第3話 社会風潮は厄介
さて、あれからまた3年の月日が経った。
そして、あと1週間で私は7歳になる。
即ち神才を引き出して貰えるわけだ。
やっと、私にも力が手に入る……。
さて、これまでの3年間のことをざっくり話そう。
女だったとわかった私、レオノーラ・リームレットは女といことを欠点にしない為にまず体力作りをすることにした。
やることはランニングや筋トレである。
ランニングは家の周りの約4キロを2周半する。余った半周はクールダウンの為に歩くことにしている。
筋トレは腕立て伏せ、腹筋、スクワットを各100回ずつ。
そう、某ツルピカワンパンヒーローがやっていた訓練と同じ内容だ。
だが髪は犠牲にしたくはない。
だから精神訓練に関してのクーラーなどを付けないなとはやっていない。
というか、クーラーないし。
だがここの土地は普通の街より高いらしいのでとても気候としては涼しい。快適だ。
という感じで最近は汗を流す時間が長くなった。
前世ではそんなことはほとんどしない生活だったな。
体力なんてなくたって就職は出来るし。
だが、この世界ではそんな甘ったれたことを言っている暇など微塵も存在しない。
頑張る奴だけが幸福を手にする、世界に名を残す弱肉強食の世界なのだ。
……まぁ、前世の方が弱肉強食のはずなんだが。
他にやっていたことと言えば、街に積極的にでることと読書だ。
街は家から少し行ったところの坂を下りたところにある。発展はあまりしていないようだが、ここら辺では大きな街らしい。
例えるなら、九州にとっての都会が博多であり、東北にとっての都会が仙台であるように、ここら辺一帯での都会はこの街なんだ。とでも考えておくといい。
名前は確か……ヒミレニアム街とか言っていたな。
私が街に行って主にしていたことはこの世界での常識確認だ。
前世との違いを重点的に調べる。それが目的である。
他にもこの街がどれだけ栄えているか、この街はどこにあるのか、この街周辺で取れる食材は何か、どれだけ美人の人がいるか。
調べることは尽きない。
そして、それを調べるのに街など人が集まるところは適正と言えよう。
だが、正直にいうと街をふらつく時間よりも街の図書館にいる時間の方が長い。
図書館には数万冊の本があり、とても読み切れる量ではなかった。
だが、ありがたい。
調べる為には本が必要だ。
人類が記した未来に伝える術は本しかないのだから。
新生戦争でもそうだったように。
そんなこんなでこの3年間は本を読んで街から情報を得て体力を作るという生活をしていた。
まあ5、6歳の子供が毎日10キロ走るなんてのはとんでもないことだと私は思うが、どうやら将来剣士などになりたい人にとってはそれが普通らしいからあまり不審がられはしなかった。
だが、父のイヴリンはあまりいい顔をしなかったな。
「体力を付けるなんてやったところで得はないぞ」
と、外に出ようとする私にイヴリンはやめてほしいように毎回言ってくる。
「……だめでしょうか、お父様」
「そんな潤んだ目で見るなよ、やめろって言いにくくなるだろう……」
「お父様は私に剣士になってほしくないのですか?」
「……男の子だったらそうさせたかったが……。レーラは女の子だろ?そういう危険なことはやってほしくないんだ。心配だから」
「……そうですか」
……気持ちは察する。
私も、娘が急に自衛隊に入ると言いだしたら心配するだろう。
……止める、かと言われると止めはしないがな。
やりたいことをやるのが1番だと思っている私からすれば願いならば叶えるべきだと思う。
というわけで今日も元気にランニングだ。
顔を洗ってパンの耳をかじる。
そして服を着替えると、外に出た。
朝の日差しは目に焼けるほど眩しい。
凝視すると頭が痛くなる。
今はこちらの季節上だと夏にあたる。
時間帯は前世の頃と同じ数え方で6時ごろだ。
ちなみにこちらの世界では数学、計算類ができる人はわりと重宝されるらしい。
これは前世の知識に感謝だな。
これから約2時間くらい走る。
流石に何回もやると暇になってくるから最近は社会勉強用に単語帳的なものを作ってそれを覚えながら走っている。
外に出て空気を吸っていると洗濯物を干していたクレアが私に気づいた。
「あら、レーラは今日も走りに行くの?」
「はい、お母様。体力はこれから必要になると考えておりますので、できる限り今から頑張っておきたいのです」
「レーラは本当にえらいわね。私が子供の頃なんて遊んでばっかりだったのに。レーラは私たちよりも大人かもしれないわね」
それもそうだろう。私は実質50代のおじさんなんだからな。
「そういえば、お母様はずっと家にいるのはなんでですか?お父様みたいにお仕事はなされていないんですか?」
これは、ふと最近思った疑問だ。
イヴリンはヒミレニアム街の魔物討伐隊に所属しているらしい。
それにより外にいる時間が長い。
だが、クレアはずっと家にいるのだ。
専業主婦ということも考えたが、この世界にまずそういう言葉があるかと思い調べてみたが、なかった。
だからこそ、少し気になっていた。
「ああ、それはね。女の人は基本的に男の人と結婚すると仕事はしないの。子供が産まれると特にね」
……待てよ。
「それって、『子供を育てるのは女の役目』みたいな感じがあるってことですか?」
「……まぁ、そうね。家事をするのも女の人の役目なのよ」
そう言ってクレアは呟いた。
「男尊女卑って言うのよね。こういうの」
………。
………おいおい、嘘だろ。
この世界、
女性がそもそも立場的に不利なの!?
こうして、私は更に努力をしなくてはいけない事実に直面した。
なんということだ……。
それを考えてなかった。
社会の風潮。なんで最初に調べなかったんだろうか。
「それは、間違っているのでは?」
「そうは言ってもそれが常識なのよね。だから女性が職に就くのって難しいのよ」
だろうね。じゃなきゃ男尊女卑じゃナイモンネ。
ああ……。本当に詰んできたぞ。
努力でどうにかできるが、これまたとんでもないほどの努力をすることになりそうだ。
女性が職に就くことを許してくれるほどの実力がないとろくに働けないのか。
「でも、例外はあるのよ」
そういってクレアは改めて話し出した。
「単に力作業が向かないって思われてるだけで書類作業とかなら、多分受け入れてくれるところも多いはず」
「……そうですか」
さて、いよいよもって男尊女卑の極みだな。
書類作業に女を受け入れている理由は1つ。
男が書類作業に向かないからだ。
そして、逆に、
『女には書類作業をさせておけばいい』
とでも思っているのだろう。
むしろ、それしかさせない気だ。
「お父様は、男尊女卑の社会の風潮に賛同しているのですか?」
私は、ふと聞いてみた。
すると、クレアはキョトンとした顔を見せて、
「そんな人と結婚するはずないでしょ?」
そう答えた。
「というか、私はエルフってだけで差別されがちなのにそれすら気にせず私と結婚してくれたんだからそんなことを言うはずないのよ」
「……そういうものですか?」
「ええ。でも、イヴリンのご両親は大反対だったんだけどね……」
……それもそうだろう。
種族差別があるなか、差別する側が差別される側に結婚話しをするなど褒められたものではない。
だが、それでも惚れた女を手にしようとして、そして手に入れて幸せな家庭を作っている。
うむ。イヴリンを見る目をこれから少しよくしてやるか。
「きっと、お父様はそれほどお母様を思っていて、お母様だけを愛することに自信があったのでしょうね」
「……もう。レーラもお父さんに似て口が上手いのね」
そういうとクレアは笑みを浮かべた。
優しげな、強い意志のある笑みだった。
「それでは、お母様。行ってまいります」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
私はクレアの声を背中で聞き、走り出した。
さて、これからは社会への考え方を改めなくてはいけないな。
男尊女卑か……。これは手強い敵だな。
あと頼れるのは神才だけだ。
どうにか、素晴らしい潜在能力が私に宿っていてほしいものだ……。




