以上に優しい人なのだろうと思う。ダメだ。何故かあの瞳を見ていると吸い込まれそうになる。
「こ、こちらこそ失礼しました。それと、助けて頂きありがとうございます。私は〈リナリア〉と言います。この子は〈ユリ〉。ここにいる皆、奴隷として売られた者達です」
私はずっと抱きしめたままの少女を思い出し、そっと力を抜く。思っていた以上に緊張していたらしい。ユリは私の腕をすり抜けると、そのまま男に抱き着いた。な、なんてうらやま、、、ではない!慌ててユリを引き離そうとする。
「す、すいません!大人しい子だったのでこんなことをするとは!奴隷の身でありながらなんという無礼を!どうかお許しくださいませ!こら、ユリ!離れなさい!」
必死にユリに離れるよう説得する私に対して、彼は笑顔で制す。
「いいんだ、怖かったのだろう。私は君達の主人でも何でもないのだ。無礼なことなぞ何一つないさ」
そう言って優しそうに目尻を下げ、ユリの頭を優しく撫でる。反則だ。そんな優しそうな顔されたら何も言えない。ズルい。何がズルいってユリがズルい。
彼は腰を落とすと視線をユリに合わせる。
「よく頑張ったな、もう大丈夫だ。俺がいる、安心していいんだ」
「、、、もうこわいのいない?」
「ああ、オジサンが全部やっつけたからな。オジサンは強いんだぞ?」
「しってる。ありがとう、おにーさん」
そう言ってお礼を言いながら抱き着くユリを抱っこして「もうお兄さんって歳じゃないんだが、、、まぁいいか」と苦笑いを浮かべる。
「ユリはリナリアおねーさんにお礼は言ったか?君と同じ怖い思いをしても君を守ってくれてただろう?ならちゃんとありがとうを言わなきゃな」
「うん、、、ありがとうリナおねーちゃん」
いきなり名前を出されて慌てて答える。
「そ、そんな、、、結局何もできなくてごめんねユリ。怖かったよね」
そうだ。私は結局何もできなかった。この人が来なければまた何一つ守れず終わっていただろう。そんな自分が情けなくなる。
「それは違う」
落ち込む私を否定する言葉が耳に届いた。
「君は確かに何も守れなかったかもしれない。だが守ってみせるという意思は貫いた。眼前に迫った暴力に真っ向から立ち向かった。誰にでもできることではない。誇っていい、君は強い。俺なんかよりもずっと」
そう言って私を見るこの人の目は真剣で、言葉にのせられた想いは私の沈み込みそうになる心を軽くしてくれた。まずい、まずいまずいまずい。顔が熱い。命を救ってくれた。心まで救い上げてくれた。強く、だが弱者に対する優しさも持っている。これで惚れるなというのは些か酷ではないだろうか?私は心の内を隠すように捲くし立てた。
「あ、あの!お、お名前は!?お名前を教えてくだひゃい!!」
全く隠しきれてなかった。死にたい。どれだけ恥を上塗りするのだ私は、、、。
それでも彼は笑顔で名乗ってくれた。
「セスタだ、セスタ・シクシス」
私は彼のこの笑顔と出会いを一生忘れないだろう。