第7話 修行「精神拳」
チュンチュン……。
鳥のさえずりで目がさめた。
私の朝は更に早くなる。
あの後、私は鍛錬と勉学に身を投じていた。
朝は今まで通りの筋トレ。
そして朝食を取った後、家の中でクレアから魔術を教わる。
昼食を取った後は午後3時くらいまでイヴリンと大きな庭で剣術共に武術の修行を行う。
まぁ、まだ体力づくりだけなのだが。
それから後は読書と義務教育までの数学を総復習という感じだ。
誕生日から早1ヶ月。
私は自らの状況を理解し、現実の厳しさを改めて理解することになった。
どうやら、現実というのは私のいた世界よりも異世界で感じる方がよくわかる気がする。
……本当は感じたかなかったのだが。
とにかく、努力をしなければ何も変わらない。
だが、努力の正しいやり方が私にはわからないのだ。
今まで、頑張ったことなどなかった。
勉強を勉強だと思わなかった。
何かを学ぶことは私の生き甲斐でそれが当然だと思っていた。
自分の意思を曲げてまで多くのことを考え、学ぶ。
それが、勉強だというのなら。
わからなければ調べる。理解したくば行動を起こす。感じたくば自ら挑む。
これは勉強とは言わないのだろう。
そんなこんなで私は努力とは無縁の生き方をしてきた。
多分、努力をしなくてはいけない事が私にとってら娯楽でしかなかったのだ。
なんとも、今考えると恐ろしいものである。
「……レーラ?」
「……っはい!」
「どうしたんだ?ぼーっとして」
今はイヴリンと武術の講座中だ。
「話、聞いてたよな?」
「……ごめんなさい。聞いていませんでした」
イヴリンが話してたのなんて全く気づかなかった。
ごめん、イヴリン。
「……じゃあ、もう一回最初から説明するぞ?」
「お願いします」
「じゃあ、始めるぞ」
そう言うとイヴリンは右足を一歩前に出して両手を下に置くクラウチングスタートに近い姿勢をとった。
「レーラ。この世界には大きく分けて2つの武派が存在する」
「はい、それは知っています。確か……『精神拳』と『虚実拳』でしたっけ?」
「そうだ。よく覚えていたな」
すると、イヴリンは一気に右足に力を入れて踏み出した。
ゴウッと凄い勢いで飛び出したイヴリンは木にめがけて一直線。
速さ的には現実ではありえない速度であり、スタードダッシュから既に説明をしてる間に50mは過ぎるだろう。
そんな端的な説明の後、飛んで行ったイヴリンは、
「すぅ………」
飛んだまま息を吸い込み右拳を下げて左手を添えるいわゆる『貯め』の構えを取る。
そしてその直後。
「……ふっ!」
木の中心に鋭い一撃が入った。
放たれた右拳は木を殴り、瞬間。
ズゴンッ!!
そんな音を立てて木に風穴が空き、バキバキと折れるような音を立てて重力に流されるがままに倒れた。
「……おお、凄い」
まるで閃光のように飛んでいき、木に向かって拳を突き出すと木の中心が粉砕し折れる。
なかなか面白い。
……でも、こんなん使えるのか?
「というか、今日から実戦形式なんですか?」
「言っただろう。さっき」
「………本当に何も聞いていませんでした」
そう言うとイヴリンは軽くため息をつく。
「今のはもちろん見てたよな?」
「はい。とても凄い力ですね」
「と言っても、これは精神拳の1つ。『閃光撃』って呼ばれる技なんだ」
「……(うわぁ、厨二臭いな)」
まぁ、イヴリンは放つ際に呪文とか唱えてなかったから別に言わなくても良いのか。
ならば良し。
「俺が基本的に使うのは精神拳の方だ。精神拳っていうのは『精神をある一点に集中させる』ことで通常よりももっと大きな力を出すことが出来るっていうものなんだ」
「……どういう原理なんですか?」
「原理についてはわからない」
バッサリと私の疑問が切られる。
まぁ、当然か。魔法とか原理説明しろって言ったら出来ないだろうし、これで良いのだろう。
「まぁ、歴史について説明するとな。これの原本を作ったフィルスト・アドルフは元傭兵だった。その時に『人間は何故ある一定以上に育つことが出来ないのか?』という疑問を持った。それでs」
「ストップです」
「ん?どうかしたか?」
「あの、育つことに限界があるとはどういうことなのですか?」
なんで限界などが存在するんだ?というか、何基準だよ、それ。
「それはな。才能書の内容についてのことなんだ」
「……え?才能書にはその人間の力の限界まで書いてあるんですか?」
「そうなんだよ。『その神才ならこれが限界だ』というものが才能書にはしっかりと記されているんだ。神様ってのは有能だよな」
……有能、なのか?
その限界っていうのは、才能書を記す直前までに神が辿り着いたところのことだろう。
なら神はそれを勝手に限界としたのか?
おいおい、それは馬鹿だろう。
その神様だってもしかしたらもう少し長生きできていれば限界ではないのかもしれないというのにそれを、限界と定めたのか?
この世界の人間、いや神様には向上心すらないのか?
本当に、心底神様ってのが馬鹿だと思ってしまうな。
……いや、向上心がないから、私はそいつを馬鹿にするのか?
なら、前世の『私』に今の私はなんて言うのだろう。
ただ私利私欲のために生き続けた私に、一体なんて暴言をかけるのだろう。
……………何も、言えなかった。
そこで、私は実感した。
私は、自分に心底甘い。
それのせいで私は今まで努力などしなかったのかもしれない。する必要などないと思っていたから。
……そういうことか。
私は自分に甘く、緩い。
それが、2度目の人生から知るべきことの1つだったのかもしれない。
……まぁ、この境遇には納得しないけども。
「で、そこでアドルフは昔あった「精神統一」の修行を始めたんだ」
「その内容は?」
「確か……、あれだ。立ちながら手を合わせて、そのあとに正拳突きのような動きをひたすらにやり続けるらしい」
……そいつはネ○ロ会長か何かなのか?
というか、名前はナチ党で中身ネ○ロ会長とかシュール過ぎるだろ……。
「……で、彼の正拳突きの速さが音速を超えたと」
「なんだ、知ってるじゃないか」
……よし、その作業のことを「感謝○拳」と名付けよう。
「……もしかして、お父様をそれをしたのですか?」
「いや、そこまではしてないな」
イヴリンは苦笑いをしながらそう言った。
「まぁ、それでアドルフは「精神を集中させれば人の限界を超えられる」と断言して精神拳を作ったってわけだ」
……まぁ、そういうことになるのか。
「では、具体的には精神拳とはどのようにすれば使えるのですか?」
「さっき言った通りの精神統一の究極系だな」
そう言うとイヴリンはまた右拳を下げて左手を添える構えの姿勢を作る。
「この姿勢を取るか取らないかは自由だが、俺はこの方がやりやすいからこれで説明する」
するとイヴリンは説明を始めた。
「精神拳はさっき言った通り精神を集中させることで力を発揮するんだ。要するに、今構えている『右拳』にほとんどの精神、神経を集中させるんだ。あとはそれを放つ。それだけだ」
「……そうですか」
神経をある一点に集中させて放つことで通常よりも大きな力を出すことができるということか。
まぁ、さっきの出来た経緯の説明でなんとなくわかっていたのだが。
「何かコツはありますか?」
「コツ、か。コツは神経を集中させる際に時間をかけないことだな」
「というと?」
「時間を掛ければ掛けるほど精神を集中させるのは難しくなる。だから、瞬間的に神経をある一点に流す感覚を覚えることが大切なんだ」
「……じゃあ、先ほどのお父様の走りはあれも精神拳なのですか?」
「え?あれは普通に地面を蹴って前に突っ込んだだけだぞ?」
……さすが元王都騎士。もはや人ではない。
………いや?これが普通なのか?あれ?
もはや常識の域がわからなくなってくる。
ーーー
「では、やってみますね」
「おう。さっき言った通りにやってみろ」
イヴリン曰く、『説明するより体感した方が早い』とのことだったのでさっそくやってみることになった。
やることは先ほどイヴリンがやってのけた木に風穴をあけるやつだ。
さっき言った通り、というのは精神を集中させる方法のことである。
『体に流れる血に精神を乗せる感覚だ。目を瞑ってみるとなんとなくわかるはずだ。流れる感覚がな』
イヴリンは右肩から右手にかけて左手を滑らせる仕草をした。こんな感じだと。
『あとはそれに乗せて精神を集めたい場所まで流す。集まった時の感覚は、精神を集めた場所以外で何かに触れている感覚がなくなった時だ』
ということだった。
………目を瞑ってみる。
……すると、不思議なことに体に何かが流れる感覚がわかった。
感じられるとは思っていなかったから驚きだな。
これが、血の流れる感覚か。
どこか、暖かく優しい。
強い何かが流れていくのがしっかりと感じられる。
だが、後に今感じている流れの感覚は『血』ではなく『魔粒子』という魔法を使うためのものとしるのは少し先のことである。
「流れる感覚がわかったか?」
「はい。すごく良くわかります」
「よし、あとはそれに精神を乗せて右手に集中させるんだ」
私は目を瞑りながら構えの姿勢をとる。
深呼吸を1つすると右拳に神経を送る方法を考え、実行する。
といっても、この流れに乗せるなんていうのは思ったよりも簡単で流れさえ感じていればあとはそれに乗せて右拳に神経を送るだけであった。
そして、音も聞こえず、風も感じず、踏みしめている地面すらわからなくなった。
これが、精神を集中させる感覚。
ネ○ロ会長もこんな感じだったのだろうか。
さぁ、準備は整った。
早く打たねば精神が錯乱してしまう。
……放てっ!!
私の中でその指示が出たと同時に、私は全力で木を右拳で殴りつけた。
ドォオオン!!
……ゴツンっ、
「……いてっ!」
何かが頭に当たる。
そして私は目を開いた。
そこには、堂々となる一本の木があった。
そう、折れなかったのである。
「……まぁ、これが普通だな」
イヴリンは驚きもせず悲しみもせず私にそう言った。
「……普通とは?」
頭に当たったのは木の枝だったのだが、割と大きいもので結構痛かった。
それにより少し涙目になりながら、私はイヴリンに聞く。
「いや、大体の人はこんな感じで最初は木に小さいクレーターが出来るくらいの威力なんだよ」
そう言いながらイヴリンは木に出来たクレーターをそっと撫でる。
「これだけ出来れば上々だ。大丈夫。才能ありだ」
イヴリンはそう言いながら私に向かって笑みを向けた。
……才能ナシよりかはマシか。
よし、精神拳の方は努力をすればどうにかなりそうってことだな。
もしかしたら、私は武術の方が才能があるのかもしれないな。
言っていなかったが、剣術の方はどうやらそこまで上達する見込みはないらしい。
イヴリンのことだから教えたくないだけかとも思ったが、しっかりと理由が説明されてしまったからどうしようもない。
どうやら、私は剣術特有の踏み込みがしにくいらしい。
私はクレアに似てモデル体型のため、足が長い。
剣術の足さばきは長い足でやるには難しいらしい。
……なんとも腑に落ちない理由だが、しょうがない。
というか、イヴリンも足長いのになんでできるんだ?という疑問も残るが、そこはあえてスルーしておく。
多分、何かしら裏技があるんだろう。
ちなみに説明しておくと剣術にも位が存在する。
下から順に剣徒、剣士、剣王、剣豪、剣聖、そして剣神だ。
一般的には剣徒、剣士が普通らしいがイヴリンは剣王のレベルらしい。
剣聖のレベルになるともはや『剣士』の神才上位を持っているやつの内の二桁いないくらいだと言われている。
そして、剣神は『剣士』神才冠位を持つもののみが立てる場所らしい。
まぁ、私には剣は合わないらしいからどうだっていいのだが。
だが、この精神拳とかと組み合わせれば足さばきが出来なくても剣をよりよく使えるのでは?と思うがイヴリンとの修行中は無理だろう。
「よし、じゃあ明日は『虚実拳』の説明をするからな」
「はい。よろしくお願いします」
そうして、今日の修行は終わった。
ーーー
寝付く少し前。
私は興味深いものを見た。
『冒険家育成学園』
『10歳から入学可能。冒険家の卵を育てる学園です。
卒業までは基本的には6年から8年。卒業と同時に冒険家F〜Cランクの資格がもらえます。貴方もこの学園から冒険家になりませんか?』
これは家に回ってくるチラシに近いものだ。
近いもの、であってチラシではない。
手紙に近いもので写真と端的なデザインに文字が綴られているつまらない品だ。
だが、中身はつまらなくなどない。
これは私にとって実に利用価値のあるものだ。
この学園に行けば私の夢(神への逆らい)の第一歩である冒険家になることが出来る。
……まぁ、これについてはまた今度、2人にしっかりと聞いてみよう。
そう思いながら私は眠りについた。




